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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
274/426

ex もう一つの戦い

 この日、一人の人間の少年と精霊の少女は再び異世界へと舞い戻った。

 それを可能にした要因の一つは大勢の人間の協力があったからという事が大きいだろう。

 これは少年、瀬戸栄治の戦いの裏で起きていたもう一つの戦いの話。


 時刻は少し遡る。


「どう? 陽介。何か変化はあった?」


「いや、相変わらず不安定なまま現状維持だ。暴走するかしないかの微妙な水準でもう丸一日経過してやがる」


 神崎の問いに土御門陽介はノートパソコンの画面を眺めながらそう返した。


 五番隊総出で取り囲む、瀬戸栄治とエルを取り囲む作戦。

 その一角と総指揮を担う土御門陽介を含めた五番隊一班の面々は登山口に陣取っていた。

 先程から眺めている画面には、観測したエルの今現在の状態が映し出されている。


「できる事ならこのまま無事現状維持を期待したい所ですね」


 ノートパソコンの画面を日向真が覗き込みながらそう言うと、一拍空けてから陽介は言う。


「全くだよ……だが難しいかもな」


 今現在のエルの状態は非常に不安定と言ってもいい状態だった。

 一日前から。薬の効力の保証期間が切れてからずっとこの調子。エルが暴走状態に陥った際に入手したデータと照らし合わせると、暴走する直前の様な状態がずっと続いているのが分かる。

 ……それがどこまで持つかは分からないが、もうあまり長くない事だけは間違いないだろう。


「……先に異世界へ渡るための精霊術を使える様になるか、先にエルが暴走するか。正直な所50:50位だと俺は考えてる」


「そこまでこちらに都合のいい数字になるとは思わないけど」


 二分の一でもまだ甘いという風に神崎は言う。


「一応そろそろだよね。誠一君や茜ちゃんが言ってた時間は」


「ああ、そうだな」


 目を覚ました茜と誠一には事情聴取が行われた。

 そんな中で出てきたのは、異世界へ渡るための精霊術が使える様になるタイミングだ。


「あの情報の出所は瀬戸君が直感的に感じ取った物って言ってたんでしょ」


「ああ。だから正直それが全部嘘っぱちな可能性も十分あるだろうな」


 自分の弟の事だから良く分かる。

 土御門誠一は本当に無謀な事には手は出さない。逆に自暴自棄になって無謀な事を始めようとする人間を全力で止める側の人間だ。

 その誠一が今回瀬戸栄治とエルに協力している。それは本人の意思もあるだろうが、きっとそこに僅かながらでも勝算があったからこその行動なのだろう。

 だから多分今日まもなく訪れるであろう時間が、異世界へ渡る事ができるようになる時間だと認識している事は間違いない。瀬戸栄治の言葉を信用していいる事は間違いない。

 ……だが当の情報の出所とされている瀬戸栄治は果たして真実を述べているのだろうか?


 対策局内部からエルを連れだす為に協力者が必要で、その協力者を得る為に根拠もない嘘を伝えた。その可能性も十分にある所か、直接話を聞いていない陽介からすれば、その可能性の方が大いに高く思える。

 直感的に感じ取った。自分達は精霊と契約をしていなければ精霊術も使えない。故にその真偽はまるで分からないが……果たして本当のところはどうなのだろうか?


「……だが考えたって仕方ねえ。それが本当だろうが嘘だろうが時期に分かる。例えこれがもっと分の悪い勝負だとしても、結局俺達に……いや、アイツらに待ってんのは成功か失敗かの二択だけだからな」


