3 世界の真理に挑む者 中
「……親友がいるんだ」
問われてカイルは語りだす。
「二年前、その親友は突然言いだしたんだ。精霊は人間と変わらないってな」
「ほう、二年前となるとエゴールの一件とは違うっすね」
この話を自発的に他の誰かにする事は滅多にない。
そうする事は明らかに歪んだ考えを持っていると認識しても……自分自身が彼に心無い言葉を告げてしまっても。それでも彼を親友だと思っているから……その親友の悪評を流す様な真似をしたくなかったからだ。
だが今だけはそれを口にする事にした。
目の前の男が信用できる相手かどうかは分からないけれど。
それでも今この瞬間は自分自身にとっての。そしてもしかするとシオン・クロウリーにとってもターニングポイントになるんじゃないかと思ったから。
だから流石に名前は伏せるが包み隠さない。
……前に進むために。
親友を救い上げる為に。
「なんでそんな事言いだしたか分かるっすか?」
「アイツは死にかけた所を精霊に助けられたらしい。そして自分を助けた精霊が後日市場に売られていた。それが全ての発端だ」
「……まあ精神的なショックを受けてもおかしくはないっすかね。もっとも99%の人間はそれでも何も感じないとは思うっすけど」
「実際俺もだからどうしたって思ったよ」
カイルは本音を語った後、こう付け加える。
「……少なくともあの時はな」
今はどうか分からない。
「それで、今のアンタはその親友から影響を受けたって所っすかね」
「ああ。俺はアイツの目線で世界を見てみようって思ったんだ」
「なんでまたそんな事を」
「……アイツを止める為だ。アイツの見ている世界をある程度理解できれば、明らかに道を踏み外しているアイツを引き留める事ができるかもしれないって」
「道を踏み外すってのは……」
「……アイツ、精霊の為に必死になっててさ……その過程で片腕まで失っていて……それでも止まらないんだ。そんなの人としての道を踏み外すしている。それじゃあ絶対ろくな未来が待っていない」
「だから止める為に思想を知ろうとした」
「ああ」
「そして結果的にアンタ自信が道を踏み外しかけている。あるいは……踏み出している」
「踏み出している? 踏み外すじゃなくてか」
「アンタも考えている筈っすよね。もしかしたらその親友こそが正しいことを言っているのかもしれないと。だからこそ世界がおかしく見えているんじゃないかと」
「……」
「まあ結局それを踏み外したと考えるか踏み出したと考えるかはアンタ次第っす。今アンタにとって歪んで見える世界はやがてどちらかに振りきれる。少なくとも俺の時はそうだったっす」
「……アンタはどっちに振りきれたんだ」
目の前のナイルという男は過程は違えど自分と同じような症状に陥った。
そして話しぶりから間違いなく自分より先に進んでいる。
……つまりはどちらかに振りきれている。
この世界のあり方に。精霊の存在に疑問を持ちながらも普通の人間の価値観を抱き続けるか。
それともその価値観を破壊して、シオンの様に疑問では無く間違った物として世界を捉えているのか。
そのどちらでもない自分とは違い、目の前の男は答えを出している。
それを聞いておきたかった。
「……俺は精霊の事を人間と同等の存在だと捉えてるっす」
そしてその問いに答えたナイルは複雑そうな表情で続ける。
「なんでそっちに振りきれたかなんて事を言われても、頭イカれる位に自分の価値観と照らし合わせて考え続けてた結果としか言いようがないっすけどね。なるようになったわけっす」
もっとも、とナイルは言う。
「振りきれたって表現は間違いだったかもしれないっすけどね。俺はもう精霊をそういう風に捉えているつもりでも元の倫理観や価値観が消えうせたわけじゃないから自然と精霊を資源として扱っていたりもするっすよ」
だってほら、とナイルはテーブルに視線を向ける。
「このテーブルにコップが2つしかない事の違和感に今この瞬間まで気付かなかった。此処にはきっと4つコップが並んでいないとおかしいんすよ」
言われてみればそうだ。
……こんな当たり前の光景は、確かにおかしい気がする。
「……今、アンタもこの事に違和感を感じたなら、きっとこちらよりの人間っすよアンタは。それがアンタにとおって喜ばしい事なのかは分かんないっすけど」
……ああそうだ、分からない。
それすらも今のカイルには分からない。
こうしてこんな事にすら違和感を覚えた今の自分をどうとらえるべきなのか。
……考えれば考える程頭がぐちゃぐちゃになって分からなくなる。
そしてそんなカイルに対しナイルは話の続きを始める。
「まあとにかく、完璧ではないにしろ俺は精霊をそう捉えてるっス。まあそれでも今言ったように俺も完全には振りきれてなくて、少しでも自分の中の倫理観を埋める為にこうしてアンタみたいな人間に声を掛けてるわけっすよ……一人で抱え込むにも限界があるっしょ」
……確かにその通りだ。
シオンはきっと自力で振りきった。一体どういう過程でそんな思想を持ち始めたのかは分からないが、
あのテロリストもそうだったのかもしれない。
だけど普通はそう簡単には行かない事で、きっと自分なりの答えを確立させるには他者の人間の存在が不可欠ではないにしても必要となってくるのだろう。
だからナイルはカイルに声を掛け、カイルは彼の誘いに乗った。
少しでも自分なりの答えを確立する為に。
どちらか片方に振りきれる為に。
「ところでカイル君。ひとつ聞きたい事があるんすけどいいっすか?」
「なんだよ」
「アンタの親友の事なんすけどね……まさかその人、シオン・クロウリーじゃないっすか?」
「……ッ!?」
突然その名前を挙げられ思わず露骨な反応を取ってしまう。
「図星っすかね……なら今日自分は相当運が良かったっす」
そう言ったナイルは一拍空けてカイルに言う。
「今俺は二人の人間を探して旅をしてるっす。まず1人目は俺をこういう風にした思想の大元のテロリスト。そして……ああいう研究をずっとしてきたにも関わらず精霊の為に戦う事ができるまでに変貌した、きっとこの世界で一番精霊に関する倫理観が壊れている男、シオン・クロウリー。彼らと会って話をする。それが今の俺の旅の目的っす」