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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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73 繋いだ命

 精霊術を発動させた瞬間、俺達の足元を中心に紫色の魔法陣が展開され、眩い光が放たれる。

 これから起きる事はもう二度経験しているから良く分かる。黒い空間に飛ばされ、そこを抜ければ異世界だ。

 だからそれまでこの手を絶対に離すな。


「ぐ……ッ!?」


 次の瞬間、腹部に激痛が走った。

 だけどその位は予想してたよ。

 放たれたのはエルのリバーブローだ。

 暴走したエルが俺を殺そうと動いて、そしてまだこの世界に居る以上、隙だらけの俺をエルが狙わない理由はない。故に俺を引き剥がそうとしてくるさ。

 だけど引き剥がされるわけにはいかない。

 例え引き剥がされても、俺達は異世界へと到達するだろう。

 何しろこの精霊術をエルに使い、尚且つ俺にも使っている。触れて使用した時点で目的は達成できているんだ。

 だけどそれだけじゃ駄目だ。絶対に駄目だ。寧ろ此処が一番大事なんだ。


 俺が異世界へ初めて転移した時、今思い返せば暴走状態だったのかも良くわからない紫髪の精霊に異世界に飛ばされた。

 恐らくその時の精霊も共に異世界へと渡っている筈だ。


 だがその精霊と一度でも異世界で遭遇したか?


 答えは否だ。あの精霊と出会う事は一度足りともなかった。

 つまり向こうの世界からこの世界へと転移する時は、イルミナティが出現ポイントを予測したことや、異世界から皆でこの世界へと到達した際に全員池袋に出現した事の様に、出現ポイントが大雑把に固定されている事が分かっているが、実経験上その逆がそうとは限らないという事。

 つまり俺が異世界へ到達した際、あの森の近くにあの精霊がいたが出会わなかっただけかもしれないが、全く違う場所に出現した可能性もあるという事。


 だがこうして俺がエルを離さなければなんの問題もない。


 大きく違う場所に転移することも、この世界に辿り着いた時の様に、距離はそこまで離れていないが違うポイントという事もなくなる。

 例えどこに出現しても、エルを守るために戦う事ができる。

 だから。


 血反吐を吐いてでも、エルを絶対に離すな。

 あの腐った世界へ辿り着くその時まで。


 そして次の瞬間、俺の視界が黒く染まった。


 感じたのは浮遊感だ。それを感じながら俺は漆黒の闇の中を落ちていく。

 だが感じたのは浮遊感だけでは無かった。

 右手の刻印から伝わってきた悪寒が止んだ。

 そしてエルから感じていた禍々しい雰囲気も掻き消える。


 そして掻き消えたのはそれだけでは無かった。


 肉体強化の出力が著しく低下した。

 そして俺の手から破れたレザーグローブが消えていて、感覚から左手の刻印が消えている事も理解できて。

 そして目の前にナタリアがいた。


 存在そのものが希薄で透き通り、既に体の一部が掻き消えている。

 そしてナタリアという存在が失われていくように、徐々に徐々に消えていく。

 その表情は精一杯浮かべられた優しい笑みだ。


「……ッ」


 そしてそれを浮かべてナタリアは俺の前から消え去った。

 いや、俺の前からじゃない。

 今度こそ、もうどこにもいないのかもしれない。


 ……だけどもしもう一度会えたなら。

 今度はもっと落ち着いた状態で謝ろう。

 何を言っても。何をしても。きっと俺の罪は消えないけれど。それでも、もう一度ごめんなさいって謝ろう。

 そして……ありがとうって。そう伝えるんだ。


「……エイジさん」


 そして抱きしめたエルから掻き消えそうな声が聞こえ……エルの方からも抱きしめられた。


「大丈夫だ」


 エルに言い聞かせるように。


「大丈夫」


 そして自分に言い聞かせるように。そう呟いた。

 果たしてこれから先、一体どんな事が待ち受けているのだろうか。

 それが苦しくて辛い事なのは分かっている。分からないのは具体的にそれが何かが分からないだけだ。

 そんな中でエルを守って生きていく。それは途方も無く難しいよ。

 だけどだからこそ、大丈夫だって。言い聞かせた。

 今の内に。より強い覚悟を決める為に。


 色んな人に繋いでもらった命を。これからも繋ごうとしてくれている命を。命に代えても守り抜くために。


 この先の地獄で戦い抜くために。


 そして俺達は到達した。

 人間にとっての楽園。精霊にとっての地獄。

 俺とエルが出会ったこの異世界に。

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