19 人を殺すということ
移動中に確認したのだが、今から展開する陣形は半月型で人間を囲う陣形。この場に辿りついた人間が一塊になっている事が確定しているのならきっとその策は有効だ。
そこからの作戦は非常にシンプルで人間が一定地点にまで到達したのを皮切りに遠距離攻撃を一斉放射しての奇襲。
それでまずは数を削る。
そこからは混乱した人間の集団に後衛の精霊の補助を受けつつ前衛が一気に切りこむ。
とてもシンプルで分かりやすく、戦術についてよく分からない俺からすればそれはとても有効なものに思える。
もし相手にするとすれば、正直ちょっと勘弁してほしい。
そしてそんな陣形を組むために、ハスカに着いていき持ち場に辿りついた。
どうやらこの場所はハスカ達と、そしてレベッカの周囲にいる十人ほどの精霊が担当らしい。
この中から基本的に殆ど戦闘能力を持たない精霊が後方で回復術での応急処置班に回り、残ったメンツで前衛と後衛を決める事となる。
「……さっきの大丈夫だった?」
到着するとレベッカにそんな事を聞かれる。
さっきの……それは十中八九先程のルナリアとの小競り合いの事だろう。
「まあ無事此処にいるって事は大丈夫だったって事だ」
「ごめんね。ホントはウチもそっち行くべきだったのかもしれないけど」
「まあお前もコイツら纏めねえと行けなかっただろうし、気にすんな」
俺がそう言いながら視線をその精霊達に向けると、嫌悪感まではなかったがやはり困惑する様な視線を向けられる。これがこの場所の標準的な反応。
やっぱりいかにハスカ達が俺の事をまともに見てくれているかが良く分かる。
まあそれはともかくだ。
「で、人間達の動きは……っつーかどうやって人間の姿捉えてんだよ」
エルが俺と契約する前に森に展開していた結界は、入りこんだ人間の人数と位置は把握できる。
だがまあ向こうがどういう動きをしているかはそれでは捉えにくい。攻撃を仕掛けるにしては、それだけでは情報が不足していると思う。
これが地球なら監視カメラなんかを随所に設置すればいいだろうが、この世界ではそうもいかない。
その辺、此処ではどうしているのだろうか。
と、そこでレベッカが取り巻きの精霊に声を掛ける。
「アレ、やってくれる?」
その言葉にその精霊は頷いて、正面に手を向ける。
そして何かしらの精霊術を発動させると、目の前の光景が変貌した。
「……これは」
目の前に、人間達の姿が映った。
「障害物をすり抜け、遠くの様子を探る事が出来る精霊術。一応持ち場に一人はそういう事ができる精霊がいるんだ」
……で、とレベッカは言う。
「……ぶっちゃけ人間のアンタから見て向こうの連中はどう思う?」
「どうって……」
「具体的に言えば狙いとか」
「狙いってこの人数だとお前ら捕まえに来たとか……ってちょっと待て」
人間と精霊が合わせて100人近く。
対するこの場の精霊は何人だ。
「……精霊を捕らえに来たにしては少なすぎる」
「そう。確かに此処に辿りつく人間にしては圧倒的に数が多いけど、それでもそうするには少ないよ。もし此処に精霊がいるって分かってきてるなら人数も把握できるだろうし、それだったら頭数は人間と精霊合わせて500人程いないとおかしい」
「いや、1000。それ以上だ。というか冷静に考えれば、そもそもこの場所に精霊がいるって分かっても攻めてこない可能性だってあると思うぞ」
「……というと?」
俺の言葉にレベッカがそう返してくる。
……僅か一か月。たったそれだけだけれど、この世界の人間に混じって生きてきた俺だから分かる。
500じゃ少なすぎるんだ。
「……お前らに面と向かって言いたくはないけどさ、この世界の人間は精霊の事を資源としか見ていない」
「……知ってるし、アンタがそう思ってるわけじゃないっての分かるから。続けて」
「単純な話だ。500人程度で精霊の集団にぶつかれば、どう足掻いたってある程度の死者が出るのは免れないし、そして向こうのドール化した精霊も何人も失う事になる。まあ後者の方は減った分を補填してもある程度の人数を捕まえられればあまりがでるくらいだろうさ。だけど……そのあまりの為に何人もの人間が命を落とす。そして、それをよしとしない位には、人間は人間の命を重くみてる」
