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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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74 舞い戻った地獄もお前と二人なら

 暗闇を抜けるとそこは広い草原だった。

 エルを抱きかかえたまま地面へと着地し、ゆっくりと周囲を警戒しつつ見渡す。

 少なくともこの近くに人が居る様子はない。だから今すぐに戦闘になる様な事はなさそうだ。

 とりあえずその事に安堵して……そして、俺はエルに意識を向ける。


「終わったよ、エル」


 言いながらエルを抱きしめる手を離し、一歩下がる。

 そこに居るのは確かにいつも通りのエルだ。

 禍々しい雰囲気も感じなくて、自我を失っているような様子もない。

 そんなエルを見ていると改めて助けられたんだって。紆余曲折あったけれど、それでもちゃんと守りきれたんだって思えて。まだ目の前にエルが居てくれる事に安堵して、泣きだしそうになる。

 だけどそれは堪えろ。堪えるんだ。

 だってそうだ。

 今目の前にいるエルが泣きだしそうになっているのに、俺が泣くわけにいかないだろ。


「……」


 目の前のエルの手は震えていて、まるで何かに怯えている様にも思えて。

 ……なんとなくだけど。違っているかもしれないけれど。その正体はなんとなくわかった気がする。


「大丈夫だよ、エル。もう大丈夫だ」


 そう言って震えるエルの手に手を伸ばして、その手を握った。


「もう暴走したりなんてしない。お前の自我は消えないよ」


「……」


「だから大丈夫だ」


 多分エルは自分自身に怯えているんじゃないかと思う。

 果たして暴走していた時の事を一体どこまで記憶しているのかは分からない。

 だけどエルの目には映っている。その間にあった事の爪痕が。

 それは今までの様に首を絞めただとか、蹴り飛ばしただとか。そういう生易しい物ではないだろう。

 俺の衣服は抉られた腹の部分だけが千切れて無くなっていて、そしてその部分を中心として血塗れになっていた。

 そしてそれが帰り血ではない事は考えればすぐに分かることで。そうなればそれは俺の物で。

 少なくとも。何も覚えていなくとも。それだけの血液が流れ出る事が起きたんだとエルが知るには十分な材料に成り得る。

 だけどさ。


「……過程がどうであれお前も生きてるし、俺も生きてる。まずはその事喜ばね?」


 例え過程でどんな事があっても。どれだけ目を背けたい事があっても。

 今俺の前にエルがいて、エルの前に俺がいる事は変わらなくて。

 だからできる事なら怯えたり、悔やんだりするよりも、助かったんだって笑ってほしい。

 流すにしてもそれは、嬉し涙であってほしいって、そう思うんだ。


「……」


 そしてエルはもう一度だけ躊躇う様な素振りを見せた後、その泣きだしそうな表情のまま抱き付いてきた。


「……エイジさん。もう、大丈夫なんですよね?」


「ああ」


「私も……エイジさんも、生きてますよね……? 全部夢なんかじゃないですよね……」


「ああ、生きてるよ。そんで現実だ。夢であってたまるかよ」


 俺の胸で涙声で話すエルにそう言葉を返していく。


「……そうですよね。夢じゃないんですよね」


 エルはそう言った後、少しだけ間を空けてから言う。


「良かった……本当によかった……」


 そう言ってからしばらくエルは俺の胸で泣いていた。

 今思い返せば、エルがこんなに泣いているのを見たのは初めてかもしれない。

 それだけ今まで溜まっていた物が溢れ出たような、そんな涙だった。

 そして泣きながらエルは掻き消えそうな涙声で言う。


「エイジさん……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 そこからエルが泣き止むまで、俺達は抱き合ったままお互いが生きている事を実感しあった。

 実感しあう事ができたんだ。

 



「……痛い所、ないですか?」 


「別に大丈夫だよ」


「正直に言って下さい」


「……左脇腹がすんげえ痛いです」


 エルが泣き止んで落ち着いてから、エルによる俺の怪我の診断が始まった。

 流石にこのまま何も触れられずに終わるのは不可能だった。何しろ俺の衣服凄い事になっているからな。

 正直メイク次第では仮装無しでもハロウィンに参加できる位酷い。端から見れば絶対に全身に大怪我を負っていると思われるだろう。

 そういうわけでエルに促される形で俺は怪我をしている箇所を伝える。

 異世界へと転移する直前、エルから貰ったリバーブローで左脇腹を中心に結構なダメージを負っている。

 骨が折れてるのか打撲してるのか、具体的にはよく分からないけれど、とにかく痛いのは間違いない。あの時はアドレナリンじゃぶじゃぶ出てただろうけど今は出てないだろうし、とにかく痛い。


