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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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67 せめてこの一勝だけは

 たどり着いてしまえばあまりに単純な解。

 その解にたどり着いた俺の心は、こんな状況だというのにどこか軽くなっているように思えた。


 ……ここ数日で色々な事があった。

 そしてその全ての理不尽に抗おうと必死になって戦ってきた。

 だけど天野宗谷を退ける事も、エルを対策局から連れ出すことも、結局のところその場凌ぎに過ぎない、先行きが見えない選択肢でしかなくて。

 退けた先に。逃げた先に。エルの暴走を始めとする、悪い方向に転がる可能性が圧倒的に高い不確定要素が地雷の様に埋められているのは分かっていて。

 ……常に楽観的な希望にすがらなければ前に全てが瓦解するような事ばかりで。

 だけど、今回は違うんだ。


 神に祈るような、楽観的な希望なんてもういらない。


「でも、私、もう――」


「大丈夫だ」


 半ば錯乱しているエルにそう言ってやる。

 今まで俺が口にするのを拒んでいた言葉。もしそれがどこかで漏れていたとしても、エルへの。そして俺への気休めでしかなかった言葉。

 だけど今は胸を張ってそう言える。

 気休めでもなんでもなく、心からエルにそう言ってやれる。


「お前は今までよく耐えてきたよ。お前が頑張ったからあと少しって所までこれたんだ。だから……もしもう限界ならあとはゆっくり休んでくれ。お前が目ぇ覚ました時には全部綺麗に片付いているように、後は俺がなんとかするから。だから大丈夫だ」


 分かっている。

 そんな言葉はきっと傍から聞けば軽口で、この現状をまるで理解していないような、それこそ楽観的な希望にすがった言葉に聞こえるかもしれない。

 分かっている。それは分かっている。

 ……だけど違うんだ。


 やりたい事がある。

 その為のお膳立てもされている。

 そして成し遂げるまでの道筋は明確に示された。


 だったら後はその道を走り抜ければいい。例えそれがどれだけ険しくても、ただそれだけの話なんだ。

 立ち止る必要も。迷う必要も何もない。ただ一歩一歩前へと踏み出していけばいいだけ。


 だったら言えるさ。その位だったら言ってやれる。


「大丈夫」


 そんな言葉を掛けてあげられる。


 果たして俺がどんな声音で。どんな表情でエルにそう言えたのかは分からないけれど。

 そしてエルに俺が何をしようとしているのかが伝わったのかどうかも分からないけれど。

 だけどエルは暫く黙り込んだ後、泣きながら声を絞り出して、縋るように俺に言う。


「……エイジさん」


「……」


「……助けて」


「ああ、任せとけ」


 そう言って俺はゆっくりと立ち上がり、そしてエルからバックステップで距離を取る。

 何があっても対処できるような距離感。自分がそうだと線引きしたその立ち位置に立って正面を見据える。

 そこにはエルが居る。まだエルがいる。

 そのエルが。自我がなくなれば。それが開戦の狼煙だ。


 圧倒的格上のエルに対し極力攻撃を与えずに時間まで生き残る。


 そんな戦いが始まる。


 ……そして呼吸を整えながら、この僅かな時間にほんの少しだけ考えてみた。

 もしもかつての自分が今この場にいれば。

 かつて異世界でエルを救い上げた瀬戸栄治がこの場に居れば、一体どういう行動を取ったのだろうかと。

 答えは至極簡単だ。きっと自分が正しいと思った事をしただろう。


 もしかすると俺はもうとっくにエルを殺していたかもしれない。


 エルは俺よりも圧倒的に格上で。本気で戦ってもほぼ間違いなく勝つことはできなくて。

 俺が死ねばエルは暴走し続ける。そして人が居る所まで行けば無関係な人間を殺す事になるだろう。そしてイルミナティの男から貰った指輪の効力でエルの居場所が探知されない事を考えれば、対策局の対応も後手に回り、大勢の人間を殺す惨劇が起きるだろう。

 だからエルを殺す。それが正しいと思う選択だから。


 ではもしも仮にそれでもエルを助ける為に今の俺の様に……酷く間違った選択を取る事ができたとして、かつての瀬戸栄治ならどういう風にエルを助けるだろうか。

 ……それもまた答えを出すのは簡単だ。

 もっともエルを救える可能性の高い選択を取るだろう。

 今の俺の様にそれを拒んだりはしない。


 ……そうだ。俺はそれを拒んだんだ。

 エルを確実に救う為に。確実とは言えないにしても飛躍的に事の成功率を上げるためにやるべきことは、攻撃に備えエルから距離を取る事なんかじゃない事は分かっているのに、俺はそれを拒んだ。

 もっと簡単な手段は浮かんでいた。最善の選択肢は浮かんでいた。

 まず俺がやるべきだったのはエルの無力化だ。


 早い話、エルの両手両足の骨を動けないほどにへし折ってしまえばいい。


 どれだけ怪我を負っても生きてさえいれば。シオンの様に失ってしまわなければ。後で回復術でどうにでもできるのだから、あの時の俺はきっとそういう事をやっていただろう。

 決めてはいけない方向に覚悟を決めていただろう。


 ……考えただけで背筋が凍る。それでもかつての俺ならやっていただろう。

 躊躇って。躊躇って。躊躇って。それでもそうしていただろう。


 いや、決めてはならないのではなく、決めなければならなかったのかもしれない。


 本気でエルを助けようと思えばもしかするとそれは最低限やらないといけないこと事なのかもしれなくて、背筋が凍ってでも手が震えてでもやらなくてはいけないことかもしれない。

 だから今の俺が何も対策を打っていない事はただの逃げでしかないのかもしれない。

 ただ、エルを傷つけてでも前に進まなければならないのに、それができないから立ち止まっているだけなのかもしれない。


 だけどこれでいい。


 これでいいんだ。


 たとえそれが間違いでも。楽観的で浅はかな考えだとしても。

 もうエルには痛い思いなんてしてほしくないからさ。

 ただそれだけの理由だけれど。それだけの理由でしかないけれど。

 これでいいんだ。

 これがいいんだ。


「……」


 目の前で、エルがゆっくりと立ち上がったのが見えた。

 刻印からも伝わってくる。そこにもうエルの意識は残っていない。

 それを確認して、俺は呼吸を整え構えを取った。


 さあ、気合いを入れろ。


 今まで無様な闘いばかりしてきたけど。

 エルに辛い思いばかりさせてきたけれど。

 だけどせめてこの一勝だけは、勝ち取ってやる。


「来い、エル!」


 そして、エルがこちらにむけて動きだし……戦いの狼煙が上がった。

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