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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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ex 覚醒した者

 目の前の存在に対し、憲兵の男は思わず一歩後ずさった。

 目の前の精霊に一体何が起きているのか、それが皆目見当も付かなかった。


 禍々しい雰囲気を醸し出し、到底立てる様な状態ではない怪我を負いながらも立ち上がり。

 そして。


「……ッ!?」


 目の前の青髪の精霊は先程のそれを遥かに上回る速度で急接近して距離を詰めてきた。

 その速度は先程呪いで致命傷を与えたテロリストや今の自分には届かない。

 だけど喰らいついてくるのに必要な、最低限度の速度を有している事は間違いない。


「……くそッ!」


 男は目の前の精霊の攻撃を防ぐ為に左手の結界の剣で守りの為の盾を形成する。

 次の瞬間激しい衝撃音が響き渡った。


 結界は……僅かな罅で留まっている。

 当然だ。少し強くなった……その程度でこの結界は破壊できない。


 そう、それだけ特別な代物なのだ。


 多分、間違いなくこの世界に革新を齎すだけの大発明。

 原因は分からないが表舞台から姿を消したシオン・クロウリーの代わりに精霊研究の第一人者に踊り出たルミア・マルティネスの研究の試作品。

 おそらく研究データを取りたいという理由もあったのだろう。だけどそれでも、この事件を解決する助けになればと貸し与えられた最強の矛と盾。


 その盾が……精霊一人の拳で砕ける訳がない。


(……今だ)


 目の前の隙だらけの精霊に対して、結界を右手の剣の軌道に合わせてずらしそして一太刀を浴びせ、そして一気に畳みかける。そのつもりで動こうとした。


 その筈だった。


「……ッ!?」


 次の瞬間、男は慌ててもう一方の剣も結界に変え自身の背後に張り巡らせた。

 ……次の瞬間だった。


 自身の後方から風の槍とでも言うべき風の精霊術の雨が降り注いだのは。


(……なんだよこれはッ! 一体何がどうなってんだ!?)


 結界と風の槍がぶつかり合い轟音が響く中で、憲兵の男はそう心中で叫ぶ。

 だってそうだ。目の前の精霊からはそんな攻撃を放っている素振りは感じ取れなかった。まさか他にこれだけの攻撃を打つ事ができる精霊が自分の背後に居るのだろうか。

 そう考えるが、それは否定する。

 それはあってはならない事だ。


 なにしろ自分の背後には、今自分が目の前の精霊から守らなければならない部下がいるのだから。

 再び動きだしたら何をするか分からない。ここで止めを刺しておかなければならない。そんなテロリストの息の根を止める為の核がそこにいるのだから。

 そこにこれだけの攻撃を放てる他の精霊がいるのだとすれば、致命的な程に色々な事が瓦解してしまう。


 だとすれば……これも全て、目の前の一人の精霊がやってのけた事という事になる。


(……ッ!?)


 次の瞬間風の槍の雨は止んだ。

 だが目の前の精霊の攻撃は止まない。

 後方からの攻撃の隙に次なる攻撃を放つ工程を全て終え……の手には極小の風の塊が構えられていた。

 そして結界の罅の入った箇所に叩き込まれる。


「……ッ」


 次の瞬間激しい破砕音が聞こえ、風の塊が暴発した事による衝撃で体が煽られ体制を崩す。

 そしてそこに付け込むように拳を握って精霊が急接近し、勢いよく振るわれる。


「……なめんじゃねえぞこの野郎!」


 だが男は瞬時に構えを取ると同時に罅だらけの右手の結界を正面に展開。目の前の拳の威力を僅かに殺し、そして体を捻って辛うじて拳を回避する。

 そして全壊した結界の代わりに拳を握り、その精霊の腹部を殴りつけた。


「ぐふ……ッ!?」


 目の前の精霊が苦い声を上げて弾き返され地面を何度かバウンドして止まる。

 この出力の拳だ。元々目の前の精霊が満身創痍だった事を考えると、これでもう動かなくなる可能性も十分にある。

 だけど気は抜かなかった。


(……まだだ)


 だが油断する事無く構えを取る。

 ここで食い止める為に。

 いかなる攻撃が来ても。いかなる不可思議な行動をしてきても。その精霊を此処から先へと進ませない為に。

 その為に一定の距離を保ち、少しでも全壊した結界が回復してくれるのを祈る。

 それが間に合わなければ拳と他のそこまで強く無い精霊術で相手にしなければならない。

 だから、できれば立ち上がらずそのまま動けなくなってくれと、そう思っていた時だった。


 目の前の禍々しい雰囲気を醸し出す精霊は、ふらつきながらも確かに立ち上がった。


 そして……次の瞬間だった。



 自身の遥か後方で、激しい轟音が響き渡った。

 それはまるで自然災害の竜巻が突然発生した様な。暴力的な暴風の音。


 そして……思わず目の前の精霊を警戒しながらも、後方に注意を向けると……そこには確かに巨大な竜巻が発生していて……そして、あるものが辛うじて視界に映った。


 映ってしまった。


 人が宙を舞っていた。

 ……テロリストに呪いを掛けた精霊術を使った部下が、宙を舞って。


(……まさか、これもコイツがやったのか)


 報告通り、目の前の精霊の精霊術は風を操る精霊術で間違いない。

 だけどこれだけ離れた所にいる標的の位置をピンポイントに狙い、これだけの規模の竜巻を、別の誰かと高次元の戦いを繰り広げながら放った。

 ……一体自分は何を見せられているのか。


 果たして目の前の存在が本当に精霊なのかどうなのか。


 それすらも分からなくなりそうで。そして。


(まさか初めからこれを狙……は?)


 目の前から精霊が消えた。

 否……上空に跳んだ。

 ……いや、飛んだ。


 阻むもののない空へと、風を操り推進力を得て上空高くへと舞い上がる。


「嘘だろ……クソォ!」


 判断ミスだったと、憲兵の男は思った。

 目の前の精霊は文字通り、もう何をしてくるか分からなかったのだ。

 だったら結界が使えなくても、拳を握り、起き上がる前に叩き潰すべきだった。


 それをしなかった結果、出し抜かれた。

 空中で。自分が全く介入できない場所で。

 自らの部下も何もできないその場所で。


 その精霊の独壇場が始まってしまう。


 つまりこの戦いは彼の敗北だ。

 またしても傷は負わなかった。授けられた最高の科学力によって作られた最高の装備と、長年鍛えてきた戦闘技能は、またしても彼を無傷のままでその場に立たせた。


 だがしかし、それは紛れもなく彼の完全敗北だった。




 そして……精霊の。

 風神の独壇場が始まる。

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