「とりあえず座って下さい。治療しますから」


「……悪いな、意識戻って早々」


「悪いも何も私がやった事ですから。私が治さないと。まあとにかく座って下さい」


 エルに促されて座ったところで、エルが回復術を使い始めた。

 そしてその回復術を使いながらエルは俺に問いかける。


「……その、エイジさん。本当にそこだけですか?」


「そこだけだよ」


「でもこの服の血って……」


 エルはそこで一旦言葉を止めるが、それでも聞かなければならないと覚悟を決めた様に聞いてくる。


「……エイジさん。一体あの場で何があったんですか」


「何が……か」


 ここまでガッツリと何かが起きた痕跡が残っている以上、何もなかったという訳にはいかないだろう。

 どれだけ嘘を繕ったって、エルの攻撃でこうなったというエルも察している事実を完璧に隠蔽する事なんて出来やしない。

 それに……ああして助けてもらった現実を、例え嘘でも何もなかったと纏めたくはない。


「実はな……あの時俺は一度死にかけたんだ」


「……ッ」


 だからオブラートに包みながらも、あの時の事をエルに話す事にした。


「具体的にどうとかあんまり思いだしたくねえ事は言いたくねえけど、まあ服がこうなる様な大怪我を負ってな。腕も折れてたし両足も折れててさ……もうどう足掻いても死ぬだろうなって状況になっちまったんだ」


「え……あ、だ、大丈夫ですか!?」


 言われて少し混乱した様にそう問いかけてくる。


「落着けエル。今俺が生きてるって事は大丈夫だったんだよ。ほら、この服破れている所だって酷い事になってたのに、今じゃ傷一つ残ってねえ。あの時負った傷は全部治ってんだ」


「治った……そ、そうですね。でないときっと……で、でも一体どうやって……エイジさんの回復術じゃないですよね?」


「ああ……ナタリアが助けてくれたんだ」


「……え?」


 エルが予想の斜め上の回答を聞いた様な反応を見せる。


「えーっと、それってどういう……」


「まあよくわからねえよな。実際その場にいた俺も良く分からねえんだ。だけどあの時ナタリアが確かに俺の前に現れたってのは間違いない」


「でもナタリアさんは確かに……」


「ああ、分かってる」


 否定するようにエルは言い、俺もそれに頷く。

 確かに俺は直接その瞬間を見たわけでは無い。だがあの場で……ナタリアが自分の命を終わらせる瞬間を、エルは目にしている筈だ。

 だったらそれはあり得ないと思うのが普通だ。

 そこから先はオカルトの話。

 少なくともエルはそういう概念を少しは信じているのかもしれない。

 俺が思っていた答えと同じ物をエルは、少し考える素振りを見せた後に言う。


「……もしかすると、幽霊……って事ですかね」


「俺はそうだと思っている」


 亡くなった誰かがまたそこに現れるとすれば、もうそれ位しか答えはない。

 いや、そうであってほしいんだ。

 イルミナティの男から色々聞いた今では、色々と他の答えを導きだしてしまえるから。


「とにかくそんな姿になってまで俺の前に現れてくれたんだ……助けてもらえる様な立場じゃないんだけどな」


「……エイジさんは充分助けてもらえる様な立場だと思いますよ」


 エルが俺の言葉を否定するようにそう言うが、それは違うんだって思う。

 だからエルの言葉を否定しようとした。

 だけどそれよりも先に、エルの言葉が紡がれる。


「だからこそ助けてもらえたんじゃないですか?」


「……ッ」


 その言葉に何も言えなくなる俺に、エルは俺の考えている事を先読みした様に更に言葉を続ける。


「少し前のエイジさんみたいに、正しいと思うからなんて理由で人も精霊も簡単には動けないんです。誰だって……助けたいって思うから誰かに手を差し伸べられるんですよ」


「……」


「初めて地球に辿りついた時にエイジさんと契約を結んだナタリアさんが、自分を助けきれなかったエイジさんを恨むような事があったら……きっと恨んでいる相手の事なんか助けません。ましてやエイジさんは人間ですよ? ……私みたいに人間慣れしてない精霊が本当に人間を恨んでいるんだったら、そこで止めを刺されてもおかしくないです」


 エルが言っている事はとても正論に思えて……そこには反論の言葉が見つからなくて。

 でも、だからといって……その言葉には簡単に頷けないんだ。


「でも……エル」


 俺はエルに問う。


「いいのか? 俺なんかがアイツのしてくれた事を好意的に捉えても……いいのかな?」


 俺の選択がナタリアを死に至らせた。

 その原因を作った人間が、その被害者の心象を好意的なものだと認識していいのだろうか?

