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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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63 久しぶりの感覚

「ごめん、悪い……少しでいい、少しでいいから休憩させてくれ……」


 登山口といえばいいのだろうか。登山者の駐車場として使われていたらしい場所辺りまで来た所で限界が来た。


「別にいくらでも休んでていいと思いますよ。流石にもうこの辺りだとそう簡単に見つからないと思いますし……最悪私に何かあってもこの辺りに巻き込まれそうな人いないでしょうから」


「……じゃあ少し休む」


 久しぶりの感覚だった。

 ここ暫くもトレーニングとかはしてきたつもりだったけど、やはりというかなんというか、情けない姿を晒さざるを得ない。

 果たして駅からタクシーで何キロ稼げたのか。その地点から登山口まで何キロあったのか。それは分からない。でも何にしても長距離を負荷の掛かる肉体強化で走り抜けたんだ。

 以前アルダリアスからレミールまでを徒歩で移動した時も死ぬほど体力を削られた訳だけど、あの時使わなかった肉体強化を今使ってみて確信した。絶対長距離移動に向いて無いわこれ。時間短縮は出来ても疲れ方が頭おかしい。


 ……だけどまあこの手段を取ったのは正解だっただろう。


 いくら人がいないからと言って、車で到達しようと思えば到達できるような地点で普通に世を明かすのは流石に不用心だ。歩いて到達できるような地点はまだ立ち入り禁止区域でもなんでも無かったのだから。

 そもそも山小屋にでも到達しなければアスファルト、もしくは山中の土の上で眠らなければならなかったし。流石にそれはまずいだろう。

 そして何よりも危惧するべきは天候だ。

 どうも今日は全国的に雲行きが怪しい一日になるらしい。いつ雨が降りだしてもおかしくないんだ。

 今のエルを雨に晒すのはマズイだろう。

 ……もっともエルにとって刀に変わっている状態は殆ど負荷がかからないらしく、刀に伝わる衝撃なんかも基本的に影響はないらしい。元より山の中でエルを歩かせるわけにもいかなかったわけで刀にするつもりだったから、エルを雨に濡らさないという最低限の目標は例え雨が降っても問題なかったわけだけど。


「飲みます?」


「ああ、ありがと」


 エルが鞄からミネラルウォーターを取りだして差し出してきたので、それを受け取って水分を補給する。

 ……うん、水って凄くおいしい。今ならこんなにうまい飲み物ないよねって思う位おいしく感じる。


「それにしても……大丈夫ですかね」


「大丈夫って何がだよ。俺はあと少し駄目です」


「あ、いや、それは見たら分かるんですけどね。なんというか、私の方が元気なんじゃないかって思う位疲れ切ってますよね。でもそういう事じゃなくて……」


 エルがこれから進む道に視線を向けるたのでなんとなく言いたい事が分かった。


「中々勇気要りますよね」


「……まあ今までの道も大概だったけど、基本山なんて真夜中から上るもんじゃねえよな」


 正直に言って夜の山は本格的に突入する前から危ない感が凄い。

 こういうのは何だけど、ダンジョンとかいう名称が凄いしっくり来る。異世界を旅していて一度もそんな名前の付きそうな場所に行ってないのにまさかこっちの世界で立ち入る事になるとは……。

 ……いや、一カ所だけそれらしい所に行っているか。


「でもエルは俺に会う前、森の中に住んでただろ? だったら結構こういうの慣れてるんじゃないか?」


「……確かに。でもそれでもなんか怖いなって思うんですよ。やっぱりそうじゃない環境に慣れちゃったんですかね。あの頃は他に怖い事が沢山ありましたし、もうそんな事で怯えてる場合じゃなかったんだと思います。冷静に考えれば私が居た環境も暗くて酷いものでしたよ」


