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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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66 辿りついた活路

 心の整理を付ける時間も与えられぬまま次の瞬間、エルは俺との間の僅かな距離を詰め、鋭い蹴りを放ってくる。


「……ッ!?」


 それを咄嗟にバックステップで後方に勢いを付けながら腕をクロスさせて防ぐ。

 そして蹴りとバックステップの勢いで窓ガラスを突き破り、山小屋の外へと跳び出した。


 その瞬間にはもうエルの追撃が飛んで来る。


「グ……ッ」


 まだ体が宙に浮いていた俺を叩き落すように、エルの拳が振るわれた拳。それは防いだが俺の体に推進力が生まれる。

 そのまま坂道めがけて。


「ぐあ……ッ!」


 勢いよく叩き付けられ背中を強打した勢いそのままに、坂道を転がり落ちる。

 そしてなんとか体制を立て直そうとした瞬間、体が浮遊感に包まれる。


 否、崖へと転がり落ちた。


「くそッ!」


 周囲の風を操りホバリングしつつ周囲を見渡し、一番近い着地地点を確認。そして空中でバランスを保つのが限界になってきた所で足元に風の塊を作りだし踏み抜いた。

 そのまま近くの足場に着地。


「……」


 呼吸を整え、先程まで自分がいた地点へと視線を向ける。

  ……これ以上の追撃はない。

 だがそんな事に安堵していられない。


 エルが暴走した。

 まだ異世界へ飛ぶ事ができないのに……まだ異世界へ飛ぶ為の精霊術は使えないのに。

 それなのにもう限界が来てしまった。

 その事で頭が一杯になり、パニックになり掛ける。


 だけど……なりかけた所で踏みとどまれた。


 ……刻印から伝わる悪寒はほんの僅かに弱まっている。それは暴走前に近い水準にまで戻ったというべきだろうか。とにかくその事に気付いた。


「……エル!」


 それを感じた瞬間、すぐさまエルの元目掛けて走りだした。

 エルが最初に暴走した時と一緒だ。一時的な暴走と元の状態を繰り返す様な状態に今のエルはあるのかもしれない。

 だとすればまだ、終わってなんかいない。エルがまだそこにいるのなら、まだ……何も終わっていない!

 まだ首の皮一枚繋がっている。


 ……その筈なんだ。


 なのにどうして俺は全くもって安堵できないのだろう。

 状況が悪い事に変わりがないからだろうか。

 いや、違う。それでも今エルの意識があるのは不幸中の幸い。舞い降りてきた奇跡なんだ。それは本当にありがたい事だ。

 では……どうしてなのだろうか。


 そして自然とそうさせている感情が不安である事に気付く。

 そして……その正体も。


 エルがあの時俺の首を絞めた。その時、一体エルはどんな感情を抱いただろうか。

 エルが天野との戦いの時、俺を蹴り飛ばしてどんな感情を抱いただろうか。


 果たして今、エルはどんな感情を抱いているのだろうか。


「……ッ」


 今、エルが少しづつ俺から遠ざかっていっているのが刻印から伝わってきた。

 とにかく、エルの元まで辿り着くんだ。


「エル!」


 すぐさま山小屋周辺にまで戻ってきたが、もう此処にはエルはいない。分かってる。俺から離れる様に遠ざかっている。

 ……エルがこの先で立ち止まった事も。


 とにかく急いでエルの元へと走った。

 嫌な予感がした。本当に嫌な予感がした。

 具体的にそれがどういう事かは分からないけれど、それでも。

 そしてやがてそれが分かる前に、何もない所で座りこんでいたエルを見つけ、


「……ッ」


 そしてその瞬間血の気が引いた。


「……エル」


 脳が処理を拒むような光景。それでも認識できたから。血の気が引いたのと同時に俺は風の力も駆使して最高速でエルの元に走りだした。

 それぐらい必死だった。

 だってそうだ。


 こちらに気付いたエルは涙を浮かべてこちらに視線を向けている。

 そしてその手に風の槍を作り出していた。


 その矛先は俺に向いていない。

 自分自身に向けていた。


 それが何を意味するのかは深く考えなくてもよく分かる。

 その矛先を自分に向ける意味なんて、分からない筈がない。


「止めろエル!」


 無我夢中でエルに跳びかかった。

 なんとか腕を掴み矛先を外させ、そのまま押し倒す。その瞬間暴発した様に風の槍が上空目がけて射出された。

 ……目に見えて高威力かつ、俺の風の塊とは違い致命傷を与えられる類の攻撃。いくらエルが肉体強化を発動させていても。いくらエルの肉体強化が死ににくい類の物だったとしても。それでも頭部をそれで貫けばどうなるかは明白で。今、少しでも遅ければそうなっていて。


