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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
301/426

ex 覚醒プロセス 中

「とりあえず相手を切断するような類いの技は無しで、どちらかがヤバいと思ってギブアップするかハスカが止まれと言ったら止まること。ざっくりしたルールはこれでいいかな?」


 これから行う戦闘訓練のルールを、レベッカはエルから距離を取りながら、とりあえずという風に考えてくれた。

 特に文句を言う要素もない。


「いいですよ、それで。じゃあさっそくやりますか」


 それだけ答えてエルは構えを取った。

 今から自分がやろうとしている行為で望む力が手に入るか分からない。

 だけど少なくともこの戦いで、もうきっとこの戦いでしか得る事ができない、自分の中で欠落している『暴走状態の精霊の力』の知識を肌で感じる事ができるのだ。

 その時点で何も得る事ができない戦いとなる可能性は無くなったのだ。

 だからもう文句もなく、躊躇いもなく戦う準備ができた。


「うん、威勢がいいのは良い事ね」


 レベッカは何の躊躇いもなく構えを取ったエルを称賛する様にそう言った後、自身も構えを取りながら言う。


「とりあえずは普通の状態とリミッターを外した状態。その違いを見てもらうためにも、まずは普通に戦おうか」


 そう言って最後に、実戦では行わないであろう大きなネタバラシを行ってレベッカは動きだす。


「ウチの力は重力変動。触れた物の重力を操る」


 そう言った瞬間、レベッカは高速でエルの元へと接近してくる。


(……早いッ!)


 おそらくレベッカの肉体強化の出力はこちらと同等。だとすれば仮にここから純粋な殴り合いにでも発展すれば耐久力におそらく分があるこちらが優位に立てる。

 だがそんな風に発展しない事は、先のネタバラシでほぼ確定しているようなものだ。


「……ッ!?」


 レベッカから伸ばされた手を後方に大きくバックステップで躱す。

 触れれば能力が発動する以上、接近戦で戦えばこちらが圧倒でもしない限りどこかで必ず触られる。その時点で出力はともかくその力が発動してしまう。

 故に基本的には距離をおいて、中距離からの攻撃で隙を作るまでは接近戦には持ち込めない。


(風の槍は使えない……だったら)


 ルール上使えない風の槍ではなく、正面に風の塊を作りだしてレベッカに向けて放つ。

 そう思い精霊術を発動させた次の瞬間には、既にレベッカもその手に黒い球体作り出していた。

 そして同時に射出。そして衝突。

 次の瞬間、エルが作りだした風の塊の形状が崩壊した。


「……ッ!?」


 それは通常の衝突により弾けたのではない。

 球体という形状を保っていられなくなったからという、不自然な弾け方。


 重力変動。

 通常の重力下であるが故に形状を保っていた風の塊という一種の創作物は、その前提条件が狂っただけで簡単に崩れ去る。

 それはおそらく風の塊ではなく風の槍でも変わらない。


 そしてその現象に思考を持っていかれ生まれた一瞬の隙に再びレベッカが接近してくる。

 躱せない。


「く……ッ」


 レベッカから放たれた拳を左手の裏拳で弾くように防ぐ。


「……ッ!?」


 次の瞬間。拳が触れた瞬間。その一瞬だけ、腕が急激に重くなった。

 バランスが崩れる。たった一瞬の重力変動が大きな隙を詠む。

 初見ならまずそのままたたみかけられる所だっただろう。

 だが実際触れられたのは初めてだが、能力は知っていた。


 故に、事前に対策が打てる。


「そんな簡単に負けませんよ」


 予めそうなる事が分かっていれば、そうなるという前提の元でコンビネーションを組めばいい。

 左腕が重力で強制的に落ちるのを振り子として利用した、右ストレート。

 それをバランスを崩したこちらに、先程の黒い球体を叩き込もうとしたレベッカよりも一瞬だけ早くレベッカの鳩尾に叩き込み、弾き飛ばす。


 そしてエルは接近戦に持ち込むために、追撃するようにレベッカに向けて動きだそうとした。


 特別隙ができたわけでは無い。浅かった今の攻撃に対し早くもレベッカは体勢を整え、僅かに笑みを浮かべながらこちらを迎え撃つ姿勢を見せている。再びレベッカの重力変動は発動するだろう。

 だが今の攻防で不確定だった情報が確定した。

 レベッカの重力変動は、あの黒い球体はともかくとして、手で触れて発動する分に関して言えば、文字通り触れている時間しか発動しない。

 即ち、攻防の中のほんの一瞬にしか影響を齎さない。一定時間重力が襲ってくる様なタチの悪さは無かったのだ。

 だから今の様にその一瞬を穴埋めするだけの何かを用意すれば。

 そうでなくとも、その程度の影響なら……分があるかはともかく戦える。


 だが直前で踏みとどまる。


 その考えはあまりに安直だ。

 多分、今は噛み合っただけなのだ。

 毎回重力を変えてくるかは分からない。もしかすると自分が対応できない程の重さ。もしくは空回りする軽さに重力を変動させてくるかもしれない。


(……落着け、今のはただ偶然うまく行っただけ)


 そう考えた直後、レベッカがエルに言う。


「いやー踏みとどまって良かったね」


「……」


「今こっちに突っ込んできそうだったのを見た感じ、エルは接近戦の徒手空拳に風による攻撃を織り交ぜるような戦闘スタイルなのかな。だとしたらウチと相性悪いよ。もっとやれる事いっぱいあるし、大体の状況に対応できるから、今見たいな偶然はそう起こらない」


「……やっぱり今のは偶然でしたか」


「そりゃ私が重力変動の出力をいじれば話は違ってくるし、何も重力を操るって重さだけを操るわけじゃないんだからさ……接近してたら、多分戦況は動いてたよ。あまりエルの良くない方に」


「……」


 冷静に考えればその通りだ。

 例えば重力変動の力がGを変動させるだけではなく、その向きまで調整できたら。いきなり対策の難易度が上がる。それを自分と同等の出力を。そして自分の風を操る能力以上に接近前提に作られた能力を持っているが故に、おそらくこちらより高い格闘技術を持っているレベッカが相手なら、どう考えてよくない方に戦況が進む。

 普通に倒す事は多分できない。

 持ち込めてもこちらがそう簡単に倒れない肉体強化を使えるが故に持ち込める泥仕合くらいだ。


 ……とはいえどうすればいいのだろうか?


 中距離の戦術は基本的に風の塊を飛ばすか、風の槍を飛ばすか。もしくは突風を起こす位しか選択肢がないのだ。その一つが簡単に防がれた今、中距離では分が悪い。

 ……だから結局取れる手段は接近戦しか無さそうだ。


 だけど……きっと外せれば。

 精霊術のリミッターを外せれば、違う選択肢も出てくるのだろうとエルは思う。

 だけどそれが外せそうな気配はなくて。

 その代わりにレベッカがこんな事を言いだした。


「さて、大体ウチの力は知ってもらえたみたいだし……そろそろ見てもらおうか。本当の精霊術の力って奴を」


 元々、違いを見比べる為にレベッカは普通に戦っていたのだ。

 だから当然の様に、その先がある。

 そして次の瞬間、距離が離れていても分かる位に、精霊としての雰囲気が変わった。

 きっと、精霊術のリミッターを外したのだ。


「さて、エル。もう一度言っとくよ」


 そして忠告するようにこう言ってからレベッカは動きだした。


「ヤバイと思ったらギブアップだからね?」

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