18 誇りの化身はもういない
無数の刃が放たれた瞬間、俺とエルは阿吽の呼吸で動いた。
「エイジさん!」
エルがこちらに瞬時に手を伸ばし、俺もそれに合わせてエルの手を取った。
そして一瞬でエルを刀へと変えて一閃。正面に風の防壁を出現させる。
直後、激しい衝突音が発生するがその程度でこの防壁は壊れない。
そしてその攻撃の隙を付くようにハスカがルナリアに跳びかかって押し倒し、そのままマウントを取って叫ぶ。
「何やってんの!? 今は仲間内でこんな事してる場合じゃないでしょ!?」
「仲間!? その人間が仲間な訳ないだろ! 逆になんでお前らはコイツが関与してないって思える!」
「……それは」
ハスカが言葉を詰まらせる。
多分俺が逆の立場だったとしても、何も言えないだろう。
瀬戸栄治という人間がハスカ達を救ったというとりあえずの事実に懐疑的で、それを説得の材料から外してしまえば後に残るのは感情論だけだ。
……そしてそれは簡単には伝わらない。
少なくとも今のルナリアの様な精霊には。
「そうやって当たり前の様に精霊を武器にして利用して居るような奴が、私達の味方な訳がないだろ!」
何をやっても悪く解釈される今のルナリアの様な精霊には。
「とりあえずアンタは自分の持ち場に行きなよ」
「……」
「いいから」
だから結局、それを一時的にでも止める方法があればそれは威圧しかなくて。
今は乱暴なやり方しかなくて。
……多分根本的な事は何も解決しないのだろうけど、だけどそれでも今はこうするしか解決策はないのだろう。
そしてルナリアが一時的に折れてくれたという判断を下したのか、ゆっくりとハスカがルナリアから離れる。
そしてこちらに露骨な嫌悪感を向けつつも、攻撃まではしてこなかった取り巻きの精霊がルナリアの元に駆け寄り、手を貸して助け起こす。
そして立ち上がったルナリアは、こちらに。というよりもハスカ達に恨み言を残すように呟く。
「……どうなっても知らないからな」
そして最後に最大限の嫌悪感の籠った視線を俺にぶつけて。
取り巻きの精霊とはまた別種の、より強い視線をぶつけて。
多分ハスカに言われた通り、自身の持ち場へと向かって行く。
……なんだろう。良く分からないけれど、人間だからっていう恨みだけでは無いような、そんな気がした。
「怪我無いですか、エイジさん」
刀の姿から元に戻ったエルが俺にそう訪ねてくる。
「ああ、おかげ様で」
エルにそう言葉を返した後、俺は引っかかる事があってエルに尋ねた。
「……エル、昨日俺が寝てる間に何かあったか?」
ルナリアと既に面識があった様な、そんな反応をエルはしていた。
……もし昨日エルがルナリアと接触していたのだとすれば、その時何か起きたりしなかったのだろうか?
それに対しエルは答える。
「一応少し話はしましたけど、危ないような事は無かったですよ。だから安心して下さい」
「……ならいいんだけど」
「……私の事よりエイジさんです。できればここにいる間、一人で行動しないようにしてください。今みたいな事がいつ起きるか分かりませんから」
「……肝に銘じとくよ」
……多分今後もこういう事は起きるだろうし、俺一人では収拾がつかないだろうから。
そして、そんなやり取りを交わした所でハスカが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「まあお前が止めてくれたおかげでな」
「……なんかごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
申し訳なさそうにハスカがそう言うので、思わずそう聞き返すと、ハスカは言う。
「まあ、その……アンタにとっては理不尽以外何物でもない事だろうからさ。同じ精霊として代わりにね」
そこまで言った後、言いにくそうにハスカは言う。
「でも、その……確かに理不尽だとは思うけどさ、その……ルナリアの事、恨まないでやってくれるかな?」
「……わかってるよ。元を正せば人間の所為だからな」
「……ごめん、アンタはそもそもこの世界の人間じゃないのに」
ハスカはそう言った後、踵を返す。
「……じゃあこんな事があってすぐで悪いけどついてきて。早く持ち場に付かないと」
「そうだな。もうレベッカ達も居なくなってるし」
「少し急ぎましょうか」
そして俺達は急いでハスカ達の持ち場へと向けて移動を始める。
そして走りながら考える。
ああ、そうだ。恨まない。恨める訳がない。あのルナリアという精霊がそうなったのは人間の所為なのだから。
俺に向けて放たれた理不尽な言葉も、理不尽な攻撃も。それも全て人間が精霊に向けた理不尽が原因なのだから。
それで人間である俺が恨みを向ける様な事があってはならない。自業自得みたいなものなんだ。
……だけど、多分もう俺には何もできないだろうなと思った。
もしあのルナリアという精霊の為に命を賭ける事は出来ないと思った。
かつて異世界を旅した瀬戸栄治という理想と誇りの化身はもういない。
もう俺には……そんな力は残されていないのだから。
助ける為の理由を探す事すらできないと、そう思った。