8 変わらないからこそ変わるモノ
「確実にとは言えないけど、多分大丈夫だと思うよ」
レベッカが気休めを言うようにそう言う。
「……いいよ、気休めは」
「一応根拠はある」
「根拠?」
「みんなもう知ってるから。絶界の楽園に辿り着けばどうなるかなんて事は」
一瞬なんでそんな事を皆が知っているのかと思ったが、少し考えればその答えが目の前にいることは理解できる。
「……お前がリークしてくれたのか」
「そういうこと。もしここにいる精霊で絶界の楽園に向かおうとする精霊がいたら、それは一度辿り付いた身として止めないといけない事だから」
そう言ったレベッカは、とにかくと話を纏める。
「アンタの隣にエル以外の精霊がいない事もきっと理解して貰える。そう思わない?」
確かに絶界の楽園にという場所がそういう所だったと把握しているなら、説明が付くのかもしれない。
だけどその説明をするには一つの前提条件に当てはまっている必要がある。
「多分、納得してくれねえよ」
「なんで?」
「なんでもなにも、俺自身がアイツらからあまり信頼されてない。そんな奴の語った事なんて信じると思うか? そもそも俺達が本当に絶界の楽園に向かったのか、信じてくれるか?」
精霊加工工場から精霊を救いだしても、それでも多くの精霊の信頼は勝ち取れなくて。依然としてそこには大きな溝が広がっていて。きっとその溝は物事を悪い方向で解釈するには十分で。
だから絶界の楽園の真相や、そこに辿りつくまでに別の人間の手に掛かった可能性があったとしても、瀬戸栄治という人間が彼女達を利用し切り捨てたと、俺にとってはあり得ない可能性が、彼女達にとってはもっとも可能性の高い答えになり得る。
だがレベッカは俺の問いにこう答えた。
「信じるよ。他ならぬあの子達だから、アンタの事は信じてくれる」
「……そんな訳ないだろ」
俺はその根も葉もないような言葉を否定するが、それもまたレベッカに否定される。
「……確かにアンタの話とあの子達の話をどう解釈したって、あの子達の多くは工場を襲撃して自分達を連れだした人間の事を信用しきれていなかった。数人程度だったよ。アンタの事を自分達を助けようとしてくれた人間だって思っていたのは」
だけど、とレベッカは言う。
「その時どう思われていようと、アンタがあの子達の事を救ったって事実は変わらないからさ」
「……」
「それが変わらなければ変わってくる事だってあるよ。そして多分変わってる。ウチは他の精霊と比べて人間って存在の捉え方が違うからさ。だから分かるよ。あの子達はもう色々と他の精霊とは違うんだって。ウチの説得なしでも、きっとあの子達になら受け入れてもらえる」
「……そんな事あるか?」
「アンタがあの子達と別れてからもう一か月以上。それだけの時間があれば冷静に物事を考えることだってできる。特に私の時と違ってアンタのやった事は分かりやすい救出劇だったんだから」
「……」
「まあとにかく会ってみなさいよ。そりゃ信仰なんて極端な物じゃないだろうけど、会話位ならまともに成立するって」
「……そうか」
あの時の事を思い返すと、とてもそんな事は思えないけれど。
ろくな視線を向けられず、罵声を浴びる未来しか見えないけれど。
……そんな事を考えると。これから先の事を考えると足取りが重くなってしまうけれど。
それでも……もう引き返せない。引き返すつもりもない。
色々な事に向き合って、折り合いを付けていくしかないんだ。
此処以外に拠点とできる場所がある保証なんてどこにもないのだから。
そしてやがて俺達は到達した。
厳重な警備の中に存在する精霊の国。
開けた広い空間の中には小屋がいくつも並んでいて、ここで大勢の精霊が生きていると認識させる風景が見え……そしてその空間には大勢の精霊がいる。
総勢500人いる精霊の過半数。そのほぼ全員が人間に対し嫌悪感や敵意を向ける存在。
「……大丈夫ですか? エイジさん」
「……これはちょっと、流石に苦しいな」
分かっていた事だ。
こうなる事は理解していた筈だ。
だけどその当たり前の状況が、いざ身に振りかかってくると精神的な苦痛が押しつぶしてくる。
俺がその場に辿りついた瞬間、異質な存在を見る視線。嫌悪感に塗れた視線。敵意しか感じない視線。
例えばエルがアルダリアスの中で感じていたのはこんな感覚なのかもしれないという、背筋が凍るような感覚が俺を襲ってくる。
……だけど。そんな中で違った視線も感じ取った。
その視線を向けていた精霊には見覚えがあった。
名前は知らない。だが俺はあの精霊を知っている。
精霊加工工場から助け出した精霊の一人。
工場地下の精霊が捕らえられていた部屋で、俺に向かって石を投げてきた精霊。
そんな精霊が。他とは違う視線を俺に向けてくれていたんだ。