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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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23 ごく当たり前の良識 上

「……洗脳?」


「なにとぼけてやがる! お前の精霊にはそういう力があるんだろ!」


 なんだ。一体目の前の男は何を言っている?

 俺に……エルに精霊を洗脳する力なんてあるわけがないのに。


『一体この人は何を言って……』


 エルも同じような反応を見せる。

 だが、エルがそう言った直後。ようやく俺は一つの記憶に辿りついた。


 それはあの業者との戦いが始まる直前。

 あの業者との戦いを回避する為に絞り出した嘘。

 その場にいたアイラ達を俺が洗脳しているという体で話した嘘。


 ……あの嘘が、俺の。エルの能力として噂で広がっているんだ。


 だがそれに気付いた所で、何かが変わるわけじゃない。

 目の前の男の要求。それが嘘か真かは分からないが、それを呑むことは俺の意思に関係なく不可能なのだから。


「悪いな、あれは咄嗟についた嘘なんだ。洗脳なんて俺にはできねえよ。今だってしてねえ」


 だから結局できる事はただ一つ。


「俺はただ精霊の味方をしている。そんだけだ!」


 そう叫んで再び憲兵の男に最接近する。

 敵を交渉の末に引かせる。俺にはそんな技量も材料も持ち合わせていない。

 だったらとにかく、俺は目の前の男を打ち倒さなければならない。


「……くそ。それすらも嘘かよ。本当にやる事なす事空回ってばっかだな!」


 そう叫んで男は結界の双剣で俺が振り下ろした刀を受け止める。

 そして、受け止めながら男は言う。


「……まあいいさ。寧ろお前に感謝する事にしよう」


 男の言葉を無視して俺は一度バックステップで距離を取りつつ、斬撃を放つ。

 その斬撃を左手の結界を通常の携帯に戻す事により男は防ぎきり、防ぎながら言葉を紡ぐ。


「どうせ500近い精霊を確実に潰せる様な人数なんて簡単に集められねえさ。そして、集められねえまま新しい犠牲者が出る。それは防がねえと駄目だ。俺達の様な人間が防いでやらねえといけねえんだ!」


 そしてそう口にする男のひび割れた結界目掛けて再び最接近。

 刀で結界を切り払い破壊。再び男の剣を一刀に戻す。

 だが直後そのもう一刀が振り下ろされる。


「……ッ!」


 それを左手から風を噴出させ、勢いよく放った裏拳で相殺した。

 そして拳と剣をぶつけあいながら、男は俺に言う。


「だからお前に感謝しよう。お前のおかげで俺達は勇気ある一歩を踏み出せた!」


「ああそうかよ」


 きっと目の前の男は。今此処にいる人間達は。精霊の事を除けば民間人の為に命を捨てるような戦いに臨む善人達なのだろう。そんなのは戦う前から分かっている。

 でもだからどうした。


「だったらその足でさっさと引き下がれよこの野郎!」


 裏拳を放った手首を捻り結界の剣を掴んで瞬時に後方へ引っ張る。


「おおおおおおおおおおおッ!」


 そしてそのまま後方に勢いよく力任せで投げ飛ばし、そのまま勢い任せに刀を振るい斬撃を放つ。

 空中の男はそれを結界で防ぐが、それにより結界に大きな罅が入る。


『エイジさん!』


「ああ!」


 さっきは妙な会話で結界再生までの時間を稼がれた。

 だが次はもうそんな時間を与えない。

 その一枚も叩き割って、次が出るまでに一撃を叩き込む。

 そう思って、動きだそうとした瞬間だった。


 右方から、俺の前を横切る様にそれは飛んできた。


「……ッ!?」


 俺の目の前でバウンドして左方の木に叩き付けられたのは、見覚えのある精霊。


 ルナリアの取り巻きの精霊の一人。


 一体どこからどんな攻撃を受けて此処まで飛ばされて来たのかは分からない。

 だけど確実に分かる事はその精霊が血塗れで、目が半開きで意識が朦朧としているのが目に見えて分かって。つまりもう戦える様な状態では無い。そんな事。


 そして。


 その精霊に気を取られている内に男は着地し、バックステップで俺から僅かに距離を取る。

 罅が入った結界は僅かでも回復に回す為か消滅させている。


 そして俺は。


「……」


『……エイジ、さん?』


 一体どう動けばいいのか、頭が真っ白になりかけていた。


 分かっている。気にするな。視界から外せ。意識から外せ。

 今はその精霊に構っている暇はない。余裕もない。とにかく目の前の敵を倒さなければならない。

 ……なのに。


 一度意識下に入った大怪我を負った精霊が、離れていかない。


 自分で何度だって考えた筈だ。理解できているはずだ。実際その通りだ。

 俺にはもうエルや守りたいって思えた人間以外を守る気力なんてない。そんな気力はないんだ。


 ……なのにいざ目にすると、なんとかしなければという意識が生まれる。

 それが焼き付いて離れていかない。


「……なるほど、理解はできないが実際にお前は精霊の味方なんて馬鹿な事を考えているんだな」


 そう目の前の男は口にして、再び結界の剣を作りだす。

 まだ一刀。だがそれでも確かに再生させてしまった。


 そして男は動いた。俺ではなくその精霊目掛けて。


「まてッ!」


 予想外の方向に男が動いたため反応が遅れた。

 だけどきっと、数分前の俺が見れこの状況で一番理解できない存在は俺になるのだと思う。

 気が付けば、遅れて動きだしていた。

 殺されそうになっている精霊を助ける為に、体が反射的に動いてしまった。

 そしてどうやっても間に合わない。そんなタイミングで動いた俺は自然と発動させていた。

 その精霊を巻き込む可能性がある斬撃ではなく、風の防壁を。

 その精霊と男の間に差し込むように発動させていた。


 無理な体制で放ったそれが大きな隙を生む事は分かっているのに。


 そして次の瞬間、予想通りという表情が……俺へと向けられた。

 隙だらけの俺へと。

 自分自身の行動を理解できていない俺へと。

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