41 敗北した者 中
「……犯罪者って」
渇いた笑みを浮かべるシオンに思わずそんな言葉が漏れる。
それはつまりだ。
「それってつまり……冤罪でも被せられたのか?」
もしそうだとすれば。シオンの所有物とみなされていたあの精霊は、やりようによってはルミアという研究者の元へと渡るだろう。
いや、そうだとすればというよりは、もうそういう事で間違いないのだろう。
そんな思いで投げかけた問いに対しシオンは首を振る。
「違うよ。冤罪でもなんでもない。僕はルミアに精霊術を打ち込んだんだ。それも殺傷力のある様な強力な奴をね」
「……ッ」
分かっている。
シオンは理由も何もないのにそういう事をする様な奴では無い。
何かがあったから結果的にそういう事になったんだ。
……でも、その何かって一体なんだ。
「……そのルミアって奴との間に何があったんだ」
シオンは自身のさっき自虐する様に、自身の煽り耐性の無さも原因だと言っていた。
……だけど無い訳がないんだそんなの。
シオンはまともな価値観を持った人間で。自分の周囲で起きている事がどれだけ酷い事かを間違いなく知っていて。
……それでも今此処にいる様に、きっと抱いていた筈の怒りを抑える事が出来ていたんだ。
……こんな世界でまともな価値観を持って、俺にとってのエルの様に意思疎通のできる相手もおらずに二年間もまともに生きられた時点で、そう簡単に我を失う様な脆い精神をしていられる筈がないんだ。
もっともそれは俺の偏見なのかもしれないけれど……それでも。そう簡単に超えてはならない一線を超える様な奴じゃないのは間違いないんだ。
そしてシオンは答える。
「……偶然。いや、ルミアにとっては狙っての事だったのかもしれない。とにかく僕達は久しぶりに顔を合わせた。その時にね、僕は彼女に研究成果を見せられたんだ」
「研究成果?」
「精霊を無理矢理武器へと加工する技術だよ」
「「……ッ!?」」
その言葉を聞いて俺もレベッカも声にならない声を上げた。
精霊を武器に加工する。それは俺達の中でおおよそ予想が付いていた。だけどそれを確定付ける何かは無かったんだ。
だけどそれが確定した。確定してしまったから。
だからきっと、そんな声が出た。
「加工って……じゃあやっぱりアイツらの武器は……ッ」
「……既に戦った事があるのか」
「……ああ」
「そうか。歪だっただろう? 僕は実際それを目にしていないから憶測でしかないんだけど、武器にしたエルはきっとあんな歪な姿をしていないんじゃないかい?」
「……ああ、そうだな」
それこそ一種の芸術品の様におも思える程、綺麗な大剣に。刀になった。
「あれは最悪だ。精霊との正しい関係性を真っ向から否定する最悪な武器だよ」
そして本当に酷い物を語る様にそう言ったシオンは俺に問いかける。
「もしそんなどうしようもない物を作っている研究者が、精霊の事をまともに見ていたらどうする?」
「……え?」
真剣に、何が言いたいのか理解できなかった。
理解できないままに、シオンは言う。
到底理解できない話を。
「……ルミアはね、ある意味僕達と同じなんだ。精霊を人間と同じように見る事ができる。この世界の人間とは根本的に違う価値観をずっと昔から持っていたんだ」
「ちょ、ちょっと待てシオン!」
思わずシオンの言葉を止める。
「そんな無茶苦茶な話があるかよ! 精霊をまともに見ていて精霊の研究をしてる!? それもあの武器を作ったって、そんな事……」
「あるから結果的にこんな事になっているんだ」
「……ッ」
「僕だって驚いたよ」
シオンは渇いた笑みを浮かべながら言う。
「普通無理だろう、そんなの。精霊を人間だと同じ様に認識したらもうあんなおぞましい研究なんてやっていられない。やれる訳がない。だけどルミアは僕がその事に気付く遥か昔から。僕と同じ様に酷い研究を繰り返していた時から、ずっと精霊が人間と同じような物だって知っていたんだ」
「……ッ」
「……理解できないだろう? 人が苦しむのを見て愉悦を感じる人間の思考なんて。少なくとも僕には理解できない。理解したくない。そしてその理解できない思想の持ち主がルミア・マルティネスという研究者だ」
流石に、完全に理解できた。
「それでお前は……ッ」
「ああ。喜々としてあの武器の事を語るルミアに思わず手が出た。出してしまった。これでルミアはこの世界の基準で言えば何もおかしい事を言っていないのに突然攻撃された被害者で、僕は意味不明な理屈で女性に手を上げた最悪な人間だ。正当防衛で殺されたって文句は言えない」
「……ッ」
「奪われたって、文句の言える立場じゃない」