 そんなに俺の都合のいいように……自分が楽になって救われる様な自己解釈をしてもいいのだろうか?


「いいんですよ」


「……ッ」


「いいんです」


 エルはそう言って優しい笑みを浮かべる。

 そしてエルに諭されたように、気が付けば自然と俺はこう捉える事が出来る様になっていた。


 ……こんなどうしようもない奴の事を、ナタリアは恨まなかったんだって。

 救うに値する人間だと思ってくれたんだって。


 そう思う事が。まるで罪から逃れるように自分を赦すその解釈が、果たして俺にとっていい事なのか悪い事なのか。許される事なのか許されない事なのか。もういい加減考えすぎて自分でも良く分からなくなってくる。

 だけど……その答えがどうであれ、ほんの少しだけ心が落ち着いた気がした。


 ほんの少しだけ、前を向ける様になった気がした。




 その後、具体的にどうして俺の怪我が治ったのかをエルに説明した。

 結局契約を交わして傷が治るというわけの分からない現象に俺もエルも首を傾げるだけで、考察にすらならない様な考察を続けているうちに俺の怪我がある程度治ってきた。

 その頃には俺達の会話はこれからの事に移り変わっていた。


「……さて、この治療終ったらどうします?」


「まあ移動だろうな。どこか身を隠せるような所探さねえと」


「例えば森の中とかですか?」


「それが無難だろうな。行く当てとかはないし。といってもこの周辺ただただ平原続いてるから森どこなのか分かんねえけども」


「スマホで地図見るような事も出来ないですし、地道に歩いて探すしかないですかね」


「そうなるな。さて、こっから大変だぞ色んな意味で……物資も全消滅したしな」


「あー……そうでしたね」


 エルが遠い目をする。

 俺達が異世界へ行くために用意した物資は全て山小屋の中に入ったままなので、衣服食糧共に何もない。

 その気になれば調達できた一回目と違い、今回ができない事を考えると中々頭が痛い。


「ははは、結構前途多難ですね」


「そうだな……くそ、参ったな」


 でも精々俺もエルもその事に苦笑いする位だった。

 確かにかなり幸先悪い事が起きているわけだけれど、それでもこの際それはもういい。


「まあ、どうにかなるか」


「はい、きっとどうにかなります」


 そう言って俺達は吹っ切れた様に笑い合った。

 とても楽観的だけれど、それでいいんだ。

 今、エルが生きている。そして俺も生きている。そして、この先に希望だって残っているんだ。

 だったら大丈夫だ。

 エルとなら生きていける。


「なあ、エル」


 そして改めて俺はエルに言う。


「これからもよろしく」


「はい、こちらこそ」


 こうして異世界での戦いが再び始まった。

 味方は誰もいなくて四方八方敵しかいないけれど。まさしく此処は地獄だけれど。

 それでも、きっと大丈夫だ。


 舞い戻った地獄もお前と二人なら。 

 今回で長かった六章。そして第一部「誇りにまみれた英雄譚」終了となります。

 第一部完です。まだ伏線も何も回収してなければ、誰の物語も終わっていないので当然次回からも物語は続きますよ。



 さて第一部のコンセプトは瀬戸英治とエルの物語を通じて世界観とキャラクターの顔見せをするというものでした。

 そういう事もあってか問題がなに一つ解決しなかったり、世界観が世界観なので自動的に重い話の連続になってしまいました。


 展開もストレスを溜めるだけ溜めて解放する所がなかったりと、全体的に辛い章になったと思います。


 ですが次回からの第二部は一部で作った土台を元にして解決していない問題を解決させる事をコンセプトにして書くつもりなので、一部よりは全体的に見れば前向きな展開になると思います。

 多分何を言ってもネタバレになりかねないのであまり多くは語れませんが、とにかくいい加減こいつら全員幸せにしてやりたいという気持ちを持って二部を書いていこうと思います。

 少なくとも気持ち位は。


 ではここまで読んでくれた読者の皆様、ありがとうございます。

 次回からの二部はある意味ここからが本番という様な流れになり盛り上げていきますので、引き続きよろしくお願いします。


 そろそろエイジさんのちゃんとしたパワーアップイベントやりたいっす。



 

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