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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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ex 世界改革の狼煙

(……どうなった。今、どうなってる)


 対策局の医務室で、土御門誠一は棚に置かれた電子時計に視線を向けながら不安を募らせた。

 エルに保証された時間はとっくの前に過ぎている。そして現時刻がイルミナティの男が提示した異世界へ渡るための精霊術が使える様になる時間だ。


(……今の所なんの報告もねえけど、まさか俺達の知らない所でもうとっくの前に終わってるなんて事はねえよな?)


 今、医務室の中に居るのは誠一と茜だけだ。

 怪我で動けない誠一は勿論、今の茜も情報を仕入れる事が難しい。

 そして誠一達にとって最悪の自体が発生した場合、その情報が果たして本当に自分達に届けられるのかどうかも分からない。


「……大丈夫だよ誠一君」


 そんな中で茜は不安そうな表情で、誠一を落ち着かせるように言った。


「大丈夫」


「そう……だな。きっと大丈夫だ」


 茜の言葉も誠一の言葉も、自身の不安を和らげるための自己暗示の様な物でしかないのかもしれない。

 そしてそんな自己暗示を掛けている最中に、医務室の扉がノックされた。


(……なんか報告か!?)


 自分達の求めている答えがそこにある気がして、誠一も茜も扉の方に視線を向ける。


「どうぞ、入ってください」


 誠一が扉の向こうの人間にそう言うと、扉はゆっくりと開かれた。


「邪魔するよ」


 入ってきたのは……荒川圭吾。

 その登場は答えが出た事を確信させる物だった。

 目が覚めてから今までの間に、既にこちらの事情を探る為に事情聴取を対策局の魔術師からこの場で受けている。それなりの時間話して当然何も出る事がなかったわけだが、だからと言ってこんなに早く二度目が来るかという事。

 そしてその人員として荒川圭吾が割かれるわけがないだろうという確信。

 それらが荒川圭吾が栄治とエルの情報を持っていると確信させてくる。

 もっともその報告に荒川が来る事も違和感はあるのだけれど、それでも。


「どうかしましたか?」


 故にそんな尋ね方をしていても答えは分かりきってしまっている。

 医務室に緊張が走った。

 そんな中で荒川圭吾は二人に言う。


「キミ達に報告があって来た」


 そう言う荒川の表情はどこか優しい物に思えた。


「アイツらの事ですか」


「察しがいいな。その通りだ。今回の一件に決着がついた」


「……ッ」


「報告は各班の魔術師や職員に回る手筈になっているが、キミらには直接伝えておこうと思ってね。何せ今回の中心人物はキミ達だ。故に見舞いがてら出向いたという訳だ」


「……それで、アイツらは」


 恐る恐る催促すると、一拍明けてから荒川は言う。


「大丈夫だ。彼らは異世界へと向かったよ」


「……ほ、ほんと? 荒川さん!」


 茜の言葉に荒川は頷く。


「八月上旬に瀬戸栄治君が異世界へと転移した時に観測された精霊術の反応と同じ物を、今回山形県で探知した。かなり危険な状態だった様だがな、無事彼は勝利を勝ち取ったらしい」


「……っしゃあ……ッ!」


 小さく掻き消えそうな声で、誠一はそう口にする。


「良かった! エルちゃんも瀬戸君も無事だよ誠一君!」


 そう言って茜が抱き付いてくる。


「いででででででででッ! 茜ストップ! 嬉しいのは分かるけど色んな意味でストップ!」


「え? あ……ごめん、誠一君。痛くなかった?」


「いや、俺無茶苦茶痛い痛い言ってたよね?」


 申し訳ないのと同時に、なんか普段やらない恥ずかしい事をしていた事に気付いたらしく顔が赤い茜に、とりあえずそうツッコんどく。

 そしてそれから一呼吸置いた後、誠一は呟く。


「そうか。アイツら無事に異世界行けたか」


「ああ。とはいえこれで安心という訳にもいかないがな」


 荒川は近くの椅子に腰かけながら言う。


「彼らは今回奇跡的な成功により異世界へと向かった。だが彼らの置かれる状況が酷い物だという事はキミ達の方が私よりも理解していると思う」


「……はい」


 異世界人に対する精霊への扱い。瀬戸栄治の異世界での立場。味方がおらず孤立無援。

 不安要素で役満が成立する程に、彼らの状況は酷い物だ。


「だからキミも早く怪我を治して協力してくれ。彼らが返ってこれる場所を作る為に」


「……はい!」


 荒川圭吾を始めとする対策局の人間はイルミナティの存在を知らない。

 だが精霊を暴走させる魔術がこの世界に張り巡らされているという事は把握している。

 その真相を知った後、対策局がどういう立ち位置で立ち回るのかは分からないけれど、少なくとも現時点では自分達も、荒川圭吾を始めとする対策局の人間も、考えることは同じの様だ。