「だから僕らはうまく行くように願えばいいって事か」


「だな。願ってそんで……何が起きても最善の行動が取れるようにスタンバっとく。そんだけだ」


「何が起きても……ですか」


「ああ。何が起きてもだ。いい加減その覚悟もしとけよ真っちゃん」


「……してますよ」


「嘘つけよ。できてねえくせに」


「まあ最悪僕達が動く必要が出てくれば、僕ら四人の誰かが殺る。真っちゃんはサポートに回ってくれればそれでいいよ」


 五番隊一班は五人編成の部隊だ。

 前衛に土御門陽介と今現在交代で仮眠をとっている赤羽信二という男が一人。

 中衛に神崎と、同じく仮眠中の椎名唯という女性が一人。

 そして後衛にて全体的なサポートを行うポジションに日向真は立っている。

 故に直接的に対象を殺す様な事態になる事は滅多に無いと言ってもいい。


「……サポートしてる時点で一緒に殺してるみたいなものですよ」


「じゃあ止めて帰るか?」


「いえ。だから言ってますよね。私の中ではもう覚悟を決めてるつもりなんです。土御門さんや神崎さんに疑われるって事はちっぽけなものかもしれませんけど……私はエルが誰かを殺す様な事になってほしくはありませんから」


 エルは茜や誠一を通じて五番隊の面々と交友関係を結んでいた。

 中でも茜や誠一を除けば日向真は、同じ女性という点や、まだ18歳という比較的精神年齢が近いこともあってかそれなりに仲良くやれていたとは思う。

 だからエルが優しい女の子である事は良く知っている。

 もしも事が失敗してもうどうしようもなくなった時、それ以上エルの顔に泥を塗る様な真似はしては行けないと思っている。

 だから、ちっぽけな覚悟位は持ってきたはずだ。


「だからもしもの時は全力で事に当たりますよ」


「そりゃ頼もしいな。だったらよろしく頼むぜ真っちゃん」


「了解です。でもその呼び方やめてください」


「いいじゃねえか、俺達の仲じゃねえか」


「良くないですよ! 本部に移動になった後も皆そんな呼び方するから、もうどこの班の人も真ちゃん呼びしてくるんですよ! 普通に呼んでくれるの荒川さんとか除けばもはやエル位なんですよ!」


「……それはお気の毒に」


「誰のせいだと思ってるんですか! 言い出したのは土御門さんですよ!」


「そうだ陽介が悪い! だよね、真っちゃん」


「結構ノリノリで同調してたの誰でしたかねえ!」


「いやぁ、誰だったかな……それで、真ちゃん」


「……なんですか」


 軽くため息を付く真に、少し真剣な表情で神崎は問う。


「向こうの方は動きがあった?」


「……いえ、動きはないです。あの人はあの人で限界ギリギリまで待っててくれてるんじゃないですか?」


 真が先程から探知魔術でずっと監視している対象に関してそう答えた時だった。


「にしてもまさかアイツが動いてくるとはな」


「まあ来るだけきて待機してるのが一番以外っすけどね」


 そう言いながら彼らの方に歩み寄ってきたのは、筋肉質な男と小柄な真と同年代の女。

 先程まで車で仮眠をとっていた赤羽と椎名だ。


「ああ、おはよう赤羽。それに唯ちゃんも。よく眠れた?」


「こんな時に安眠できるか」


「そうっすよ。こんなノースリーブ筋肉サングラスと一緒にいたら寝れないっすよ」


「失礼な。俺は紳士だぞ」


「貰った隊服速攻でノースリーブにする人を紳士だとは思いたくないっすね」


「ほらみろ真っちゃん。お前より遥かに酷いあだ名をつけられている奴がいる」


「あれは事実言ってるだけじゃないですか」


「ふん。お前らが何と言おうと俺は紳士だ。これも雑誌に乗ってた今年の流行に合わせた結果だ。トレンドなんだよ! だからノースリーブ筋肉サングラスとかいう変なミドルネームを付けるのは止めてもらおうか!」


