ex 研究材料
おそらく今日自分は世紀の大発見をしたのだと、白衣を着た研究者。ランディは思った。
今日彼は憲兵と共にとある森へと訪れていた。
とある事件の調査とされる今回の憲兵たちの仕事に彼が同行したのは、彼らの一部に貸し与えた霊装のデータを取る事と貸し与えた側としての現場責任者という名目だ。
そして彼の手にもまた、精霊を文字通り加工して作られた霊装が握られている。
マスケット銃型の霊装。名前は特に決められていないが製造番号はa-82番。簡潔に言えば82番目に作られた霊装という事だが、その製造過程でかなりの確率で失敗作が出来上がるらしく、彼の手にした銃は数少ない完成品だ。もっとも試作型ではあるが。
……正直な話、この霊装という代物以上に精霊の研究者の端くれとして驚く事は無いだろうと今日まで考えていた。それだけ自らを助手として雇っているルミア・マルティネスの研究は衝撃的なものだった。
この日彼は禍々しい雰囲気を纏う精霊と遭遇した。
約一名だけ極端に強く素早く、重力を操る精霊術を人間にだけ発動させる様な離れ業をしてきた精霊と。
……その精霊と遭遇して彼は思った。
生け捕りにしたいと。
その禍々しい雰囲気を纏った精霊は一体なんなのか。その時彼の目の前に居たのは未知の塊で。
そして絶好の研究材料だった。
だがその精霊を生け捕りにする事は適わない。
おそらく一対一であるならば勝てたかもしれない。
彼の持つ霊装はチャージ期間を設けて放つ一撃に目が向きがちだが、その神髄は派手な攻撃の様に貯めがいらない通常攻撃にある。
速度威力反動共に従来の精霊術での中距離攻撃と比べれば遥かに高水準の性能を誇り、その霊装を使う事により彼自身の戦闘能力も近接戦闘を得意とする術者のソレを上回っている。
当然向こうの重力を操る精霊も通常の精霊とは比べものにならない程強かったので勝てたかは分からないが、勝算は十分にあった。
だがやはりこの集団戦において数で圧倒的に劣っていたのが居たかった。
精霊と憲兵の数の差を埋める為に必要なのがこの霊装となるのだが、精霊一人と相対してしまえば後は数に押される。
結果、彼の周囲にいた憲兵は半壊。当然向こうにも大打撃は与えた者の、撤退せざるを得ない状況に陥った。
……だから彼はそういう精霊がいたという情報だけを持ちかえるつもりでいた。
……今は。今回はまだそれで終わりの筈だった。
だけどもう一人、見付けた。
撤退していた際に宙に浮いていた所を撃ち落とした精霊。
偶々進行方向に落下した精霊。
「この感じ……お前もそうか」
満身創痍で立っていた青髪の精霊もまた、禍々しい雰囲気を纏っていた。
研究材料が、そこに生きて立っていた。
だから彼はまだこの戦いで使っていない銃の力でその精霊を打ち抜いた。
殺傷能力のない、相手を眠らせる事に特化した睡眠弾。
そしてその一撃でその精霊は動かなくなった。
加速した勢いそのままに地面を転がり、やがてランディから離れた所で止まる。
だがまだ生きはあった。あってもらわなければ困る。目の前の研究材料に死なれるわけにはいかない。
「……さて」
そこからの行動は迅速だった。
満身創痍でいつ死んでもおかしくないその精霊に回復術を掛けながら首に枷を嵌めた。死なれても困るが動かれても困るからだ。これで応急処置だけでもすませて後は馬車の中ででも治療すればいい。
とにかく生きたまま研究所に連れていければいい。
「……しかし一体なんだったんだコイツらの力は」
そして多分、自分がそれを研究した所でその答えは出てこないだろう。
お世辞にも彼は研究者として優秀ではない。だが知的好奇心だけは人一倍旺盛だった。
だから知る事の為ならどんな苦労もかってでる。彼がルミアの助手として転がりこんだのも、そこにいればより深く自分の知的好奇心を埋める事が出来るからだ。
だから自分は助手でいい。
この研究材料を調べるにはもっと優れた人間がいる。
「あの人なら分かるんだろうな。無事壊さず届けねえと」
かつて精霊研究のトップに立っていたシオン・クロウリーに変わり頂点に立つルミア・マルティネス。今の自分の雇い主。
とにかく彼女の元にこの研究材料を届ける。
それが彼が今やりたい事だった。
だから。
「……ソイツ、生きてるのか」
まずはこの研究材料を殺しそうな、結界の霊装持ちの男を説得する所から始めようと思った。
この世界がより発展する為に。
自らの好奇心を埋める為に。
そしてしばらくして。
その手に白い刻印を刻む青髪の精霊は馬車の二台へと詰み込まれた。
行先はとある研究所。
……精霊にとっての地獄。