……まあ簡単に纏めるとだ。
「だからたかが精霊という資源を獲得する為に、この世界の人間は命を賭けない。多分掛けようとする人間がいたら、他の連中が諭して止める。だからもし動くなら確実に圧倒できるだけの戦力を用意するだろ。それが1000人とか2000人とかそういう数字だ」
「……」
「……向こうは勝たなきゃいけない戦争をしようって訳じゃない。ただ狩りをしてるだけなんだからさ」
例えばエルドさん達がいい例だ。
エルを捕まえようと思えば、エルドさんとその精霊だけで事は済む。そこにルキウス達がいたのは確実性を増すためと、圧倒的な戦いにして万が一でも死人を出さないため。きっとそういう理由なのだと思う。
そして多分地球へ辿り着く直前に戦った業者だってきっと危険な戦いはしていなかったのだと思う。
そもそも頭数が四人いたあの時の俺の元に四人で接触してきたのだって、俺から離れた所に居たエルとナタリアを別のグループと共に叩く為だったみたいだし、精霊の反応がエルとナタリアの二人で、既に数で勝っているであろう地点に持ち場を捨ててまで応援に行ってる時点で、やはり極力そういう危険な戦いは避けている。
もし危険水域の人数があの場に押し寄せていたら、一時的に彼らは戦闘を回避するように動いていただろうと思う。
「……なる程ね。まあ、納得いったよ。あまり納得したくはないけど」
レベッカは複雑そうな表情でそう言う。
そして話を聞いていたハスカが俺達に言う。
「で、そうなってくると、この人数で此処に来てる理由が全く分からなくな訳だ。だけど偶然辿りついたにしては数が多すぎる。行ったいどういう事なのかな?」
「……」
分からない。
本当に一体コイツら何しに来たんだ?
まさか本当にその人数で精霊相手にしようよしてるのか?
そう思った時だった。
「エイジさん、何人か憲兵の人が混じってないですか?」
俺と共に一か月間この世界で人間として生活してきたエルが指を刺してそう言った。
「……ほんとだ」
確かにそこに憲兵の制服を着た者が何人もいた。
なんでこんな所に憲兵が……ってちょっと待てよ。憲兵?
「……そういう事か」
憲兵の姿を見て、俺の中で仮説を立てるのには十分な材料が揃った。
精霊を捕まえに来る業者よりも納得がいく、そんな仮説。
「分かったんですか?」
「あくまで仮説だけどな」
エルに促される様に俺は答える。
「多分その時の連中は事件の調査をしにきたんだ」
「……事件?」
「ここで……少なくとも精霊がいる事を分からなくしているこの場所で精霊側に死人がでるだけの規模の戦闘が起きたんだったら。偶然かどうかはともかく辿り着いたそれだけの事態になるだけの人数が此処で死んでるんだったら。もしもそれだけの人間が行方不明として扱われていたとしたら……それはきっと刑事事件として扱われる。多分、扱われているから此処に来たんだよ」
それに、此処に来るまでの襲撃された馬車もあったし、此処にそれなりの物資があるのを考えると、この辺り近辺で精霊によるそういう事件が頻発していると考えるほうが無難で。
とにかく、そう考えれば此処にはもう憲兵が足を踏み入れる理由しかない。
これだけの人員が割かれるだけの危険地帯でしかない。
「……事件、か。ウチらにしてる事棚にあげて何言ってんだか」
「……でもこの調査団にしては決して少なくない人数を考えると多分そういう事だと思う」
「……まあどうであれ、やることは変わらないけど」
「……だな」
……多分この一戦だけを乗り切ろうと思えば、ここに500人近い精霊がいる。それだけの戦力を有していることを見せつければ撤退するかもしれない。
犯人が精霊という事も分かり、刑事事件として扱われなくなるだろうし。精霊に殺されたのならば、それは自然動物に殺される事故と変わらない。
だけどそれは場所の事が露見する事に他ならない。
この一件がきっかけで業者か……もしくは国が合同で部隊を編成してこの場所に押しいる可能性もある。
だから一番有効な手が何かと言われれば、全てここで倒してしまうのが正解だと俺は思う。
……そうだ、そうするべきだ。
……できるのか?
