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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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72 決してどこにも行ってしまわぬように

 走りながら俺の手札を再確認する。

 風は封じられた。だが脆い結界は張れる。それが今までの状態。俺の手札はそれだけしかなかった。

 だが今は炎を操れる。うまく使えば風の様にはうまくいかないかもしれないが空中で推進力だって得られるだろう。

 そしてそれだけじゃない。

 異世界で俺を苦しめた相手を弱体化させる精霊術。そしてナタリアが俺に見せる事が無かったいくつかの精霊術が、見に着けたレザーグローブと共に俺の手の中にあって、それ故に先程までと比較して出力も大幅に増強しているのが分かる。

 もっともそれはこの世界に辿り着いた直後にナタリアと契約を結んだ時よりは大きく下回る。あの時はエルを剣にせずナタリアにも何もしていない状態で俺の出力はきっとエルを剣に変化させている時を上回って居たが、今はナタリアがレザーグローブへと変化している状態であるにも関わらず、その出力はエルを刀に変えていた時の出力を下回っている。今のエルの出力に届いているかも怪しい。


 だがいい。分かってる。当然だ。一体ナタリアがどういう状態で俺の味方をしてくれているのかを考えれば、これでも十分すぎる位受け取っている。

 力も。もう一度立ちあがるチャンスも貰えた。

 それがどれだけありがたい事かはよく自覚している。


 だからその思いは。俺に差し伸べてくれた手だけは絶対に踏みにじるな。

 抗い勝ち取ってみせろ。


 そして次の瞬間、周囲の風の動きの変化を感じ取った。


「……大丈夫だ」


 再び俺の足元に竜巻が出現しかけているのを見て、俺は咄嗟に全力で上空目がけて跳びあがった。

 今なら先程よりも速度がある。単純にその場から炎も駆使して高速で移動するという案も一瞬思いついたが却下した。

 多分そんな簡単に抜けられる程効果範囲が狭い技じゃない。逃げだしても結局捕まる。だとすれば逃げ場なんてのは今の俺には作れないんだ。

 だとすれば最善策は回避ではない。

 捕まる事を前提に動く事。


「……グッ!」


 竜巻内部に居る事によるダメージが全身を襲うが、それに耐えながらとにかく俺は両手から炎を勢いよく噴出させスラスターとして利用し、上空へと向けて加速する。

 そして一気に竜巻の外へと最高速で突き抜ける。


「……」


 全身が痛い。骨だって再びどこか折れているかもしれない。

 だがそれでもダメージは最小限に抑えた。

 そして。


「それはもう効かねえぞエル!」


 俺は間髪空けずに炎を噴出させ加速した。

 次の瞬間、後方から鈍い衝突音が聞こえ、その衝突により発生した暴風に煽られ、痛みと共に宙を舞う。

 だが直撃は防いだ。

 風と風とのプレス。

 空中での機動力もない状態で、尚且つそれを掻き消す程の高威力の攻撃を持ち合わせていなかったあの時は手の打ちようがなかった攻撃。だが今は違う。

 炎の力で空中での機動力を取り戻し、尚且つ風が読める俺ならば。十分に対処できる。


 あの攻撃は周囲の風を操って特定ポイントに叩き付けるような風を発生させる乱気流を作りだしているのだと思う。

 そして極めて人工的なその気流には露骨に不自然な安全地帯が生じる。そこに逃げ込めば挟まれる事も、特定ポイントに向けて流れる気流に巻き込まれる事もない。

 故に影響を受けるのは風と風がぶつかり合って生じる暴風のみ。

 そしてその暴風を背中から浴びて弾き飛ばされれば、それはエルへと辿り着く為の推進力になる。


「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」


 暴風で得た推進力の行く先を炎で調節し、そして加速。狙いをエルへと定めて突き進む。

 ……これで決める。否、決めなければならない。

 エルが向こうからこちらに突っ込んできてくれる保証もなく、そしてエルの出力を始めとした戦闘能力が今の段階から引き上がらないという保証もない。

 もしも此処からも更に上があるのだとすれば、それは難易度の急上昇を意味する。


 だけど今なら届くんだ。

 今この瞬間なら届くんだ。


 いろんな人に助けてもらって。皆必死になって御膳立てをしてくれて。

 最後の最後に力を貰って。

 ようやく届くんだ。

 この瞬間、立ち止ってたまるか!


「見えた!」


 エルに向けて落下しながら視界の先にエルを捉える。

 そして射出される風の槍。

 それを防ぐために左手を正面に突きだし炎の結界を張り、それを相殺。

 だがまだ視界には風の槍が残っている。


 防がれる事を前提とした同ポイントに向けた二段構え。

 相手が俺でなければ対処が遅れていたかもしれない。


 だが俺には分かる。操れなくても風を読み取る事は出来る。

 エルに教わり必死に磨き、誠一達との特訓で洗練させた今なら。

 その攻撃はもう目に見えているのと変わらない!


 故に入っている。結界を張った瞬間にはモーションに。

 右手を炎でコーティングして握り絞め、そして全力で風の槍を殴りつける!


「グ……ッ!」


 風の槍を破壊した瞬間、右腕の骨に罅が入り、肩を脱臼した事が分かった。

 だがその程度だ。なんの問題もない。

 次の瞬間肩を無理矢理はめ込み、歯を食いしばる。

 それだけで事足りた。何の問題は無い。

 そして辿り着く。


 俺を殺す為の構えを取るエルの目の前に。


 ようやくエルを助けられる。そんな最高な展開の一歩手前に。


 次の瞬間、エルから放たれたのは恐ろしい程キレのいい回し蹴りだ。

 落下する俺を蹴り飛ばすように高く上げられた足。

 それを回避する為に左手で上空に向けて最大出力で炎を噴出させた。

 故に俺はその下を行き、エルの蹴りは空を切る。

 そして足が地に触れた瞬間、俺はそれを勢いよく蹴った。


 そしてエルを抱きしめる。

 此処から先、エルがどこにも行ってしまわないように。

 強く、強く抱きしめ。そして発動させる。


 異世界へと渡るための精霊術。

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