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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
二章 隻腕の精霊使い
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ex 薄暗い闇の中で

 あの時、目を覚ました時に最初に視界に移ったのはエイジだった。

 その後、他の人間を見てもすぐ近くにエイジがいた。だからある程度平常心を保てていたのだと思う。

 だけど……今、彼女の前にその契約者はいない。


(……ここは? そもそも私は一体……)


 目覚めたばかりで記憶が乱れていた。

 一体自分がどうして気を失って、そして今どういう状況なのかをすぐに理解できない。

 もしかするとそれは一種の防衛本能だったのかもしれない。


「……ッ!」


 それを理解した時、背筋に悪寒が走った。

 鮮明に思い出すあの時の事。

 エイジが襲われて、自分も襲われた。三体一のまともに抵抗すら出来なかった戦い。記憶が鮮明になっていくにつれ、その時の痛みと恐怖が蘇ってくる。


 そして……現在。

 目の前には知らない人間しかいなかった。きっと自分の事を物としか見ていない人間が居た。

 そして……手足には錠が付けられていた。

 鎖で繋がれた両手は、鎖が伸びきる範囲までは動かせる。だけどそれは動かない事と余り変わらない。感覚的にこの錠の所為で精霊術を使えなくなっているという事は分かっていた。故に、動けようが動けなかろうが何も変わらない。


 何一つ変えられない。


 だから動かなかった。動けなかった。

 その場で体が石の様に重くなって、まるで床に縫いつけられた様に動かない。

 いや、動いてはいた。震えていた。震えが止まらなかった。

 ただ怖い物を拒絶する様に、目を閉じる事しか出来ない。


 そしてどうやら目を開いてから閉じるまでの十数秒に、その場に居た見張りの様な男は気付かなかったらしい。監視対象から目を逸らして雑誌を呼んでいたのだから気付き様がなかったのかもしれない。

 そして扉が開く音が聞こえた。どうやら別の人間が部屋に入って来たみたいだ。


「お前、何サボってんだ。そこの精霊が目を覚ました時、不意打ちでも貰ったらどうすんだ」


「大丈夫っすよ。だって枷嵌めてるじゃねえっすか」


「馬鹿。相手は精霊の中でも相当なイレギュラーだぞ。何が起きるか分からんだろう」


 そんな会話を、耳を閉じたい気分に駆られながらも聞く。

 動けば自分に注意が向く。例え状況が変わらなくても、まだ眠っていると思われていた方が精神衛生上良い気がした。


「それで、コイツは結局なんなんっすかね?」


「なんだ、とは?」


「街の外でコイツと契約者を襲った奴らは一方的にやられたのか、碌に何も情報は得られなかったっすけど、それ以外の二回の襲撃。そのどちらも、まるでドール化していない精霊の様な反応をしてたみたいじゃねえっすか」


「あり得ねえ話だと思うけどな……単純にドール化無しで通常契約をおこなったからってのが、上の見解だ」


「いや、ありえねえっしょソレ……一体どういう神経してれば、精霊と普通に契約を結ぼうだなんて思うんすか。受ける精霊も精霊ですけど」


「目の前の事実から目を逸らすな。ドール化していれば感情は持たない。そして同時に、ドール化せずに契約したのであれば、醸し出す雰囲気の事も説明が付く。そうして通常契約を行ったとしか説明が付かねえんだよ。まあ……契約者がそういう事をしようと思った理由位は理解できるさ」


「……マジっすか?」


「マジだ。同じ人間だからな。まあ人の事は言えねえが、ソイツが精神的にどうしようもなく歪んでいる事位は理解できるさ」


 その言葉に思わず体が反応してしまった。

 ガタリという音に、部屋に居た二人がこちらが意識を取り戻した事に気付く。

 やってしまったと思った。だけど……エイジを否定する様な言葉を聞いたら、思わずこうなった。

 自分を助けてくれた人間が精神的に歪んでいるだとか言われる事が耐え難かった。


(エイジさんのやった事は……やってくれた事は、間違ってなんかいないんだ)


「目ぇ覚ましたか」


 部屋に入ってきた方の三十代前半程の男は、こちらを見てそんな言葉を向ける。


「その怯えた表情……マジで感情持ってんなコイツ。もしコレでドール化しているんだったら欠陥もいい所だ……っと、忘れるところだった。交代だ。休んでいいぞ」


「うぃーっす。後はよろしくお願いしまっす」


 そんな軽い言葉を残し、見張りだった男は部屋から出て行く。

 そしてこの場には、エルと新しく入ってきた男だけが残された。

 そして男はエルに問う。


「一応答え合わせだ。お前は人間と通常の契約を行ったのか?」


 その問いに返答する言葉はない。というより、声がまともに出てこなかった。

 動けた所までは良かったがそれまでだ。そこが限界だ。

 精霊術が使えずエイジもいない今、この状況は怖くて怖くて仕方が無い。


「……まあその反応が答えだろうな。そんな反応をする精霊が、ドール化されている訳が無い。実際に目にすると確信が持てる。これでまあ……分からないのはあと一つか」


 男は一拍空けてから言う。


「例の剣になったっていうアレ。アイツは一体なんなんだ」


 その問いに例え答える事が出来る精神状態だったとしても、恐らく答える事はなかっただろう。

 その答えは少なくともエルが抱いた認識では、ただ正規契約ができたから剣になれたという物だ。

 つまり裏を返せば自分が他の精霊と何ら変わりない、普通の精霊だという事をさらけ出す事になる。

 そうなれば……どうなるのだろうか。


 きっと今、自分が特別な括りとして見られているから、まだこの程度の仕打ちで済んでいるんだ。それが何の変哲もない普通の精霊だと知られたら、その先は一体どうなっている?

 分からない。分からないから答えられない。

 そしてきっと、その答えがあろうとなかろうと、自分が唯一信用できる人間に向けられる敵意は変わらない。


「まあいいさ。お前からは聞けなくても、お前の頭がおかしい契約者から話を聞くさ。剣としてお前を利用するにしても、使えないと判断して売りさばくにしても、契約者の存在は邪魔だからな。仮にお前から答えを聞けても、ぶっ殺すしかねえ訳だが」


「……まってッ!」


 ようやく出てきたのは、そんな言葉だ。


「待たねえよ。そうしねえとどうにもならねえ。……まあお前の方から契約を切れるんだったら話は別だけどな」


「……」


 それができるかどうかといえば、出来ると思う。

 だけどそうしたいかどうかといえば、それは否だ。

 例えそれがエイジを助ける事に繋がろうとも、それでもその決断だけはどうしたってできなかった。

 そうすれば……唯一の繋がりが消えれば。この状況で正気を保っていられるとは思えなかった。

 それがどういう事なのか、彼女にはよく分からない。

 だけど一つ。自分自身の気持ちに分かる事があるとすれば。


 ただひたすらに、エイジに会いたかった。


 ちらりと手に刻まれた刻印に視線を落とす。

 まだ消えてない。消えちゃいない。まだエイジは生きている。

 だから、祈った。


 ……その刻印が消えるような事が無い様に。

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