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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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ex 彼が英雄なのだとすれば

 少し話をした後で流石に限界が来たらしく、エイジは眠りについた。

 アレだけ普段中々眠れなかったエイジがあっさり眠ったのだから、自分が思っている何倍も。本当に何倍も疲労が蓄積していたのだろう。

 きっと泥のように眠るという言葉はこういう事を言うんだろうなと実感できる位、文字通り死んだようにエイジは眠っている。


「……ゆっくり休んでください、エイジさん」


 そう言ったエルは立ち上がる。

 自分はまだ、休む訳にはいかない。

 これからの為に。これから先、目の前の大切な人と生きていく為にやらなければならないことが沢山ある。


「……よし」


 エルは踵を返して小屋の外へと出る。

 外ではハスカ達が回りを見張るように立っていた。


「アンタは休まなくていいの?」


「私はまだいいですよ。やらないといけない事も沢山ありますし。例えばこの場所の事をもっと知らないといけませんし」


 自分達は軽い説明を受けただけで、この場所を良く知らないのが現状だ。

 今のハスカ達の様にある程度友好関係を築けている精霊だけが居るわけじゃないという事を考えても、やはり少しでも情報は入れておくべきだと思った。

 そしてその返答にハスカは言葉を返す。


「まあ大雑把にしか説明できてないしね。それはおいおいと知っていけばいいと思うよ。細かいルールとかもその都度知っておけばいいし……流石にいくら人数多くても沢山紹介しなければならないほど施設らしい施設があるわけじゃないし」


 あ、でも、とハスカは言う。


「温泉はあるよ」


「施設らしい施設あるじゃないですか」


 これは意外だった。

 まさかこんな所にそんなのがあるなんて想像する訳がない。


「興味ある?」


「興味ありますね……まさか掘ったんですか?」


 池袋で過ごした一か月の中で偶々そういう特番を見て知ったのだが、簡単な事じゃない。

 多分その手の専門家や機材が揃って初めて掘れる物では無いのだろうか?


「掘ったらしいよ? 私にはよくわかんないけど、地面の土とか操る子には分かるらしいんだ。アンタは確か風を操るんだっけ? だから多分風とか読めたりするでしょ。それと同じ」


 そう言われてなんとなく納得いった。

 ……思っていたのとは違うけど、確かに専門家も機材変わりになり得る力もあったのだ。


「まあ後で時間見つけて行ってみなよ」


「そうですね。後でエイジさんにも教えてあげ……一応聞きますけど、男湯と女湯って別れてないですよね?」


「……精霊は女の子しかいないからね」


「……これ教えていいのかな」


 なんか色んな意味で不安な気がした。


「……まあ少しの間だけ貸し切りにでもして貰えばいいよ。多分レベッカに言ったらその辺融通聞くと思うよ。あの子発言力強いし」


「……なるほど。で、ちなみにそのレベッカさんはまだ戻ってきて無いですよね?」


 温泉の事はさておき、今自分がやるべきことの内の一つがレベッカから暴走の力の事を教わる事だ。

 そしてそれはきっと、最優先でやらなければならない事だと思う。


 とにかく、急いで。


「まあもうしばらくしたら戻ってくると思うよ。そろそろ見張りも交代時間だし」


 でも、とハスカは言う。


「アンタがやらないといけないことっていうのが、レベッカからあの力の事を教わることだっていうなら、それは一休みしてからじゃいけない事なの? 時間作ってもらうにしても、もう少しゆっくりしてもいいんじゃない? なんだかんだアンタも疲れてるでしょ」


「まあ私もそうは思いますよ。流石に多少疲れてはいますし、これに関しては休んでからでもいいんじゃないかなって思うんです」


 でも、とエルは言う。


「ゆっくりする時間が本当にあるのかなんて分かんないじゃないですか」


 これは経験則だ。


「どれだけ幸せで、ずっと続くのかなって思えた日常ですら、終わるときは前触れもなく呆気なく簡単に終わっちゃうんです。基本的に少し先の事なんてあんまり分かんないんですよ」


