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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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29 まともに見られるその時までは

「……いくら急いでいても最低限準備はしねえとな」


 多分そんな事は当たり前の事で、その当たり前に気付けない程に頭に血が上っていたのだろう。

 ……本当に、それを指摘してくれる様な奴らがいて良かった。

 そんな事を考えながら最低限の物資をリュックへと詰めて立ち上がる。

 そう、最低限だ。どうせ俺達の荷物を俺一人で全部持っていく事は出来ないんだ。


「……いくか」


 俺はそう言って小屋の外に向かって歩きだす。

 少しでも何もせず立ち止っている時間があればそれで押しつぶされそうなのだから。歩きださないと息が苦しくなるから。だからこれ以上時間を無駄にできない。

 そして俺は小屋の扉を開く。


「準備できた? 忘れ物とかない?」


 小屋を出ると、代表として……というより俺の番と役割を受け持っていたから外で待機していたハスカがそう声を掛けて来る。


「まあ食料位しか持っていく物ねえからな」


「そっか」


 そう言ったハスカは一拍明けてから、申し訳なさそうに言う。


「……ごめん」


「なんで急に謝ってんだよ」


「いや、さっきも言ったけどさ……私達、着いていけないからさ。アンタには助けてもらったのに……多分私達はそれを手伝わないといけないのに」


 ……それか。

 さっきハスカが皆を代表してそう言った時も、その表情は曇っていたが、それを結構気にしているのだろう。気にしているから言わなきゃそれまでの事をまた蒸し返す。

 でも実際の所それは本当に気にする必要のない事なんだ。


「別に手伝わないといけないなんて事はねえよ。お前らにとって人間の大勢いる所に行くってのは自殺しにいくみたいなもんなんだ。そんなのがやらないといけない事な訳がない」


 あの工場を襲撃した際、エルが助けに来てくれた。

 でもそれがどれだけ酷い選択をさせたのかというのは、あの時傷付いて俺の目の前に現れたエルを見れば良く分かる。あれは間違っても頼んじゃいけない事なんだ。


「お前らは帰ってくる場所用意してくれるって言ってくれた。それで十分なんだよ」


 だからエルを助ける為とはいえ、そんな事は頼めないんだ。

 多分それは、超えてはならない一線だ。


 それがきっと、エルを助ける為に超えたほうがいい一線だとしても。


「じゃあ俺はもう行くよ」


 だから此処からは正真正銘俺一人だ。

 エルもいない。誠一や宮村やシオンも、今まで俺を助けてくれた人は今俺の元にはいない。

 だけど俺一人でもエルを助けてみせる。


「……気を付けてね」


「ああ、分かってる。絶対戻ってくるから皆にもよろしく言っといてくれ」


 それだけ告げて、俺は動きだす。

 ハスカから離れて、精霊達の視線を浴びながら。

 そしてそのまま歩いて、精霊達が大勢いる広場を抜けようとした時だった。


「あ、あの……ッ!」


 再び声を掛けられた。

 だけどこの声には聞き覚えがない。少なくともハスカ達のグループの精霊やレベッカの声ではない。

 一体誰なのだろうか?

 そう思いながら後ろを振り返るとそこにいたのは……良くは知らないけれど、印象には残っている精霊。


「お前はあの時の……」


 先の戦いの中で俺が助けた精霊。

 ルナリアの取り巻きの精霊。

 ……結果的に。全ては俺が弱いせいなのだけれど、エルが攫われる根本的な原因となる精霊。


「えーっと……」


 その精霊は何か言いにくそうな事を言おうとしている様に言葉を詰まらせるが、やがて頭を下げながら簡単に掻き消えてしまいそうな小さな声で俺に言う。


「……ありがとうございました」


 それを告げたその精霊は俺の元から逃げるようにいなくなる。元々の柵や助けられた結果を考えるとそうなるのも無理ないのかもしれない。

 だけどともかく、今はそうやって居なくなってくれて良かったと思った。

 分かってる。悪いのは俺だ。

 全部俺が悪い。今の状況は全て俺が引き起こした物だ。

 だけどそれでも、今あの精霊と面と向かって話すような事になったら、一体どんな言葉や表情を向けてしまうか見当も付かなかったから。だけどあまりいい言葉や表情を向けられない事は分かっていたから。

 ……だから今はこれでいい。

 色々な事が落ち着くまでは。


 俺がまともにあの精霊を見る事ができそうになるその時までは。

短くてすみません。

次回から話動かします。

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