26 例え地べたを這いつくばってでも
予感は確信に変わった。
エルが回復術をアリスに任せて立ち上がり、拳を握る。
それだけでもう、エルが何をしようとしているかが確定的に分かってしまった。
俺を刺した殺すために、エルが動こうとしている。
それはだめだ……それだけは絶対に駄目だッ!
俺は全ての力を振り絞るように体を動かしながら声を絞り出す。
「待て……エル……ッ!」
そして死に物狂いで必死に起き上がった。
引き留めなければならない。その手を取って大丈夫だって言って。なんとか……なんとか止めないといけないって。
そう、思っているのに。
エルに向けて手を伸ばそうとした次の瞬間には、足に力が入らなくなり、視界が揺れて膝を付く。
そしてそのまま崩れ落ち、うつ伏せでその場に倒れ込んだ。
それでも……それでも右手だけを……右手だけでも必死に伸ばした。
例え地べたを這いつくばってでも、エルを止める為に。
その時だった。
「大丈夫ですよ、エイジさん」
エルがしゃがみ込んで俺の手を包むように両手で握り、明らかに頑張って作っているような。よく見えないけど確かにそう感じるような笑みでそう言った。
……ああ、そうだ。笑みなんてまともに浮かべられる訳がない。
だって……手が、震えているのだけは確実に伝わってくるから。
「……駄目だ」
まだ、なんとか声を絞り出した。
「それじゃ……エルが、死ぬ」
「大丈夫です。死にませんよ。いなくなったりなんてしません」
エルが安心させるような声音でそう言って。だけどそれでも手の震えは止まってなくて。
それでも俺を安心させるように言うんだ。
「二人で帰るって約束しましたしね」
確かにそう約束した。
だけど……それでも、行かせちゃ駄目だ。絶対に駄目なんだ。
分かってる。何度だって苦い思いをした。いつだって碌な結果にならなかった。
一人じゃ。俺達一人分の力じゃ、所詮ただの有象無象の一人でしかない。
あの戦場の中にエルを跳び込ませても、敵味方入り乱れる中の一人でしかないんだ。
だから……エルが死ぬ。
エルが死ぬ。エルが死ぬ。エルが死ぬ。エルが殺される。
だから……だから。
例えここで俺が死んででも、エルを引き留めないと。
俺なんてどうなってもいいからエルだけは助けないと。
手も、足も、まともに動かないなら。
せめて声位は絞り出せ。
……絞り出てくれ。
……なんで、声すらも出てこないんだ。
「行ってきます、エイジさん」
遠くでそう聞こえたような気がした。
遠く……いや、まだそこに居るのか?
それも、分からない。
分かるのは。まだ右手の刻印から、エルが生きているという事が分かるだけ。
ただ、それだけ。
それだけを感じながら、もう自分が立っているのか倒れているのかすらも分からなくなって。
俺の意識は掻き消えた。