 だから、とエルは言う。


「やらなければいけないことはやれる内にやっておかないと駄目なんです。後悔してからじゃ遅いんですよ」


「……そう。なんかすっごく説得力あるね。経験則って奴かな?」


「……そうですね」


 エルが頷くと一拍明けてからハスカがエルの肩に手を置いて諭す様に告げる。


「だったら。だからこそ、休めるときには休まないと駄目だよ」


 ハスカが言う。


「私らが言える話でもないけどさ、そんな事を当たり前のように言えちゃう時点で、その子に必要なのは何よりも休みなんだって思うよ」


「……でも」


「どちらにしたってまだレベッカが戻ってくるまで少し時間があるからさ、その間位はゆっくり休みなよ。

無理しなくてもそれ以外の事なら私達がいくらでもフォローしてあげるから。ね?」


「……はい」


 そこまで言われると頷かざるを得ない。

 ……でも、どうしてだろうか。


「……どうかした?」


「いや、その……別に疑ってるわけじゃないですけど、なんでそんなに優しくしてくれるのかなーって思って」


「まあ此処は困った時は助けあうのがルールだから。だけど、そんなのは正直関係ないんだ」


 ハスカは一拍明けてから言う。


「私達にとってアンタは特別だよ」


「……え?」


 思わぬ言葉にそんな声が出る。

 言ったいどういう事なのだろうか?

 そしてハスカはエルに告げる。


「あの精霊加工工場から助け出された時、私達の多くはエイジの事を信用しきれていなかった。人間だったから……信用したくてもやっぱりそれが難しい子が多かったんだ」


 だけど、とハスカは言う。


「アンタは違う」


「……」


「そりゃ人間と一緒にいるから。不信感を皆多少は持ってたかもしれないけどさ。アンタはあの時から信頼されてるんだよ。少なくとも私は忘れて無いから。アンタが酷い大怪我で私達の前に現れて、私達に助けに来たって言ってくれた事」


 あの時の事を思い返す。

 あの時。精霊加工工場の地下で、エイジの言葉は精霊達に届かなかった。

 それを見て、何とかしないといけないって思った。

 だから必死に言葉を紡いだ。自分達は……瀬戸栄治はあなた達を助けに来たんだって事を伝える為に。

 ……そしてあの時、それが始まりで状況が動いたんだ。


「私達にとってエイジは英雄みたいなものだよ。だけどエイジが英雄だとすれば……エル、アンタも私達にとっては英雄なんだ」


「……英雄」


 少なくとも自分にはそう言われる資格はないとエルは思う。

 だって自分はあの時工場に突入したエイジの行動を咎めて。エイジの取った行動に。今英雄と言われている行動に否定的で、それは今も変わらないのだから。

 ……だけど、きっとエイジがそうだったように、そんな言葉は言われると少し嬉しくて。

 きっとそう感じる資格なんてどこにもないのだろうけど、少し心が温まる様な気がして。

 とにかく、悪い気分じゃなかった。

 だから否定はしなかった。


「そ、英雄」


 ハスカがそう言うと、同調するように周りの精霊が頷いたりと反応を見せる。


「だからやっぱりやれるだけの事はやってあげたいじゃん。本人に面と向かって言うのは少し恥ずかしいけど……まあそういう事。だからアンタは安心して休んでればいいの」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 ……とりあえずレベッカが戻ってくるまではゆっくりする。

 そういう風に方針が固まった瞬間だった。


「ところで、エル」


「なんですか?」


 ハスカがちょっと楽しそうに声を掛けてきたので、そう反応を示すとハスカはやはり楽しそうに聞いてくる。


「途中からなんとなく察したんだけどさ、エイジとエルって……なんていうの。そういう関係だったりするの?」


 そういう関係。それが何の事かは分かった。

 なんとなくエイジが同じ事を聞かれれば、素で正規契約云々とかいう話をしそうだが、そこまで自分は鈍感ではないとエルは自己評価できる。

 だからもう、素直に答えておく事にした。


「そうですね。エイジさんは私の彼氏です。まあそういう関係ですよ」


 そう言った瞬間、なんか露骨にショックを受けてる精霊がいた。

 無表情だけど、なんかショックを受けているのが分かった。


「……」


 先程から露骨にエイジに好意を向けていたエリスは、ゆっくりと力無い足取りでエルの前にやってくると、ちょっと涙目になりながら手を動かした。


 グーサインである。


(……えーっと、応援されてるのかな?)


 それは分からないけれど、なんとなくハスカやエリスを始めとしたあの時の精霊達とは友好な関係を築けそうだと、そう思った。

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