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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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ex 理不尽で純粋な悪意の塊

 次の瞬間、エルの周囲に十数本の風の槍が展開され、ルミア目掛けて射出される。

 逃げ場を潰す様に。触れれば精霊術で強化した人体どころか、並大抵の結界を優に貫く高威力の一撃を。


「うわッ!」


 それに対し慌てたような様子を見せながら、ルミアは掌をエルの方に向けて結界を展開。

 十数個の超小型の結界を、まるで正確に風の槍の的を作るように。

 そして槍と結界が衝突する。


「……ッ」


 全て相殺される。

 それも表面上慌てているように見えても、それがただふざけた演技でしかない事が容易に理解できる程に軽々しく危なげなく。


 それに全く動揺しなかった訳ではない。

 目の前の敵の底知れなさに精神を圧迫される。


 だけどそれでも踏み止まった。 

 既に一度、池袋で強さの天井が分からない程の強者を相手にエイジと共に戦っているから。その相手に明らかに手を抜かれた状態で完敗しているから。

 強いと分かっている相手なら何をどこまでしてくるか分からないと、もうそういう心持で居られるから。


 故に崩れる事なく踏み留まれる。十分に起こり得る事だと認識し、そこに立ち尽くす事無く動きだせる。

 だから即座に次の一手を構築できた。

 動揺し立ち尽くすという余計な間を排除して、殺せる可能性を持った一撃を。


 右手に結界を棒状に展開。

 その結界を媒体にエルが放てる最大火力の斬撃を撃ち放つ。

 先程程度の結界ならばそのまま叩き壊し、人体を真っ二つに切断できる威力の攻撃。


「っと、激しいねエルちゃんの攻撃」


 その斬撃をルミアは横に跳んで躱す。


 だけど躱されたなら躱されたで、別に構わない。

 躱される事を前提として、斬撃と同時に別の手を講じてある。


 部屋の中に走らせた風を操作し、躱したルミアの移動地点向けて、ルミアの背後から風の槍を射出する。


「結構器用な真似するねー。素直にびっくりだよ」


 ルミアは背後からの急な強襲にも余裕そうな表情で、的確な位置に一枚結界を張る。

 風の槍を相殺できるだけの強度を持った結界。

 その結界と風の槍が衝突。破砕音と共に風の槍が形状を失う。


 ……次の瞬間だった。


 衝突地点から先程は発生しなかった、ルミアの体を弾き飛ばす程の力を持った爆風が吹き荒れたのは。


(……うまくいった)


 やったのは瞬時に考えたただの思い付きだ。

 圧縮した風の塊を、風の槍が相殺された衝撃をトリガーに炸裂させた。


 斬撃を放ちながら、同時に風の槍と圧縮した風の塊を遠方に作りだして、風の塊を槍の内側に、衝撃が発生するまで炸裂しないように格納して打ち放つ。


 ただこの場で有効そうな手段を瞬時に考え、実行に移した。

 やった事はただそれだけ。

 今のエルにはそれだけの事でしかない。


 そしてそれだけの事から繋げる為に、炸裂した瞬間には室内の風の動きと視覚情報でルミアの動きを随時感知しながら床を蹴って加速する。

 弾き飛ばされて来たルミアに、正面からぶつかりに行く。


 ぶつからないと勝てない。

 ぶつからなければ届かない。


(これでも全く崩れないなんて……)


 既にルミアは一瞬で体勢を整え……否、弾き飛ばされても殆ど崩されずに武器を構えている。

 風圧によるダメージも見受けられず、余裕の表情は何も変わらない。

 つまり中遠距離を保った状態での攻撃を、目の前のルミアという人間は無傷で簡単に対処できるという事だ。


 だとすれば重ねるしかない。中遠距離の攻撃を風を操り続行しながら。そこに近接戦闘を

 エルが本来最も得意とする距離での戦闘を。


(……攻撃の手を緩めるな。ありったけを叩き込むんだ!)


 四肢を高密度の風でコーティング。弾き飛ばされて来るルミアに向けて全力の右ストレートを放つ。

 次の瞬間、風でコーティングされたエルの拳とルミアの短剣ぶつかりあった。


「う……ッ!?」


 骨が軋む。相当な衝撃が腕に掛かっている筈なのに涼しい顔をしているルミアとは対照的にエルの表情が歪む。

 押し負ける。体が僅かに弾かれる。


 それにより、僅かな隙が生じた。


「おっと隙ありー」


 そんなふざけた声音でそう言いながら、ルミアは左手に光が灯る。

 何かしらの精霊術……攻撃が来る。


(躱す……いや……ッ!)


 エルはバランスを崩しながらも左手を正面にかざす。

 一体どんな攻撃放たれるか分からない以上、風を使って高速移動をしても意味をなさないかもしれない。


(……一旦防ぐ!)


 だから結界を張り巡らせた。

 当然それだけでは碌に何も防げない。普段より強化されているとしても、それでもあまりに貧弱だ。

 だからそこに風を纏わせる。


 斬撃を再現したように、日本刀になった自分を使ってエイジが作る風の防壁を再現する。


 次の瞬間、風の防壁と光線状に射出させた精霊術が衝突し激しい轟音が響き渡る。

 そしてそれが破られるよりも早く、結界と同時にルミアの頭上に作りだしていた複数本の風の槍が雨の様に降り注ぐ。


「おっと危ない」


 ルミアはそれを軽々とバックステップで躱すが、それと同時精霊術による攻撃も止む。

 防壁はまだ辛うじて形状を保っている。

 ……とりあえず防げはした。当たりはしないが反撃をするタイミングも作れた。今の所はまだなんとか戦えている。



 ……表面上は。



(……完全に手を抜かれている。それも全く底を見せない程に)


