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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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71 伝えたかった言葉を全てこの手に込めて

 何が起きているのか、俺には全く理解できなかった。

 何故死んだ筈のナタリアが此処にいる?


 それは全く分からないけれど、だけど確かにナタリアがそこにいる事だけは理解できた。


「……」


 そして攻撃を全て防ぎきったナタリアは、こちらに振り返り視線を向けてくる。

 その表情からは感情が読み取れない。

 だが異世界で嫌という程に目にして来たドール化された精霊の様に感情がそこにないわけでは無い。ただそれが希薄に思えるだけ。

 生気もまるで感じられないその表情には、それでも確かに感情が宿っている様に思えた。

 それは無表情ながらも伝わってくる。

 とても優しい感情だ。


「……」


 ナタリアはこちらに踵を返すと俺の方に歩みより、そして仰向けで倒れる俺の前にかがみこんだ。

 そして俺に向けて手が伸ばされる。

 まるで俺を助けようとしてくれているみたいに。


 ……なんでだ。

 どうして助けようとしてくれる?


 俺はきっとナタリアに助けてもらえる様な人間では無い筈だ。

 ………だってそうだろ。

 俺はナタリアを助けられなかった。何もしてやれなかった。

 この世界に精霊を連れて来れば暴走するかもしれないというリスクを承知の上でお前らを此処に連れてきて殺した張本人なんだよ。

 それなのに……なんで。


「……」


 やがてナタリアは痺れを切らしたように俺の左手を両手で包むように掴む。

 その手から体温は感じられない。酷く冷たい。

 だけどどこか暖かいようなものにも思えた。


 次の瞬間だった。


「……これは」


 ナタリアと俺を中心に魔法陣が展開された。

 この光景には身に覚えがある。

 異世界で。エルと出会った森の中で。エルが俺に契約を申し出た時に現れた魔法陣。

 人間と精霊が、ある程度の信頼を築かなければ成しえない、契約を取り行う為の魔法陣。


 つまりはナタリアが、俺へと精霊契約を申し出ているんだ。


 ……自分が死ぬ直接的な原因を作った俺に対してだ。


「……ッ」


 俺達がこの世界へと戻って来た時、俺はナタリアと契約を交わした。

 あの時、あの瞬間のナタリアは俺にある程度の信頼を向けてくれていたのだろう。

 ……だけど今は。

 結果的に俺が殺した今は。自ら死を選ぶ以外の選択肢を与えてやれなかった今は。

 ……もう、そんな感情を向けてもらえる訳がなくて。

 その手から生み出される炎に殺されてもおかしくはなくて。

 ……それなのに、なんで。


 なんでそんな優しい感情を向けてくれる?


「……わかってる。俺は、お前を助けられなかった。お前を殺したんだ」


 俺はなんとか声を絞り出す。


「だから……俺はお前に助けてもらう資格なんてない。そんなことは分かっている。だから……これが身勝手な頼みだって事は、分かってる。だけど、頼むよ、ナタリア」


 そこまで言って吐血して。意識が掻き消えそうで。

 それでも縋るように。懇願するように。俺は身勝手でどうしようもない頼みをナタリアへとぶつける。


「俺を……俺達を、助けてくれ」


 そしてきっと拒まなければならなかった、甘く優しい身に余る契約に判を押した

 次の瞬間だった。


 冷たかったく暖かかったナタリアの手の感触が掻き消えた。


 だがその代わりに焼き付く様な痛みと共に左手の甲に薄く白い刻印が刻まれる。

 そして。それが視認できる程にそこら中が破れたボロボロなレザーグローブが左手に。恐らく右手にも嵌められていた。

 そして……力が沸いてくる。


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がれた。


「……治ってる」


 気が付けば折れていた筈の右腕と両足が元に戻っていた。

 力が沸いてくるのもただ単に出力が上がっているわけでは無く、まるで回復術によって傷が癒えた様な、そんな感覚で、そして……今度は頭痛だってない。

 あの日。ナタリアと契約を結び、結果的に多重契約となった時は、契約した瞬間から頭痛が襲ってきたのに。今はそれがないんだ。

 どうしてあの時できなかった多重契約が今こうしてノーリスクでできているのか。それは分からない。

 あの時は何かが間違っていて失敗したのか。それとも今の刻印の薄さを考えるに、不完全な契約になっているが故にリスクがないのか。

 俺の傷が癒えた事も含め、分からない事は本当に多い。分からない事だらけなんだ。


 それでも。声が聞こえなくても。ナタリアが俺なんかの味方をしてくれた事だけは分かっていて。

 だったらもう俺がやるべき事は一つしかなくて。


「ありがとな、ナタリア。本当に……ありがとう」


 俺はナタリアに対する最大限の感謝の気持ちを言葉に込めて、それから左手を上空に向けて翳した。

 上空からは再び風の槍が雨の様に降り注ぐ。それに対し俺はエルの刀から斬撃を放ったように。風の防壁を作った様に。


 炎の結界を作った。


 その結界は何もする前から罅が入っていて、簡単に壊れそうに思えるけれど。

 それでも結局その無数の雨の内、俺に直撃するのは一撃だけなんだ。

 その一撃位は……相殺できる。


 次の瞬間、激しい破砕音が耳に届いた。

 結界が砕けた音。風の槍が消滅した音。


 そして俺は生きている。

 生かされている。


「待ってろ、エル。今行く」


 そしてナタリアに背中を押される様な感覚を感じながら、俺は走りだす。

 エルを助ける為に。

 助けられなかった女の子の力を借りて、まだ助けられる大切な存在を助ける為に。

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