 精霊が暴走する。その諸悪の根源を叩き潰す。


(……だけどどうする)


 諸悪の根源がイルミナティの人間かと言われれば、それは違う。

 彼らの話が本当なら、寧ろ彼らはこちら側の人間。

 諸悪の根源はこの世界の意思その物だ。


「……」


 その事実を伝える術を土御門誠一も宮村茜も持ち合わせていない。

 その事を告げようとすれば、イルミナティの男に掛けられた魔術で言葉が出なくなる。そしてその術を解除する事は難しいと魔術のスペシャリストである茜が言っていた。

 ……つまりは対策局の人間の力で。いや、各国の対精霊機関の総力をあげてイルミナティを捜索しなければならない訳だ。


(……できるのか、そんな事)


 五番隊の人間がそういう魔術が展開されている所までは掴んだが、そこから先はきっと更に厳重だ。実際探索のプロフェッショナルである五番隊の日向真や、対策局最強の魔術師である天野宗也がその片鱗も掴めていないのだから、ここから先捜索は相当難航するだろう。


(……せめて俺達が情報を流せれば)


 そう考えた時だった。


「じゃあ今動ける私は早速協力しちゃおうかな」


 茜が不意にそんな事を言いだした。


「ああ、よろしく頼む。もう彼らはこの世界に居ないのだから、キミ達を謹慎から解いてもなんの問題もあるまい。だからキミには相手方の魔術師の情報を探る任を――」


 茜はその言葉に首を振った。

 そして誠一の方に視線を向け、右手を側頭部に当てながら彼に言う。


「ごめん、誠一君。私嘘付いてた」


「……え?」


 次の瞬間だった。


「……ッ」


 茜の頭部から破砕音の様な物が聞こえた。

 それはまるで張り巡らされた魔術を破壊した様な。


「茜、お前それどういう――」


「私がこれを破壊できるって向こうにバレたらどう出てくるか分かんないじゃん。そしたらもうエルちゃんを助ける為に動いてくれなくなるかもしれない。だったら今はあの男の手の平で踊らされてるフリしたほうがいいかなって。でも、もうその必要も無くなっちゃったからさ」


「……なるほど、そういう事か」


 壊す事も。壊せることを話す事もどういう形で向こうにバレるか分からない。だからそれを茜は誠一にも隠した。嘘を付いた。

 そしてそれが嘘だったと認識するのはとても簡単な事だ。

 今まで口にできなかったその魔術の事を話せているという点もあるけれど、それ以上の理由が一つ。

 茜ならその位やってくれるだろうという信頼。

 故にそれが嘘だと本人が言えば、もうそれは嘘だ。

 茜は今、紛れもなくイルミナティ相手の戦いを始めた。


「じゃあとりあえず誠一君も」


「ああ、頼むわ」


 そう言って誠一の頭部に手が添えられ、そして聞こえる破砕音。

 その光景を見ていた、一人取り残された荒川は困惑するように二人に問う。


「ちょっと待て。キミ達一体何を――」


「実は俺達、その精霊を暴走させてる魔術師と顔合わせてきたんですよ」


 問題なく出て来た言葉で、誠一は始める。

 今自分にできる戦いを。


「なんだと!? それは一体――」


「その話を今からしようと思うんですが、よろしいですか?」


 難易度は分からないけれど、荒川圭吾を。対策局の人間を納得させる。

 少なくともこういう事は茜よりも得意だ。だとすればこれは誠一の戦い。


(……死ぬなよ、栄治。こっちも頑張っからよ!)


 異世界へと渡った親友に心中でそう告げて。


 この日、世界改革の狼煙が上がった。



  

 

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