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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
七章 白と黒の追跡者
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1 二度目の異世界

第七章スタートです!

「……これはまずい事になったな」


「ええ、中々に大変な事態ですよ」


「だけど俺達にはどうする事もできないと来た。祈るしかないってのは辛いな」


 俺達は地獄に舞い戻った。

 この先の事は不明確で、ただ厳しい事だけは分かっていて。

 それでもエルと二人なら大丈夫だって。そんな思いで俺達は当てもなく歩き始めたわけだが、いきなり問題にぶち当たった。

 それは決して物資が消滅した事絡みではない。そんなぶち当たる事が端から予測済みの話をいきなり蒸し返したりはしない。もうしばらく位忘れていたい。

 だからきっとこれはとてもスケールが小さくて、尚且つ普通に恐ろしい話。


「まさか異世界に戻ってきて最初に頭抱えるのがDVDの延滞料金の話とは」


「でも割と怖い話ですよね。旧作3本レンタルしてそれを仮に1年程延滞したらどのぐらいかかるんでしょうか」


「……考えたくねえなオイ」


 まさかのレンタルDVDの延滞料金の話である。

 そもそもどうしてこんな話になったのかと言えば、そこに深い理由なんかはなくて、ただ単純にふと思い出しちゃった感じである。そういえばDVD返してないけど大丈夫かなって感じに。

 ……大丈夫じゃない。多分大丈夫じゃない。


「……だれか気付いて返しといてくれねえかなぁ」


 誰かというか頼む誠一……もしくは宮村。

 ……この際天野でもいい。お前俺達がDVD借りてたの知ってるだろ。お前が進めた奴も入ってるから、お前が責任持って返せよ。


 ……なんだこの暴論。言ってる事無茶苦茶じゃねえか。

 その時エルがふとこんな事を言った。


「まあアレですよね」


「なんだよ」


「こんな事で頭抱えられるのって、なんか……ちょっと普通でいいなーって思います」


「……まあな。確かにそんな気はする」


「ですよね」


 エルが暴走したあの時から俺達はあまりに絶望的な問題にぶち当たっていて、些細な事なんかはあまり気にする事なんてなくて。本当にそれどころじゃなくて。

 ……だからこんなくだらないスケールの小さな悩みで真剣になれるってのは、それだけ精神的なゆとりが出たという事で。

 良く分からないけれど、きっと俺達はこんなくだらないことで悩んでいられる今を少し楽しんでいるんだ。

 今だってそんな状況じゃないのは分かっているけど、それでも。


「……さて、これ地球に戻ってたっぷり請求とか来てたらどうします?」


「とりあえずバイトしてなんとかするか」


「バイトですか……実は私も少し初めてみようかなーとか思ってたんです」


 その話は初耳だった。


「マジで? 何故に」


「これ茜さんにも話したんですけどね、いつまでも対策局からお金貰う訳にもいきませんし、それに私はエイジさん達と違って学校とか行ってるわけじゃないですから。だとしたらその間少し位働いたりしないと。あの世界で生きていこうと思ったらその位には溶け込まないと。自立です。いつまでもお客様じゃ駄目だと思うんです」


