ex 立ち向かえ、たった一人でも 下
「殺……された?」
「……ああ」
困惑の表情を見せるランディにシオンは言う。
「彼らは僕達と戦っている最中、突然別人のように動きを変えた。変えた先に行使されていたのは無理な運用をした精霊術。僕が以前論文で発表した人為的に精霊術を組み上げるやり方の失敗系。その反動で体の内側から崩壊して致命傷を負うに至った」
「それがどうしてあの人が殺したなんて暴論に繋がる」
「彼ら程度に失敗すれば人体に影響を及ぼすまでの工程まで進められるか?」
「……いや」
……考えた通りの反応だった。
目の前のランディという男にある一定以上の精霊学の教養があるからこそ、この言葉に説得力を持たせられる。
その工程にまで進める事すら、シオンやルミアのような限られた人間しか到達する事ができないという事を。
そしてそれが理解できれば繋がる。
「当然の事ながら僕に彼らを操り自爆させるような真似はできない。関わり合いの無かった相手に対してその場でそれだけの成果を上げられるのなら、僕はもうこの時点でキミとの戦いの勝利を確定させる事ができるだろう」
だけど、とシオンは言う。
「ルミアにはそれができる。彼らが使っていた霊装を使えばいくらでもね……それができる位には彼女が飛び抜けて優秀な学者だと下についているキミなら理解できるだろう? 僕のような人間が現場を見なければ死因は彼女と結びつかない……そんなお手軽な完全犯罪ができる存在だと理解できるだろう?」
分かる筈だ。シオン・クロウリーには不可能だという事は。
分かる筈だ。ルミア・マルティネスには可能だという事は。
後はそこにねじ込めば良い。
「……で、俺に、そもそもそんな事が会ったんだという事を信じろと」
「ああ。まずそういう事があったからこそ、僕はほぼ無傷で此処に立っている」
……この話が真実であるという事実の信憑性。
それを引き上げてねじ込む。
「知っているかもしれないが、こちらの戦力は人間二人に精霊一人。グラン達はこちらが待ち構える側だったからどうにかできたが、此処は敵陣。今僕がここでこうして立つ為にはルミアの手の平の上で踊らなければならない訳だ……キミが此処に戻ってきた事はイレギュラーかもしれないが、ルミアがセッティングしなければ僕は此処にいない」
「セッティングって……そんなのなんの為に」
「キミ達の前では彼女はとても人格者として振る舞っていると思う。だけど実際の所彼女の性格は最悪だよ。醜悪だ。ろくでもない。人が苦しんでもがく様を見て楽しむサイコパスだよ彼女は」
「いくらなんでもそれを信じろっていうのは無理が……」
「自分一人で迎え撃てば圧倒的な力で全部捩じ伏せられるルミアが、憲兵やキミのような協力な霊装を持たせた人間ならともかく、明らかに質の劣った霊装を持たせて、テロリストとされるような人間の元に……少なくともグラン達先行部隊を退けて此処にいる僕達にぶつけるような真似をするかい?」
「……!?」
事の異常性に気付いたようにランディは表情を変化させる。
(……よし)
その反応を見てシオンは内心ガッツポーズをする。
欲しかった反応だ。
少なくとも良識的に考えれば、ルミアの取った侵入者の迎撃策が歪であるという認識を、目の前のランディという研究者は考えてくれている。
……そしてそれを考えてくれているのならば、勝機はある。
「……つまりそういう事だよ。ルミアは自分が面白いと思うような状況にする為に、この研究所内という盤面の駒を動かした。その過程で彼女は彼らを殺害した」
「……」
「キミは今、そういう人間の元で力を振るっている訳だ」
「……それでお前は俺にそれを伝えてどうするつもりだ」
「もし今までの話をキミが信用してくれているのだとすれば察しがつくかもしれないけれど、僕はルミアに不当に彼女を奪われた。はめられて今の立場に立っているんだ。だから--」
「だからこの精霊を返して欲しい……そして可能ならばルミア・マルティネスというサイコパスを止めるために協力して欲しい。つまりそういう事だな」
「あ、ああ!」
こちらの意図を察してそう言ってくれたランディに思わずそんな声が溢れる。
もしも彼がそれを呑んでくれるのならば、非常に助かる。