 ……エルが、自分の手で自分の命を絶つ所だった。


「お前! なんでこんな事――」


「だってこのままじゃエイジさんを殺しちゃう!」


 エルが、涙声で声を絞り出して叫んだ。

 それは頭痛の痛みだけじゃない。本当に精神的に追い込まれていて、苦しくて。そんな重さが伝わってくる声音と表情で。


「もう……限界なんですよ。もう、今すぐにでも……意識が沈んでいきそうで、もう次は戻ってこれるかもわからないんです」


「……」


 だからか?

 暴走して俺を殺すかもしれないから。だから自分からこんな事をしようとしたのか?

 もうエルが暴走して俺に攻撃を加えたことは二度もあって。その時々は踏みとどまってくれて。

 それなのになんで今はって、そう思った。


 だけどあの時とは違うんだってのはすぐに悟れた。


 目の前にもうゴールが見えている今になって、それでもそういう行動を取ろうとしてしまうという事は、それ相応の何かを。俺からでは分からない、暴走している本人しか分からない何かがエルを蝕んでいるんだ。


 ……それがきっともう戻ってこれるか分からないという言葉なのだろうか?

 ……そのまま俺を殺すまで動き続けるかもしれない……いや、その可能性が高いとどこかで感じ取っているのだろうか?

 ……その詳細は分からない。


 だがいずれにせよ、今エルにはエルをそこまで追い込むほどの何かが蝕んでしまっている。

 もうどうにもならないんだって言う風に思わせる何かが、蝕んでしまっている。


「嫌なんです、私、エイジさんを殺したく――」


「死なねえよ!」


 だけどそれを肯定だけは絶対にしてはいけない。

 そんな事で。エルという存在を終わらせてはいけない。


「俺は死なねえ……殺されねえよ! 俺は、大丈夫だからさ……頼むよ、頼むから……自分で全部終わらせちまう様な真似はしないでくれ!」


 縋るように。懇願するように。押し倒したエルに俺はそう告げた。


 分かっている。

 エルが言った事がどれだけ現実的な事かを本当は良く分かっているんだ。

 俺とエルの実力を比べれば深く考えるまでもなくエルに軍配が上がる。

 俺だって強くなったとは思うよ。だけどそれは今まで持ち合わせていなかった基本的な戦闘技能を身に着けたにすぎないんだ。

 ようやく元のエルと同じ土俵に立てたような状態なんだ。

 だけど今のエルは。暴走したエルは根本的に条件が変わってくる。

 暴走している精霊であるが故の力。詳細は分からないが確かにそういうものがある事が分かっていて、それをエルが振るえるならば、エルの戦闘能力は瀬戸栄治の上位互換と言ってもいい。

 だから……エルこれ以上力を振るえば、本当は圧倒的な高確率でエルに殺される。


 それでも死なないって。死んでたまるかって。だから死ぬなって。そう思った。

 そう……思った直後だった。



 ……そうだ、死ななければいい。



 今まで心を覆っていた靄が一気に晴れるように、俺は一つの答えに辿りついた。


 天野宗也との戦いの時、暴走したエルは俺を優先して攻撃を放った。その理由は一体何かと改めて考え考察してみると、やはりというか当然というか、そんな至極当たり前な仮説が生まれてくる。

 …俺とエルが契約の刻印で繋がっているから。

 互いが互いの道標になっているから。だから暴走したエルは俺に矛を向ける。

 そして今は俺以外に周囲に人間はいなくて、時が来れば異世界へと飛べる場所にも立っていて。


 だとすれば……そのタイムリミットを決めるのは。エルを助ける為のタイムリミットを最終的に決めるのはエルじゃない。


 ……俺なんだ。


 だってそうだ。


 瀬戸栄治という人間が生きてさえいれば、エルと共に異世界へ渡る事はできるのだから。

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