 今の研ぎ澄まされた直感に頼らなくても、それは容易に理解できる。


 今作った風の防壁はエイジが作る物よりも僅かに脆くて、そもそもエイジの防壁も強固ではあるが、ある程度の時間を掛ければ対策局で荒川の部下が単独で破ってみせたように絶対的な硬度は無い。

 少なくとも目の前のルミアのような出力の相手には、回避行動や反撃に移るまでの僅かな時間を稼げれば上出来だと思っていた。


 だけどまだ結界は形状を保っている。

 保てる程度の出力しか出されなかった。


 ……そもそもこちらの息が荒くなり始めているにも関わらず、向こうは呼吸の乱れ一つもなく、表情や雰囲気からも必死さはまるで感じられず遊んでいるようにしか思えない。


 ……遊ばれているようにしか思えない。


(……どうすれば)


 考える。


(……何をどうすれば通用する)


 それでも明確な答なんて出てくる筈がないのだから、やれる事をやれるだけやるしかない。


 そして周囲に風を展開するエルに対しルミアは言う。


「いやー、今の短い間に少し動きを見て分かったよ。エルちゃんはさ、全盛期のシオン君の次位には強いよ。少なくとも私が知る限りだと精霊の中で一番強いんじゃないかな」


 そう言ったルミアは半ば同情するように言う。


「でも可愛そうだね……それだけ奇跡みたいな力を身に着けて、多分一番強い力を手に入れた精霊でこの程度なんだから。これその内霊装が一般向けに普及しだしたら今より地獄みたいな世界の出来上がりだね」


「……ッ」


 一瞬そういう現実を想像して背筋が凍りそうになった。

 今この力を使えるのはほぼ間違いなくレベッカと自分だけで。その自分達ですらおそらく一対一で優位に立てる程度なのだ。

 ……そんな状態でそんな物が普及しはじめればどうなるかなんて、少し考えれば理解できる。


 だけどすぐに目の前の事に意識を戻せたのは、自身にとって今の状況がそれどころではないからと言えるだろう。

 ……まず自分や自分の周りの大切な人達。その事ですら満足に行っていないのに。常に崖っぷちにしがみ付いているような状況なのに。

 今まさに自分の目の前にそれを齎す脅威がいるのに。


 そんな状況では、そこまで深く考えられない。


「まあエルちゃんには関係ないよね。流石にそうなる頃まではいないだろうから」


 色々と考えた事を上から塗り潰す様に、最悪な未来が脳裏を過って嫌悪感で押し潰されそうになる。

 そんなエルに対して軽く隙だらけに体を伸ばしたルミアは、その隙を突くように放たれた風の槍をヒラリと躱してから言う。


「じゃあそろそろ本格的に私のターンって事で良いかな……っとその前に」


 ルミアは白衣のポケットから再び掌サイズの箱を取り出す。

 そしてそれを展開し、次の瞬間には禍々しい槍が握られていた。

 ……そして。


「うーん、一応持ってきたけどイマイチ出力安定しないし失敗かな。破棄だね破棄破棄」


 そう言って自身の後方に、少し前までエマという精霊だった短剣を投げ捨てる。


「……ッ!」


「今更こんな事で動揺しないでよ。優しいんだからエルちゃんは」


 そう言って槍を構えたルミアは楽しそうに言う。


「うん、やっぱこれがしっくり来るわ。試作品ベースに改良重ねたのが結局奇をてらったものより良い感じか。まだまだ研究不足だなーもっと頑張らなきゃ」


 そしてルミアは満面の笑みを浮かべる。


「さてさてエルちゃん。先に言っておくけど別にエルちゃんを此処で殺すつもりはないんだ。貴重な研究材料だからね。だからさ安心してよ。死ぬよりも辛い事は一杯あるだろうけど、生きてれば何か良い事はある筈だし、希望は一杯残るね。いやー残してあげる私って優しいなー。何か平和賞とか貰えちゃいそう」


「……ッ」


 悪意しか感じられない。そんな笑みを。


「よーし、じゃあさっきの暴風ちょーっと痛かったんだけどさ、そんな私の優しさに免じて、心の底から殺してくださいって言えるようになったら、今日の所は終わりにしよっか」


 冗談のように笑いながら、一切冗談に聞こえないそんな言葉を吐きながら。


 そしてそんな悪意を一身に受けるエルの脳裏に、とある言葉が浮かんでくる。


『アンタはアレだね、多分今までずっと相当生温い環境で生きてきたんじゃないかな……理不尽で純粋な悪意って、触れた事無いでしょ」


 そんな、エマの言葉。

 そして改めて実感する。

 今までの碌でもない事も多々あった時間の中で、確かに自分は悪意らしい悪意に触れた事が無いという事に。


 まず今まで出会って来た精霊にそんな物を向けられた事はなくて。

 この世界の人間は到底筈が無いけれど、人間として生活した一か月で、彼らの行動に悪意はなくただ単に倫理観が狂っているだけなのだという事は一応の理解はしていて。

 そして地球で出会った人達も、茜や誠一を始めとした多くの人達が優しく受け入れてくれた。

 天野宗也を始めとして自分を快く思わなかった人間もいるけれど、それでもその人達にも精霊に敵意を持つ正当な理由があって、たまった物では無いが抱く感情に納得はできて。

 そしてそんな感情を抱きながらも、手を出すべき時まで出さずに静観してくれていた。


 だから……本当に、今の自分は悪意らしい悪意を受けた事が無かった。


 そんなエルに初めて向けられる。


「よし、じゃあ始めよっか」


「……ッ」


 理不尽で純粋な悪意が。 

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