なにしろこの戦いはシオン自身の契約精霊の救出で終わる話ではない。
この場に共に突入したエイジとレベッカ。
そしてエル。
彼と彼女らの三人も一緒に此処を出る。
たとえランディ一人味方に付けた所でルミアをどうにかできるとは思えないが。
もしもルミア共戦おうというのなら別の策を講じなければならないが、それでも目的の達成に大きな全身となる。
とにかく……とにかく。
目の前の男が頷けばあらゆる事が好転するのだ。
「……まあお前の言っている事は間違っていないと思う。嘘を言っているようには思えないし、あの人の行動も此処最近のアンタの行動も。改めて考えてみれば、あらゆる点が不可解だ」
……頷きさえすれば。
「それでも俺には関係ないが」
そう言って……ランディの持つ霊装の銃口がシオンへと向けられる。
「……ッ!?」
ランディの行動に思わず声にならない声が漏れ出す。
そんなシオンにランディは言った。
「そう驚くなよシオン・クロウリー。俺がお前の言っている事を正しいと思っている以上、俺は大量殺人の女の肩を持っている事になる。当然気分は悪い。お前に同情だってする。良心が痛むさ。だが……同時に俺も研究者の端くれなんだ……己の知的好奇心を満たす為なら場所は選ばねえよ……なんなら既に正当性を失った殺人だってやってやろう」
「ランディ、お前……ッ!」
世の中には二種類の人間がいる。
たとえその基準が歪だとしても、己の良識に従い行動できるものと、そうでない者。
この世界の人間の大半は前者だ。
それ故に人が人に優しくできる世界が成立している。
だが大半とは即ち全てではない。
例えばアルダリアスで戦った路地裏の連中のように、性根の腐ったクズは一定層存在する。
その一定層の一人。
(そっち側か……ッ!?)
だとすれば良識に訴え掛けるようなやり方など通用する筈がない。
自分のやっている事が間違っていると分かった上で、自身の欲を優先できるのならば、もう止められる筈がない。
(だったらもう……やるしかない!)
勝機の薄い戦いを始めなければならない。
件の結界は張れない。派手な攻撃だって打てない。
とにかくスマートな攻撃で削りきる。
そんな余裕はないのに、そういう手段しか取れない。
それでもその初撃を打ち放とうとした、次の瞬間だった。
「じゃあ始めようかシオン・クロウリー。勝たせてもらうぞ俺の将来的な知的好奇心を満たすために」
そう言ってランディは……押さえ込んでいたシオンの契約精霊の後ろ首を掴む。
後ろ首を付かんで……自身の盾にするように構える。
「……ッ」
「……こんな腐ったスペックの精霊と契約しているお前でも手を抜くつもりはない。何せあのシオン・クロウリーだ。例え大きく制限されていたとしてもいかなる攻撃が襲ってくるかは分からない。だから使える物は全部使って確実に勝ちを運ぶ」
そしてランディは、思わず初撃の発動を止めたシオンに対して言う。
「このポンコツを巻き込まねえ規模かつ、今のお前程度の出力で一撃で倒される程、今の俺の肉体強化の出力はやわじゃねえ。一体何発必要だろうな……俺の攻撃を捌きながら集中力を切らして放つ攻撃で、俺が盾として運用するお前が心酔するこのポンコツに一発も当てずに倒しきるなんてきっと難しいよな。それこそ俺に有効打を与えられる威力の一撃ならこのポンコツはひとたまりもないだろうなぁ」
「ランディ……お前!」
おそらくランディは自分やルミアとは違う。
精霊という存在が資源などではない。
そんな発想には至っていない。
至っていなくても、それでもシオンが自身の契約精霊に固執している事は分かるだろうから。
それが最大の弱点であると理解はできず筈だから。
そこを付く。
理にかなっている最悪で良質な策。
(くそ……最悪だ……本当に……最悪だ……ッ)
やる事は針の穴に糸を通すような事。
だけどシオン・クロウリーにとっては容易な事。
だけど儚く脆い。彼の救いたい契約精霊に過剰に意識が向けば。
手が震える。感覚が鈍る。
(……打てない)
そんな手付きでは糸は通せない。
その勇気がシオン・クロウリーにはない。
つまりはもう、まともに戦う事はできない。
……まともには。