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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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69 風神

 その一撃は酷く重い。

 激痛と共に脳が揺れ、視界が揺れ。意識を根こそぎ持っていかれそうになる。


「ぐぁッ!」


 それでも地面に叩き付けられ転がりながら、なんとか手を付き跳ねあがるように起き上がり、そのまま勢いよく地を蹴った。

 エルから少しでも距離を離す為の全力のバックステップ。

 だがやはり風は使えない。距離も速度も稼げない。


 故に速攻で追いつかれる。


 放たれた風の槍を間一髪のタイミングで躱した次の瞬間には再びエルが目の前に拳を構えて跳んで来る。

 ……攻撃を弾き続けるのはもう無理だ。

 それができる出力差ではなくなった。そして補佐に使っていた風もまるで使い物にならない。


 とにかくエルから距離を取る。そして風が使えない原因を探って対策を打たなければならない。

 でないとエルに殺される。


 その為に。エルから距離を離す為にやるべきことは、エルを遠ざけることだ。

 だが風の塊を叩き付けて弾きとばすという、普段通りのやり方は風が使えない以上不可能。

 それ以前に仮にできたとしても、あれは本来大抵の相手なら一撃で昏倒させるだけの力を持った一撃。俺にとっての必殺技だ。仮に使えても。そんな事でエルが死なない事は分かっていても、エルに向かってそんな事はできない。

 ……だったら。


 着地した俺の目の前に跳びかかってきたエルの拳をギリギリで躱してなんとかエルの手首と二の腕を掴み、そしてエルの勢い全てを利用して、全力でエルを投げ飛ばした。


 投げならばエルがダメージを負う事はほぼない。風を操れるエルがそれで怪我を負うようなら、ここまでの攻防で機敏に動けていない。だから大丈夫だ。

 当然ほんの数秒の時間稼ぎ。エルの初撃に対処しやすくする為位にしか効果はない。だけど攻撃を受け続けるよりはずっといい。

 次の瞬間、俺はすかさずバックステップで距離を取り、次の攻撃に備えようとする。

 ……だが結論を言えば距離は縮まらない。


 エルを投げ飛ばした瞬間、エルが取った行動は俺が誠一との訓練後に誠一からアドバイスとして言割れた事とほぼと同じだった。


『多分お前がその気になれば、投げられても地に着く前にいくらでも対処できる筈だ』


 あの時、俺は誠一に一本背負いで地面に沈められた。

 だがしっかり投げられるという意識をもってやり方をイメージできれば、風さえ操ればいくらでも対処できる。言われてなる程とは思った。

 例えば投げられ地につく前に風を使って衝撃を押さえることもできるし、うまく投げる相手に向けて推進力を得られればカウンターだってできる。


 そしてその一例を今目の前でエルが行った。


 投げ飛ばした瞬間。いや、きっと投げ飛ばされる前からエルは風をっていた。

 そして俺が投げ飛ばした瞬間にそれらを使って一気に加速。

 ……俺の方に。


「が……ッ!」


 勢いよく頭突きが俺の腹部に直撃した。

 バックステップを行おうと体重が後ろへ向いていた事もありそのまま地面を勢いよく転がる。

 それでもなんとか体を起こした所を……エルが瞬時に距離を詰めてきた。


「……クソッ!」


 咄嗟になんとか風を使って対処しようとするも、やはりまともにコントロールできない。

 故に何もできないままエルが目の前にいる。


「……ッ!」


 再びエルの猛攻が始まる。

 接近と共に放たれた拳。そこから流れるように組み込まれた裏拳。遅れて遠方から飛んできた風の槍。そこまでは弾き受け止め交わして対処した。

 だが次。風の槍を交わした直後に放たれたリバーブローが直撃する。

 空気が口から漏れ出し、声にならない声を絞り出される。

 そして追撃でボディーブローが鳩尾に叩き込まれる。


「ガハ……ッ」


 激痛と共に体が弾き飛ばされる。

 だがここで異変が起こった。


「……ッ」


 殴り飛ばされた瞬間、風のコントロールが突然聞くようになった。

 そして……刻印から。そして殴られた視界の先のエルの様子から伝わってきた。


 ……エルの自我が戻っている。


 だが刻印から伝わってくる。これは最初に暴走した時の様な物と違う。きっと奇跡的にほんの僅かに意識が戻ってきたというだけにすぎない。暴走しかかっている状態で辛うじて意識が残っているだけに過ぎない事を。

 俺はとにかくコントロール出来る様になった風で、風の塊を形成。それを勢いよく踏み抜き後方へ跳び、エルから距離を取る。

 ……そしてホバリングしつつ地面に近づき、滑るように着地した瞬間。


「エル……ッ!?」


 刻印が再びエルが暴走し始めた事を告げてくる。

 そして次の瞬間だった。


「……ッ!?」


 再び風のコントロールが効かなくなった。

 それはまるでエルの暴走が関与している様に。


「……まさか」


 俺の風が使えなくなったのは決して俺が原因ではない。

 今までどんな大怪我を負っても風の力は問題なく使ってこれた。だからそれは違う。

 原因はエルだ。

 エルの自我が戻った瞬間に風が使える様になり、暴走した瞬間に使えなくなった。

 ……そんな事が可能なのかどうかは分からないが、エルが俺の精霊術の使用を制限しているのか?

 冷静に考えて俺の力はエルから供給されている。だからそのエルがそれを制限しようと思えば、それは可能なのかもしれない。


「……いや」


 俺はエルから少しでも距離を取る為に走りだしながら、今の自分の考えを否定する。

 本気でそんな事ができるなら。本気でエルが俺を殺そうとして風を封じ込めているのだとすれば。それはあまりに非効率だ。風を封じる前に。もしくは同時に封じておく必要のある精霊術がある。

 肉体強化。

 少なくとも俺の戦闘においてもっとも要となる精霊術。これが失われれば仮に風を自在に操れてもどうにもならない。

 ……だとすれば要因は違う。

 だとすればなんだ。どうして風が使えない。エルが関係あるとすればそれは一体なんだ。

 そして考えて。考えて。やがて答えに辿りつく。


「……くそ、だとすりゃもう風は一切役に立たねえ」


 俺とエルの風を操る力は大きく分けて二つ。

 まず一つは風を噴出する事。

 そしてもう一つは噴出した風や周囲の風を自在にコントロールする事。

 考えてみれば俺は風の噴出まではできているんだ。それが俺の意図しないように動くだけ。

 つまりだ。


 エルが自分の周囲だけではない。

 もっと広い範囲の風全てをコントロールしている。

 つまりこの場の風という風。大気は全てエルが支配している。


 そんな無茶苦茶な事があっていいのかと思った。


 だけどそれは決して起こり得ない事ではないかもしれない。


 人間と契約を結んだ精霊は更なる力を得て、暴走した精霊もまた元の状態とは比べ物にならない程の力を得る。

 エルはその状態が重なっているんだ。

 それが単純な足し算になるのか、それとも掛け算になるのかは分からないけれど、俺と契約を結ぶ前のエルの力を遥かに上回っているのは間違いなくて。

 精霊としての力の完成形が今のエルと言っても差し支えがないのだから。


 言わば今のエルは風神だ。


 風を支配する神だ。

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