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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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ex 手繰り寄せ、辿り着け。

 檻の前に立った研究者達は、こちらに資源を見る目を向けながら言う。


「まともに動かせそうにないな」


「とにかく引きずってでも連れてこいとの事だ。面倒だが仕方がない」


 おそらく動かせそうにないというのは、隣で倒れているシオンの契約精霊の事だろう。確かにまともに動けそうにない程に重症だ。

 それを平然と引きずってでもと言っている。やはり彼らの目には自分達の事が資源としか見えていないんだというという事を再認識させられる。


 そんな彼らが檻の鍵を空け始めた。

 そしてそれを開くと三人の白衣の男がそれぞれ檻の中に入ってくる。


 男の一人は金髪の精霊を乱暴に担ぎ上げ、そして。


「……ッ」


 もう一人の男はエルの首に付けられていた枷と壁を繋いでいた鎖を外す。

 ……これで二人まとめてどこかに連れていくつもりなのが明白になって、そしてどこであろうとろくでもない所なのは嫌でも理解できて。

 だから首の枷と壁を繋ぐ鎖を外され一応動く事が出来るようになった瞬間、半ば反射的に体が動いた。


 立ち上がった勢いで男に頭突きをかます。


「が……ッ」


 おそらく精霊術を使っていなかったのだろう。

 男の顎に向けて放った頭突きは男の脳を揺らした末に、その場に倒れさせる。


 だけどそこまでだ。

 できたのはそこまでの抵抗でしかない。


 このまま一人で逃げるにしても。なんとか金髪の精霊を助けようとしても。精霊術が使えない今、出来るのはそこまで。


「う……ッ」


 一人フリーだった男に軽く突き飛ばされ壁に叩き付けられた。

 そう、軽く。

 軽くでも精霊術で強化した力なら、魔術も精霊術を使えない華奢な少女一人を鎮圧するには十分過ぎる程大きな力だ。


「おい大丈夫か?」


「大丈夫じゃねえよ、いってえ……」


 そして頭突きをかました相手の意識も当然のようにそこにある。

 状況は何も変わらない。

 精霊術が使えなければ何も出来ないという事を突き付けられただけだ。


(……せめて精霊術が使えたら……ッ)


 目の前の敵の数は三人。

 まともにぶつかっても劣勢ではあるが、それでも可能性はある。

 そしてもしエイジに呪いを掛けた人間を殺した際に使った力。レベッカがバーストモードと読んでいた力をもう一度使う事ができれば、三人相手でもきっと立ち回れるのに。

 もっともそれは、たらればの話の領域を抜けないのだけれど。


 ……本当に、そうだろうか?

 一度でも自分は全ての可能性に当たってみただろうか?


(……そうだ、使えるかもしれない)


 枷が嵌められている。精霊術を使えない。それで自分が確定的に無力だと思い込んでいた。普通に精霊術を使おうとして、使えなくて、そこで止まっていた。

 だけど自分に枷が嵌められてもエイジが変わらず精霊術を使える以上、力そのものを根底から押さえ込まれている訳では無い筈で。

 だとすれば問題はそこにある力を出力できないのが問題で。


 そしてレベッカ曰くあの力は出力形式が違う力だ。


 そもそもバーストモードという力は……暴走の力は。この世界ではレベッカが初めて振るった力である可能性が圧倒的に高くて。

 だとすればこの枷を開発した誰かは、そんな力の存在を考慮なんてしていなくて。

 出力形式が違えばそれを塞き止められない。もしくは素通りする可能性は十分にある。

 つまり……精霊術を使える可能性は十分にあるのだ。


 ……もう一度あの力を使えさえすれば。


(……あれ? 私あの時、何をどうやってたんだっけ?)


 同じ事をやろうとした。

 だけどあの時は、気が付けばそういう状態にまで沈んでいた。

 つまり自覚しながら何らかのプロセスを踏んだ訳ではない。

 故に分からない。何をどうすればあの時の力が使えるのか。

 考えても考えても、答えが出てこない。


「まあいい、とにかく連れてくぞ」


「壊すなよ。貴重な研究材料だ。使い物にならなくなったら首飛ぶぞ」


「分かってるよ」


 その答えが出ないまま、自分を突き飛ばした男が歩み寄ってくる。


(考えろ、考えろ考えろ考えろ! 私はあの時どうやってあの力を使っていた!?)


 だけどそれでも、何も思い浮かばなくて、エルの腕を男が掴む。


「おい立てよ!」


「……ッ!」


 無駄なのは分かっている。それでも必死に抵抗した。

 どこかに連れていかれるのが怖いのもある。だけどそれだけじゃなくて。


 自分が連れていかれれば。精霊の事をまともに見ることが出来るのに倫理観の狂った事をしている、この地獄の主の所に連れていかれれば、人質のような。とにかくただでさえ危険な状況下に置かれたエイジの足手まといになるような事になりかねない。


(それは……駄目だ!)


 そう思った時だった。


「……ッ」


 一瞬、意識が沈むような、どこか既視感がある感覚がエルに纏わりついた。

 それは一瞬で消えてしまったけれど……流石に理解できた。


 今、入りかけたのだ。

 あの力を使おうとする意思と、感情の変化がトリガーとなったように、確かに入り掛けたのだ。

 それで直感的に理解した。


(……ああ、考えても駄目なんだ)


「くそ、暴れんなコイツ!」


「ぐ……ッ」


 こちらをおとなしくさせる為に放ったであろう軽い拳が腹部に叩き込まれた。

 激痛と共に空気が抜ける。意識が飛びそうになる。


「……ッ」


 だけどそこにはまだ意識があって。失う訳には行かなくて。

 歯を食い縛って導き出す。


(そうだ……考えるな。辿るんだ……今の感覚を。あの時の勧告を……少しずつでいい、手繰り寄せるんだ)


 その感覚がどういう事なのか。言語化する必要もプロセスを組み立てる必要もない。それは出来ない。

 ただ……これまで感じた感覚に一つ一つ、手を伸ばしていけばいい。


 それを続けていけば。難しい事を考えずにただそれだけを続けて行けば……やがて深い海に沈むように。到達する。


(ああ、そうだ。これだ)


 全部。全部理解できる。精霊としての力の振るい方の全てがこの手の中にある。


「……なんだ、コイツ……ッ!?」


 突然目の前の資源の様子がおかしくなったという風に、男の表情がこわばる。

 確かにおかしくなった。

 この世界の常識を外れた。


「手、放してくださいよ」


 暴走の力。バーストモード。


「放せ!」


 そして、枷が繋がれている筈の、禍々しい雰囲気を纏ったエルは発動させる。


 この世界の常識の先にある精霊術を。


 ……エイジと無事合流するために。

 その為の障害を全てぶち壊す為に。

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