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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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66 信頼と契約 下

 今改めて考えれば、俺とエルが契約を結んだあの時の一連の出来事が本当に綱渡りの様なギリギリの状況だったのだと理解できる。

 あの時俺は初めて会ったエルに対し、絶対に言ってはならない様な最悪な発言をして半殺しにされた。それはエルという精霊を助ける事を正しいと思っていながらも、一時的に折れかかる程に精神的なダメージを負った訳だ。

 そんな事があれば……どこかエルに対し拒絶反応の様な物を見せてもおかしくは無かったと思う。

 そうなれば頭からも心からも信頼できる相手と認識していても。精霊を助けるべき相手だと認識していても。

 例えば体が拒絶反応を起こすようなトラウマを植え付けられでもしていたら、ある程度の信頼に含まれる様な真っ直ぐな感情を持つ事が出来なかったかもしれない。

 心のどこかで、ある程度の信頼を妨げる様な壁を作っていたかもしれない。

 五体満足とはいえ半殺しだ。俺が途中揺らぎこそしたものの、最終的にまっすぐエルを見られたのはある意味奇跡だったのかもしれない。


 そう考えれば、今目の前で起きた現象は起こるべくして起きた当たり前の光景なのかもしれない。


「……え?」


 レベッカが困惑の声を漏らした。

 何が起きたのか分からないといった、そういう表情で。


「……ッ」


 そして弾き飛ばされ地面を跳ねて木に激突してようやく止まったシオンは、ゆっくりと体を起こしながら、どこか腑に落ちた様な表情を浮かべてレベッカに視線を向ける。


「……」


 この二人はまず間違いなく互いの事を信頼している筈だ。

 しているからこそ共闘が成り立っている。

 しているからこそレベッカはシオンに契約を持ちかけたし、しているからこそシオン・クロウリーという人間は今必死になって戦える人間でいられている。

 それだけは間違いない。

 せめてそれだけは間違いでなはい筈だ。


 ……だけど。結局、間違いではなかったとしても。仕方がない。きっと、こればかりは。


 そして困惑するレベッカに対し、力無い声でシオンは告げる。


「……キミは悪くない。これに関して言えば、全面的に悪いのは僕だ」


 そしてそんな事を口にするシオンを見て、何かを察した様に小さく息を付いた後レベッカは言う。


「……まあ、そうなるよね。うん。ごめん……違うよ。悪いのはウチだから」


 そう言って、半ば無理矢理笑顔を作ったレベッカは、一拍空けてから言う。


「えーっと、これからエイジから何か教えてもらわないといけないんだよね、うん。だったらその間ウチは見張りしてるね」


「あ、おいレベッカ!」


 この場から逃げるように走り出したレベッカを呼び止めたが、それでも止まる事無くレベッカは視界から消えていく。


「……行っちまった」


 だけどレベッカの気持ちも分かる。あまりにも気まずすぎる空気がこの場に流れていた。

 そしてそんな空気の中、立ち尽くしている訳にもいかなくて。


「……大丈夫か? シオン」


「……ああ、大丈夫だよ、うん」


 シオンは酷く重い表情で。明らかに大丈夫ではない表情で俺の問いにそう答えた。

 そして一拍空けてから静かに言う。


「……やっぱりあの子との刻印は残しておいて正解だった」


「多重契約しようとしてたのはそういう事か」


 契約を結ぶ事に失敗した場合、結果的に何も残っていないという事にならない様に。

 多分そういう事なのだろう。


「……キミはこの結果に何も言わないのかい? この契約はレベッカから持ちだされたものだ。つまりは僕がレベッカに対しある程度の信頼も向けられていないという事になる。これから精霊を助けにいく人間にとってはあり得ない話だろう」


「……んな事ねえだろ」


 シオンの事を何も知らなければ。直前のシオンを見てなにも感じ取れなければ。そうは言えなかったのかもしれない。

 だけど……理解できたから、シオンに問いかける。


「お前……レベッカの事、怖いんだろ」


「……」


 俺の問いにシオンは一瞬黙り込むが、それでもその後静かに頷いた。

 そして頷いた後、一拍空けてから言う。


「……全面的に悪いのは僕だよ。だから僕には何も言う資格が無いし、本当にどうしようもない事を考えてるのは分かってるんだ。だけど……」


 そしてシオンは、何も無くなってしまっているその場所に視線を落として口にする。


「……レベッカを見ていると、無い筈の左腕が疼くんだ」


「……」


「……悪いのは僕だ。レベッカは悪くない。レベッカは悪くない。本当に悪く無いんだよ。だけど……だけどさぁ……ッ」


 結局信頼していても。信頼しているつもりでも。拒絶している自分もいる。

 シオンはそうなるには十分な重荷を背負ってしまっている。

 片腕を失うというというのは……きっと、そういう事なんだ。

 自分でもどうにもできない様な心の奥深くに、どうしようもないトラウマを抱えている。


「……エイジ君」


「……」


「始めよう。僕に魔術を教えてくれ。」


「……ああ」


 俺はシオンの言葉に頷いた。

 ……前に進もう。此処で立ち止ったままでいるのは、きっと本当に辛い事だろうから。


 そして俺は誠一達から受けた魔術に関する知識を引っ張り出す。

 そうして。想定外の重い空気の中で。シオンへの魔術知識の共有を始めた。

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