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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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55 歴戦の修羅場を潜りし者

 グランと呼ばれた男の動きを一瞬見て改めて思った。

 やはり精霊で作られた武器は化物染みてると。

 その圧倒的な出力に背筋が凍りつきそうになる。

 今まで自分が振るってきた力がどういう物かを、改めて実感する。

 だけど。だからこそ肌で感じるように理解できた。


 目の前の男自体は、今まで俺が戦ってきた連中と比較して大したことのない相手であるという事が。


 武器化した精霊の圧倒的な出力に振り回されている。

 故に粗く雑。

 そしてそもそもどういうプロセスで武器の形状が決められるのかは分からないが、構えやモーションからまず間違いなく三節根というピーキーな武器の扱いに全く慣れていない事が伺える。

 そしてそれ以前に何より……その一撃でこちらを叩き潰せる事を確信している様な、舐め腐った様な表情。


 故に放たれるのは、慢心に満ちた、ただ恐ろしく早いだけの拙い一撃。


「知らねえよそんな事」


 グランの三節根の一撃を、左腕で辛うじて弾き飛ばした。


 そう、本当に辛うじて。


 周囲に風を展開してその乱れから少しでも相手の動きの軌道を肌で感じとり、加えて視界からもモーションを捉え、その会わせ技で攻撃を先読みする。

 そうして得た情報を元に、風も駆使してやや無理矢理気味に体を動かし、風で勢いを付けインパクトを与える。

 向こうの技量不足に慢心。加えてそこまでして、ようやく軌道を反らすに至った。


 だけどそこに至るまでに何があろうと、今俺が攻撃を捌いたという事実に変わりはない。

 捌き、弾き、反撃の隙を生んだ事には変わりはない。


 だったら次に移れ。そこで満足するな。


 シオン曰く。そして俺自身も理解できている。

 目の前の男に勝つことは難しい。

 故にこの戦いに必要なのはレベッカの力だ。

 だけどそれでも、シオンも言ったように少しでも消耗させた方がいい。

 というより向こうを一人片付けて消耗して戻ってくるのだから、多少なりともコイツも消耗させておかないと話にらない。


 だから反撃に踏み切ることに多少リスクはあっても……此処で僅な隙に攻撃をねじ込め。

 失敗した時の反撃なんて考えるな。

 死に物狂いで、僅かでもダメージを与える!


「っらああああああああああああああああッ!」


 三節根を弾いた勢いそのままに、グランの脇腹に蹴りを叩き込んだ。


「グ……ッ」


 グランの口元から空気が漏れる。苦痛と困惑に塗れた表情を浮かべている。

 ……まさか攻撃を開始する数秒前までは、自分が反撃を喰らっているなんて思いもしなかったのだろう。


 そして、グランが動きだし俺が蹴り飛ばすまでのほんの僅かな時間を、シオンがただ突っ立って過ごす訳がない。


 俺がグランを蹴り飛ばしたとほぼ同時。シオンが何かを放り投げる。

 何かの紙。

 それは例えるならば……誠一が呪符を使って魔術を使っているように。

 そしてグランとシオンの間でその紙が発光し消滅。代わりにそこには薄い紫の六角形の結界が展開される。

 そしてその直後、シオンの手から精霊術が放たれる。


 高速の雷撃。


 その雷撃はシオンが張り巡らせた結界を突き抜け崩壊させそして……速度も威力も目に見えて増幅する。

 そして着弾。


「グオッ……ッ!?」


 雷に撃たれ全身が痺れた様に、俺の蹴りで地面を転がっていたグランの体が僅に痙攣し跳ねる。

 そして一連の流れで生まれたのは新たな隙。


 俺とシオンはほぼ同時に地を蹴った。


 起き上がろうとするグランの動きは露骨に鈍い。おそらく直前のシオンが放った雷撃が、そういう状態異常を引き起こす類いの精霊術だったのだろう。

 それこそアルダリアスの裏路地でエルが喰らったような。

 それでも動けているのだからグランの出力は化物なのだろうけど……それでも。今この瞬間だけは。


 俺達の方が早い!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」


 左拳を握り絞めた。

 シオンもまた右拳に何かを纏わせる。


 そして……叩き込む!


「ぐあああああッ!?」


 俺達の拳で勢いよくグランの体が弾き飛ぶ。

 一瞬見えた表情は苦悶の表情。


「くそがッ!」


 弾き飛ばされたグランは俺達が次の追撃を仕掛ける前に辛うじてという風に体制を立て直し、後方へ全力でバックステップし俺達から距離を取る。

 一度流れを変える。断ち切る。そして態勢を整える。その為の退避。


 それを見て俺達もそれ以上の無理な追撃を行わず、バックステップで後方へと下がった。

 次に起きる事に少しでもうまく対応する為に。


「……やるじゃないか、エイジ君。あの一撃をさばくなんて」


「辛うじてだけどな。でもまあ流石にあの舐めた一撃普通に喰らってるようじゃ、今日まで生きてこれてねえよ」


「なるほど……キミもこの短期間でそれだけの修羅場を潜ってきた訳だ」


「まあな。正直殆どエルや助けてくれた人達のおかげで、俺は碌になにも潜っちゃいないのかもしれないけど」


「潜ったさ。一緒に潜ってきたからキミは倒れず立っているんだと思うよ」


「……そりゃどうも」


 言いながら構えを取る。

 そして俺の隣で魔術の様な何かを使い始めるシオンは、神妙な面持ちで言う。


「でもここからは覚悟した方がいい」


「……」


「キミは辛うじて止めた。僕もおそらく辛うじて止められる。だけどここから先、奴の慢心は消えるぞ」


「……だろうな」


 何事も全てにおいて共通する事。

 油断。慢心は発揮できるパフォーマンスを大幅に鈍らせる。

 これまでの攻撃で向こうには少なからずダメージは入っているはずだけれど、それを差し引いてでも余る程の力がここから先のグランには宿る。


「ほら見なよ。ぞっとするね。今からアレが僕らのほうに向かってくる」


「……ほんと、ぞっとするな。絶望感半端ねえ」


 だけど。


「だけど所詮絶望感だけだ。そんな感じがするだけなんだよ。どうすれば勝ちか分かっている以上、本当の意味で絶望的な状況じゃねえ」


 どうすればいいのか。それすらも分からなくてひたすらもがく様な。地球での戦いと比べればこんなもの、絶望感が半端ない位比較的イージーモードだ。


「……鉄みたいなメンタルしてるなキミは」


「もうとっくの昔に溶けてドロドロになってるよ」


「いや、キミの場合はもう形を変えて固まってるよ、間違いなく」


「だといいけどな……っとそろそろだ」


「みたいだね」


 改めて気を引き締める。

 視界の先のグランは今にも再びこちらに攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だった。

 俺達がどんなメンタルをしていたとしても、切り抜ける為に必死にならなければならない事に変わりはない。

 必死になって生き残らなければならない事に変わりはない。


 この絶望的な状況を、乗り超えなくてはならない。


「死ぬなよ、シオン!」


「キミもね、エイジ君!」


「どっちもぶっ殺してやる!」


 そしてグランが叫び声を上げ、勢いよく地を蹴った。

 進行方向は再び俺の方。


 さぁ、第2ラウンドの始まりだ。

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