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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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39 一致する目的

 それからシオンが意識を取り戻したのは十数分程経過した後だ。

 まだ危ない状態である事には変わりなくて。

 こちらの体力も長時間の回復術で随分と削られているけど、それでもまだ続行しなければならないような状況で。

 それでも……それでもシオン・クロウリーは死の淵から戻って来た。


「……ッ」


 そしてシオンはゆっくりと瞼を開く。


「生き……てる? なんで……」


 目覚めた直後で状況が読めていない様にそう言うシオンだが、やがて意識が覚醒していくにつれ、今起きている事を認識したらしい。

 こちらに視線を向け、目を見開く。


「エイジ……君?」


「気が付いたか、シオン」


 と、俺のその言葉に反応を見せたのはレベッカだった。


「え、目ぇ覚めた!?」


 そう言ったレベッカは禍々しい雰囲気のソレを解除して駆け寄ってくる。

 そしてその声を聞いて、シオンもまたレベッカの方に視線を向けた。


「キミは……あの時の……ッ」


「良かった! 目を覚ましてくれて!」


 本当に心底安心した様な表情を浮かべるレベッカに対して……シオンが浮かべたのはとにかく、困惑の表情だった。


「……ちょっと待て、一体何が。なんで此処にキミ達が……いや、そもそもどうしてキミ達が一緒に……」


 と、そこまで言ったシオンは何かに気付いたらしい。

 血相を変えて俺に向けて言う。


「……ちょっと待て……エルはどうした……?」


「……え?」


「あの子はどうしたんだって聞いてるんだ!」


 そう言ってシオンは無理矢理体を起こして、


「……うッ」


 全身を走ったであろう激痛に悶える様に蹲る。


 ……そうか。シオンからすればこういう風に見えたのかもしれない。

 もう俺の隣りにエルという精霊はいなくて、代わりに自身の腕を奪ったその精霊と今は契約を結んでいると。

 そしてその誤解を解く前に、シオンは軽く睨むように俺に言う。


「まさか切り捨てるような真似をしたんじゃないだろうな! それを正しいと思うとか、訳の分からない理屈で!」


 ……そのシオンの発言は単なる妄言じゃない事は良く分かる。

 実際、この状況をそう捉えられてもおかしくない様な発言を、過去に俺はシオンに対してしている。

 エルを助ける事が間違いだと思ったら、エルを助けないという発言を。切り捨てるとも取れる様な発言をしていて……たぶんシオンはそれが冗談でもなんでもなかった事を察している筈だ。

 正しいと思うからという理由だけで自分を半殺しにした相手を助けようと動いた様な奴ならば、本当にそうするだろうと思っていた筈だ。

 ……だけど。


「……んな事しねえよ。しなかった。例えそれが間違いでも、どれだけ過ちを重ねてでもエルだけは絶対に守り抜くって、そう決めた」


 もうシオンが懸念している様な状況は乗り超えた。

 もうあの時の俺はいないんだ。


「……そうか」


 シオンもなんとなく今の俺が嘘を付いている様には思わなかったらしい。

 だけどそれでも、そもそもの疑いを掛けられる原因だった今の状況そのものは何も変わっていない。


「……だったら、エルはどこにいる? そもそもキミは……どうしてその精霊と行動を共にしているんだ」


 事此処に至るまでは色々とあったけれど、端的に何が起きたのか。どうしてレベッカが此処に居るのかという事を説明するのは簡単だ。


「拉致られた。レベッカは……コイツは俺に協力してくれてんだ」


「拉致られた……ちょっと待ってくれエイジ君!」


「どうした?」


「連れ去られて、キミは刻印からエルの居場所を割り出して此処まで辿りついた。そういう事かい?」


「ああ、そうだ」


 シオンの読みは完璧に合っている。


「エルがこの街に連れてこられたのは間違いない。具体的にそれがどこなのかはまだ分からねえけど……とおにかく俺達はエルを助けに来たんだ」


「……最悪だ」


 俺の言葉を聞いたシオンは右手で額を抑える。

 そして俺に対して、辛そうな表情を浮かべながら言う。


「エイジ君、よく聞いてくれ……多分僕はエルの連れ去られた場所を知っている」


「ほ、本当かシオン!」


 それが本当なら朗報だ。

 刻印の示す方向に進めば最終的に辿りつける。だけど予め場所が分かっていればその場所へのルートを考えたり他にも対策できる事が増えてくる筈だ。

 だから今の俺達にとってそれは限りなく朗報。

 ……だが。


「あ、ああ」


 それを語るシオンの表情があまりにも浮かない。

 それがとても、俺達に朗報を告げている様な表情には見えないのだ。


 そしてその苦しい表情のままシオンはその場所の事を告げる。


「この街のはずれにルミア・マルティネスという精霊学の研究者のラボがある。この街には精霊加工工場やアルダリアスにあったような闇取引を行って居る様な連中の溜まり場はないから、この街に連れてこられたのだとすれば、ほぼ間違いなくエルの居場所はそこだ」


 そして一拍空けてから、シオンは言う。


「エイジ君、僕はね、今そこから逃げ帰ってきた所なんだ」


「ちょっと待て……それってどういう……」


 意味が分からなかった。

 それではまるでその場所で戦闘が行われたかのようで、血塗れで倒れていたのはそれが理由だと言うようで。

 それを語るのがかつての俺の様な人間だったら理解できた。

 実際精霊加工工場に精霊を助ける為に突入したから。

 その研究所に捕らわれた精霊を助ける為に殴りこんだといえばまあ納得はできる。


 ……だけどそれを語るのはシオン・クロウリーだ。


 シオンは精霊を人間と同じように見る事以外はなんとかこの世界に順応していて、きっと順応してきたから俺と出会ったあの時まで一般人でいられて。

 だからもし戦う事があるとすれば俺を助けてくれた様なああいう戦いで、明らかに法に触れる様な戦いはしないと思う。

 そして精霊学の研究所なんて所で戦いが行われるとすれば、それはきっと法に触れる様な戦いだ。

 シオンが助けたがってるあの精霊の為にも。自分があの精霊の前から居なくなるかもしれない様な博打を、今更この世界の理不尽相手に振るったりしないだろう。

 ……だから、もしも可能性があるとすれば。


「……まさか」


 誰かの為。

 その精霊の為。


「……シオン。お前、あの子はどうした」


 願わくばあの時の様に、ホテルで待機しているとでも言ってくれと思った。

 シオンが何かしらの理由でこういう状況に追い込まれる可能性があって、あの時の様にホテルで待機させているのだと。だから今のこの状況とは無関係だと。そう言ってほしかった。

 だけどシオンは告げる。

 最悪の一言を。


「奪われた」


「……ッ」


「エイジ君。多分ね……僕達の倒すべき相手は同じなんだ」


 そして一拍空けてからシオンは俺に向けて言う。


「ルミア・マルティネス。それが僕達が打ち倒さなければならない女の名前だよ」

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