「そっか……色々と考えてんだなぁエルは」


 なんかこう……志がすげえ立派だ。


「考えてますよ……だって私、あの世界好きですから」


「そっか。なら俺ももっと色々考えとかねえとな」


 元の世界に帰ってからの事。将来の事。

 そして色々考えているエルの気持ちを無駄にしない為にできる事を。

 ……生き残る為の事を。


「あ、でもバイトするってんなら、近所のコンビニは止めとけよ。あそこ絶対キツイから」


「あー、あの店長が24時間営業の所ですよね。流石にあそこは勘弁かなーって思います」


 そう言ってエルは苦笑いを浮かべる。

 苦笑いと言っても楽しそうに。多分俺もそういう表情で。

 俺達はその後も元の世界の事を楽しく話ながら歩みを進めた。


 ……きっとそれはちょっとした現実逃避だったのだろう。




 そして現実は簡単に突き付けられる。





「……流石に嫌な予感がしてきたな」


「……ですね。これはちょっと厄介な場所に出てきたのかもしれません」


 この世界にたどり着いたポイントから随分と歩みを進めた。

 あのポイントは昼だった日本と時差のようなものがあるのか、どうも太陽の様子をみる限り時刻は朝だった。

 そこから日が落ちかけるまで小休憩を挟みながら歩いてきた訳だが、一向に川や湖。森と行ったようなポイントが視界に映ることはなく、目の前には永遠と平原が広がっていた。

 そしてそれだけの距離を歩けば喉も乾くし、これだけの時間の経過は空腹ももたらす。

 そもそもあの山小屋での最後の朝、エルがあの状態でまともに食事を取ることなんてできる訳がなく、冷静に考えてみればあれから飲まず食わずで今を迎えているんだ。

 加えてもう秋だった日本と違い、俺達が今いる地点は夏と言ってもいいような気温だ。正直いつ脱水症状になってもおかしくない。


 ……とにかくなんとか物資を手に入れないとマズい訳だ。


「エイジさん、大丈夫ですか?」


「まあ今のところはな」


 ……だけどこの先もどうかは分からない。

 流石に飲まず食わずがこの先も続くと、例え異世界の人間と戦う様な事態にならなくても死ぬ可能性がある。

 あれだけ必死に戦ってこの世界に戻ってきたのに、そんな終わり方は最悪だろマジで。


「エルは大丈夫か?」


「私は元々飲まず食わずでも平気な体ですんで。私の心配はしなくても大丈夫ですよ」


「……そういやそうだったな」


 エルとは当たり前の様に一緒に飯食ってきたからその感覚が薄れてくるな。

 ……まあとりあえずお腹空いた。喉渇いた。

 ……エルの手料理食べたい。

 俺は軽くため息を付く。


「やっぱ中々うまくいかねえな……」


「そうですね……こうなってくると、当たり前にどこにでもあって24時間営業までしてコンビニが恋しいです。どこかその辺にありませんかね?」


「あったら色んな意味でびっくりだよ……つーかあっても俺ら入れねえし」


 人間に狙われる精霊と悪名高き指名手配犯。おまけに無一文。強盗かな?

 ……まあとにかく、人の居る所には入れない。

 そうなってくると、この先にあるのが人間の街だった場合、俺達はとても無駄足かつ危険区域に近づいているという事になるわけで。

 ……前途多難だ。


「どこかに食糧庫でも転がってねえかな……」


「それ転がる様な物じゃないですよね」


「なんかこう、底にアジャスターでも付いててさ、等速直線運動でスイーってさ」


「私そんなの出て来たら絶対逃げますよ。絶対それ触れちゃいけない何かですよ。それ絶対妖怪か何かの類ですよ」


「例え妖怪だとしても、それは今の俺にとっては移動販売のタコ焼きやと同義だよ」


「そんな謎の生命体と一緒にされるタコ焼き屋さんって……エイジさん、中々に焦ってますね」


「……うん、この手の焦りは正直初めてなんで自分がよくわかんねえです」


 ……確かに今まで色々な事があってさ。正直ここ数日は焦りしかなかったよ。

 だけどその焦りとはまたカテゴリが違うというかなんというか、今の食う物がねえどうしようって状況が与える精神的ダメージは今までのソレとは全然違う類だ。

 ……えぇ、もうラーメンでいいから食べたい。というかラーメンが食べたい。ごめんな誠一、何度もラーメン断って。俺すっごくラーメン食べたい。


 そんな感じに、なんか色々と思考が壊れかかっていた時だった。


「……エイジさん」


「ん? 動く食糧庫見つかった?」


「この話まだ引っ張るんですか? ……違いますよ。ほら、なにか見えませんか?」


「……ほんとだ」


 この先も続いているのは平原だ。

 だけど視界の先に確かに見える物がある。


「遠くてよく分かんないですけど……馬車、ですかね?」


「……かもしれん」


 視界の先に二台ほどの馬車らしき影が確かに見えた。


「行ってみますか? 何か収穫があるかもしれません」


「でもお前、リスクもあんだろ。馬車っつー事は八割方人間だぞ」


「でも仮に戦いになったとしても、あれならいても数人です。乗っているのが茜さんや五番隊の人達。それとあの天野って人みたいな強い人じゃ無かったら大丈夫ですよ。そうですよね?」


「……ああ」


 ……というか収穫ってなんだろう。

 食べ物を分けてもらう。そんな事が理想だろうけれど。今の俺の顔が本当に世界中に知れ渡っているようならそんな事は難しくて。

 ……だとすればなんだ。奪うのか?

 ……そんな事を始めたら、いよいよ本格的に犯罪者だな。もう今更の事だろうけど。

 ……駄目だ。流石にそれはできねえな。いくら状況が状況でも。俺の立場が取り返しの付かないものだとしても。きっと踏み越えてはいけないモラルがある。


「まあとにかく行ってみるか」


「はい」


 だから願わくば何かを分けてもらうか、周辺の地理情報を教えてもらえますように。

 そう願って俺達はその馬車へと近づいていった。

 最大限の警戒心と期待を持って。


 そして近づいた先に広がっていた光景は、とても直視できる光景では無かった。


「……ッ」


 そこにあったのは確かに馬車だった。

 だがその大き目の馬車を引く馬はもういない。

 そこにいたのは人間と、きっとドール化されている精霊。


 ……その遺体。


 目を背けたくなるような殺人現場が、そこに広がっていた。

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