ふとそんな言葉が脳裏を過った。
敵を倒す。それは今までだってやってきた。
だけどきっと、この戦いは今までとは条件が何もかも違う。
かつての異世界での戦いはすべて、その場しのぎで終わる戦いだった。
終わらせられる戦いだった。
エルドさん達との戦いも、アルダリアスでの地下でも、精霊加工工場でも。そしてあの業者との戦いでも。
敵を倒して走り抜ける。
それで終わりだった。
地球での戦いもそれは変わらない。
天野を止める。
対策局から脱出する。
エルと共にこの世界へと渡る。
それで終わり。
だけど、この戦いは違う。
この戦いは防衛戦だ。
薙ぎ払って、気を失わせたとして。俺はこの戦場から走り抜け立ち去るわけじゃない。
薙ぎ払って気絶した敵は、俺達がいるこの場所に残り続ける。
……脅威が残り続ける。
息の根が止まるまでは。
殺してしまうまでは。
何も解決しない。
「……」
今までだってあの力で相手を薙ぎ払って殺してしまった人間も、もしかするといるかもしれない。
いるかもしれないんだ……だけど。
俺は今、明確に。
意識的に。
確信的に。
人を殺さなければならない様な状況に立っている。
……きっと初めて、立ってしまっている。
「……大丈夫?」
多分それに気付いてから、俺の様子はどこかおかしかったのかもしれない。
そしてどうしておかしいのか。この戦いが始まる直前という事もあってか、悟った様にレベッカは聞いてくる。
「人間……殺せる?」
その言葉を聞いて。自分が明確に人を殺している光景が脳裏に焼き付くように浮かんで離れなくて。
自分でも明確に、手が震えているのが分かった。
……でもきっと、それは止めないといけない。
どんな奴でも、それでも相手は人間で。
それを手に掛けるなんて事は、どうやったって容認できない事だと思うのだけれど。
それでもエルを守るためなら、きっとその禁忌にも触れないといけない。
だから自分を鼓舞する為にも、大丈夫だって。そう言おうとした時だった。
「エイジさん、それはやらなくていいです」
エルが震える俺の手を握ってそんな事を言った。
「でも……」
「無理しなくていいんです」
そこから俺に視線を向けるだけで、エルはそれ以上何も言わなかった。
それは俺の限界を悟っている様で。
ずっと俺を精神的に支えてくれてくれたエルだからこそ言えた助言の様な気がして。
……それをしてしまったら俺がどうなるかを、俺以上に知っている気がして。
……だから、俺もそこから何も言えなかった。
そして、少なくともレベッカやハスカ達も、精霊に味方するなら人間を殺せないとおかしいというような、極論を言うような連中じゃなくて。
「……とりあえず、アンタはアンタがやりたいように。やれるようにやってくれればいい」
ハスカがそう言って、他のみんなもうなずいてくれた。
……そのやり取りをレベッカの取り巻きがどう思ったかは分からない。
だけど俺を見る視線が何も変わらなかったという事は、結局誰かを殺すという事に対する当たり前の抵抗には、ある程度の理解をしてくれたという事なのだろうか。
……まあ何にしても、きっと俺に人間は殺せない。
例えそうする事が正しい事だと思っても。もう俺には無理だ。
……多分今までもこれからも、それが正しいと思う日なんて来ないとは思うけど。
この世界観で不殺キャラってのは正直甘えでしかないのかもしれないですけど、物語前半は正しい事をやろうとするエイジさんにとっての倫理観。そして現時点のエイジさんのズタボロな精神自様態や殺人による精神的負荷を考えると、当たり前の様に殺せた方が違和感あるかなと思います。
……まあ六章で一度本気でぶちぎれて、殴り殺すつもりで拳振るった事もありますし、完全な不殺キャラではないんですけどね。