「一体どこの世界のトレンドなんすかソレ……」


 冷たい目を赤羽に向けた椎名はふもとの方に視線を向けながら言う。


「しっかしなんで動かないんすかね。動いてる時点で命令違反してるのに変わりないのに」


「まあアイツは俺達が疑っていたのが真剣に申し訳なく思う位に言い奴だからな。アイツなりの最大限の譲歩だよコイツは」


 陽介がそう答えた次の瞬間だった。


「……」


 陽介が静かにノートパソコンを閉じて近くにそっと置き、そして立ち上がる。

 そして腰に掛けられた日本刀を抜いた。

 それが一体何を意味するのかはこの場の全員が理解していて、全員が覚悟を決めるように一拍空けた後、それぞれの武器を構えた。


 神崎は二丁拳銃を。

 真は呪符を。

 赤羽はハルバードを。

 椎名は対戦車ライフルを。


 それぞれが後方で発生した暴走したエルと瀬戸栄治との戦闘から背を向け、ふもとの方へと構えを取る。

 そして命令が下る。


「椎名。先制攻撃だ、ぶっぱなせ」


「了解っす」


 そして椎名は小柄な体形に似あわない対戦車ライフルを斜め上、上空に向けて構えて引き金を引いた。

 そして放たれた魔術弾は打ち上げ花火の冠菊の様に分離し雨の様に地上に降り注ぐ。


「やりましたかね?」


「それ言うと基本やってないから言うな……つーか、アイツがそんな簡単に止まってくれる訳ねえだろ」


 そして当然の様にそれを無傷で掻い潜ってきた一人の男が高速で接近し、彼らの視界の前へと現れる。


「そうだよな、天野」


「当然だ。あまり俺をなめるなよ土御門」


 そうして現れたのは天野宗也。対策局最強の魔術師。

 そして彼は構えを取った後、陽介達に言う。


「今は一時的に元に戻ったようだがな、次の暴走も時間の問題だ。俺はお前達を倒してでも先に進むぞ」


「だったらさっさとぶっ飛ばして進めよ馬鹿が」


「俺だって無駄な戦いはしたくはない」


 どうやら自力でエルが暴走状態から元に戻ったのを感じ取ったらしい天野は、忠告する様に陽介達に言う。


「だから今の内だ。いますぐそこをどけばお前たちと戦うつもりはない」


「じゃあ開戦だな……っていうかお前、自分が命令違反してんの理解してるか? 今回俺らはこの作戦荒川さんに通してやってんだぜ?」


「承知の上だ。だが、それを無視してでも俺はあの精霊を殺すぞ」


「私怨……じゃねえよな。お前は多分それじゃ動かねえ。私怨だったら俺達に隠れてばればれの潜伏なんてしねえでさっさと殺しに言ってただろうからな。で、何がお前をそうさせる」


「いいか土御門。お前も荒川さんも皆おかしいんだ」


「おかしい? あの精霊もできれば助けようと動く価値観がか?」


「違う。お前らの価値観を否定するなら俺はお前らに譲歩などしていない」


「だったらなんだ」


「分からないか? あの精霊から周囲の人間を。俺の様な人間からあの精霊を守るこの作戦。この作戦でお前らがあの精霊を相手にする様な事になった時、一体何が起きた後なのか」


 そして当然の事を訴える様に天野は言う。


「お前たちの後ろで、民間人が一人死ぬんだぞ!」


「ああ、なるほど。お前動いたのにようやく納得言ったよ」


 民間人。その言葉が指すのはおそらく瀬戸栄治だ。

 エルと戦う事態に発展するという事は、その前におそらくはエルを止め、時間を稼ぐ瀬戸栄治の戦いが発生し、それにエルが勝利したという可能性が高い。

 つまりはそこで一人の民間人の命が散っている。

 そうさせない為に、彼は最大限の譲歩をした上で、民間人の命を救う為に此処に来た。

 それは理解した。

 だが。


「だがどけねえな」


「……そう言うと思ったよ」


 そして一拍明けてから天野は言う。


「だったら全力で俺はお前たちを捻じ伏せて先に進む。覚悟しろ」


「来るなら来いよダチ公」


 そして開戦する。

 全力を解放する最強の魔術師と、最強の部隊から選出された精鋭の戦い。


 瀬戸栄治とエルの裏で行われたもう一つの戦い。

かなり本筋から離れた戦いになりますので、次回できっちり終わらせたいと思います。

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