ex 深い闇からの逃亡
時間にしてはほんの僅か。
「……やった」
沸き上がる疲労感から逃げるように、自然と肩で息をしながらエルはバーストモードを解いた。
おそらくエイジと合流する為に重要になってくるであろう、つい先程まで自発的に使う為のやり方も分からなかったその力を自然と解いてしまった事に一瞬焦りを覚えるが、なんとか気持ちを落ち着かせると見えてくる。
初回は半ば外部から齎された覚醒だった。
前回は半ば無意識に引きずり出した覚醒だった。
だけど今回は違う。
結果的に意識的に引きずり出した覚醒だった。
今までと比べると、その状態に潜り込む為の感覚が鮮明に理解できた気がして。実際その感覚に従うと再び同じような感覚に潜る事が出来た。
「……いける」
どうやらレベッカが使っていた物と同質の力を。暴走の力……バーストモードを。此処に来て自分は物に出来たらしい。
これで最悪ある程度の相手がこの先立ち塞がったとしても対処できる。
そしてこの先。何度も来るかもしれないいざという時に、エイジを助けられるかもしれない力を得た。
エイジと二人揃って地球へと変える為のピースが、一つ埋まった。
そしてそんな未来の為にも。
「とにかくエイジさんと合流しないと」
この研究所内のどこかにいるエイジと合流して二人で此処を脱出する。
(……いや、違う。二人じゃない)
今のエイジを取り巻く環境がどうなっているのかは分からないが、どうであれ此処を出るのは最低三人だからだ。
エルは踵を返し檻の前へと戻る。
そこでは金髪の精霊が何かの精霊術を使っていた。
一体なんの精霊術を使っているのかは分からない。
だけどこちらに気付いて振り向いた彼女の視線は、ドール化されているにも関わらず、そこに光は無くともどこか強い意志が感じられた。
そしてその精霊にエルは問いかける。
「立てますか?」
その問いに金髪の精霊は静かに頷いてゆっくりと立ち上がる。
そしてそんな精霊にエルは言う。
「今エイジさんが……私の契約者の人が此処に来てます。だから一緒に行きましょう。その方がきっと……あなたの契約者と再会できる可能性が高くなる筈です」
そして例えそうでなかったとしても、シオン・クロウリーというこの世界で唯一まともな人間は、この精霊が此処にいる事を望まないだろう。
何にしても、二人で行く。
本人も静かながら強い意志で頷いたのだからそれは確定だ。
「じゃあ私が先導します。付いて来てください」
そしてエルは動き出そうとする。
「……」
そして拳を握りしめた。
自分がもっと早く精霊術を使える事に早く気付いていれば、救える命があった。
此処を出るのは最低三人ではなく、最低四人だったのだ。
だけどもう悔やんでも仕方がなくて。今ある最善の可能性へと足取りを向けるしかなくて。
「今行きます、エイジさん」
そしてエルは動き出した。
深い闇からの。地獄の底からの逃亡の始まりだ。