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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
321/426

ex 暴風の刃

 目の前の男を倒せるかどうかは分からない。そして倒した時には肝心な事が手遅れになる。

 男を掻い潜り殺すべき相手の所に到達はできるかもしれない。だけど確実に殺しきる前に目の前の男に

追いつかれ妨害を喰らうかもしれない。

 だとすれば今最も有効な手段はこれだ。


 神経を集中させて風を走らせ殺すべき相手の正確な位置情報を掴み……そのポイントに竜巻を発生させて空へと打ち上げる。

 その間目の前の男にそれを悟られないよう、残った僅かな集中力を使って相対する。

 当然向こうの方に神経を割いている状態では碌な事は出来ず、それでは目の前の男に押しきられるであろう事は分かっていた。

 それでも。それでも今までの自分よりも強い今なら、時間を稼ぐ位の事はできるから。


 そしてそれは成功した。


 視界の先で、空高くに殺すべき相手が撃ち上がる。

 後はやる事はとてもシンプルだ。


 全身全霊の一撃をぶつけて殺す。そしてエイジを救う。

 ただ、それだけだ。


 その為に、エルは跳んだ。

 否、飛んだ。

 風を纏って空を舞った。


 自らも空中に上がってしまえば、結界を使う男からの妨害も受けない。

 真正面から全力で視界の先の男を潰す事ができる。


 そう……全力で。

 そしてそうする為の手段は自然と浮かんできて、自然と体がそれを実行する。

 周囲の風を操作して特定のポイントに叩き付ける様な風を発生させる乱気流を作りだす。

 その特定ポイントは目の前の男だ。

 そして次の瞬間、抵抗しようと何かの精霊術を使おうとしていた男を完全に無力化する。


 次の一撃を。最後の一撃を放つなら今だ。

 そして畳みかけるように殺す為の一撃を放とうとする。

 人体を貫くための風の槍。

 かつて瀬戸栄治を死の淵にまで追い込んだ強力な一撃。

 ……だが。


(……違う)


 本能的に導き出されたそれよりも強力な一撃を知っている。

 エルという精霊の力を使って放たれる最強の一撃を彼女は知っている。

 だからやり方を理性で切り替えた。

 理性によってより良い解を導き出し、そして本能がそうする為のやり方を自然と導き出し形にする。

 かつてのただ人を殺そうとする暴走状態とは違う。

 自我があるからこそエルは一歩先へ進む。


「……」


 瞬時に右手を中心に結界を作りだした。

 発動した手の動きに合わせて共に動く移動式の結界。その脆さから時間稼ぎなどにしか使われなかった最弱の盾。

 その結界を刀の様形状に変化させ、そして今までやり方もまるで分からなかった手から少し離れた所を手の動きに合わせて動くという特性を強制的に捻じ曲げ、その結界の剣を握りしめる。

 そしてその脆き剣に風を纏わせた。


 イメージするのは瀬戸栄治の戦い。


 大剣や日本刀から放たれる風の斬撃。


 エイジはあの技に複雑な工程を行わない。

 曰く出そうと思えば出せ、切断能力を付与するかどうかも思いのまま。それは即ち大剣や刀となったエルの力。即ちそれを出す為にエイジが特別な何かをしている訳ではない。

 エルという精霊の中でそれは完結している。


 だとすれば斬撃も。風の防壁も。

 エル自身ができない筈がない。

 そして瀬戸栄治の一歩先を行く。


 彼の斬撃は人を薙ぎ払い薙ぎ倒す。だけどそれでもそこに切断能力は付与されない。

 相手が誰であろうと。彼は戦いに剣や刀本来の切断能力を持ちだす事はしなかった。

 持ちださなくても人は殺せる。だけどそれでも切り伏せるよりは死なない。殺さないで済む。

 敵を殺すのではなく敵を倒す。人を殺したくなかったエイジはその道を貫いてきた。


 だけどエルには関係ない。

 これまでも殺してきて、これからも殺す。

 少なくとも目の前の敵だけは絶対に。


 だから放たれるのは倒す為の一撃ではない。

 殺す為の一撃。


 その一撃に思いを乗せて。


「いっけえええええええええええええええええええええええええッ!」


 そして結界の刀が全力で振るわれ、その一撃は放たれた。

 放たれたのはエイジが大剣で放った時は勿論、刀で放った斬撃よりも劣る。

 それでも風の槍よりは。

 無抵抗の相手一人を屠るのには十分すぎる、あまりにも激しい暴風の様な一撃。


 それが轟音と共に打ち放たれる。


 そこから先は一瞬の出来事だったと思う。

 視界の先の男は風のプレスにより意識を失いかけている様にも見えたが、それでも自身の正面に精霊術に

よつ結界を張り巡らせる。

 それをガラスの様に打ち砕き、そして。


 次の瞬間、轟音と共に呪いは消えた。

 視界の先の惨状を目にしただけても確信は持てたが、その呪いが消えた事をまだ消えていない刻印が教えてくれた。

 ……つまりは、勝ったのだ。

 勝算の薄い賭けだった。この戦場を駆け抜けて殺すべき相手を殺す。とてもとても成功率が低い絶望的な賭け。

 それにエルは一人で打ち勝った。


(……良かった)


 視界を消えない刻印に落としながら、エルは泣きそうになりながらエイジの事を思い浮かべる。


(これで……エイジさんは死なない)


 守った。守り抜いた。助けられた。

 だから……だから。


(これでまた、エイジさんと……)








 そう思った次の瞬間だった。







「ぐ……ぁ?」


 眩い光の銃弾が、エルの腹部を貫いたのは。

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