「まあ正常な感覚になったって考えりゃ、怖い事は良い事なのかもしれないな」


「まあそういう解釈もありですかね……いや、怖いのは嫌なんですけど」


 でも、とエルは言う。


「エイジさんとならなんとかなりますかね」


「……そっか。なら良かった」


 エルが笑って言った言葉に俺も笑って返す。


「ならなんとかなるよう頑張るよ。大丈夫だ、今なら熊出てきても撃退できる」


「大丈夫ですか? 既に瀕死状態みたいなんですけど」


「……ごめんちょっと無理かもしれない」


 まあ冗談だけれど。

 流石に疲れました戦えませんってなるようだったら、もうとっくに死んでる。

 終わった後過労で死んでる気がするけど、全力戦闘も問題なくできる筈だ。

 まあ勝てる筈だけど熊に生身で勝つビジョンは全く見えないんだが。


「まあとにかくエイジさんは今は休めるだけ休んでください」


「おう、じゃあ遠慮なく」


 エルの言葉にそう返す。

 ……山登りは今からが本番だ。





 しばらく休んでから再び俺はエルを刀にして動き始めた。

 本格的に山登りとなってくると、身体能力的な意味で肉体強化は不可欠の様に思えた。進んでいけば進んでいくほど分かったけど、素人が何の装備もなく登れる様な山じゃない。

 夜間で街灯もなく正直懐中電灯だけではどうにもならないようにも思えたが、その点は心配なかった。

 風を操作して暗闇の中でも障害物や地形は把握できる。

 だから本来難易度が高いであろうこの山の攻略は、スタミナの消耗が激しい事を除けば比較的容易な物だった。

 比べる物ではないと思うが、生きるか死ぬかの戦いをするほうがよっぽど厳しい。

 そしてそこから一時間近く登り続けた頃だろうか。


「……あった」


 今現在どれぐらいの高さを登ったのかもわからないけれど、ようやく山小屋を見付ける事ができた。

 今の身体能力を考慮して動きやすいように急いで登っていた事もあって正規ルートを通ったかどうかすら分からない訳で、本当はもっと標高の低い地点に山小屋はあったのかもしれないけれど、まあ無事辿りつけたのだから細かい事は良いだろう。

 とにかく荷物を下ろして休む。流石に体力の限界だ。


 俺はフラフラになりながら扉を開いた。

 当然ながら中に人はいない。いてもらっては困る。


「……到着ですね」


 エルが刀から戻ってそう言う。


「山の中にあるってどんな感じなんだろうって思いましたけど、意外にしっかりしてますね」


「まあここで人寝泊りしてたわけだからな」


 そんなやり取りを交わしながら荷物を降ろして座り込んだ。

 ……とりあえずこんなところでいいだろう。態々山頂付近まで登る必要もないし、そもそも記憶が正しければ飯豊山は新潟県と山形県と福島県の境目にあったはずだ。

 流石に今回の精霊の出現ポイントが山形県といっても、あくまで県境は人間が決めたものである以上それにぴったり合わせるように出現ポイントが変わるわけがないと思う。だから男が山形県の出現ポイントから外れる地点を言わなかった時点で山形県は全域。そしてその周辺が出現ポイントと捉えて間違いないだろう。でなければ逆に不自然だ。

 だとしても、それでも確実に山形県内にいた方がいい。とりあえず俺の考えが間違っていなかったとすれば、まだこの地点は山形県のはずだ。

 だから、ここでいい。

 明日も一日ここにいる。たぶんそれがベストだ。


「……布団とかありますかね?」


「あるかもしれねえけど、あんまり綺麗じゃねえかもしれねえな。此処が元々有人か無人かはともかく、少なくとも一年は誰も管理してねえわけだし……で、見た所そんなものが置いてある形跡は無しと」


「まあ贅沢は言えませんね」


「外じゃないだけ圧倒的にマシだよ」


 それに運よくストーブも置いてある。こういうのなんていうんだったか……ダルマストーブ? だっけか。薪くべて使う奴。そして此処が立ち入り禁止区域になる前にここを訪れた人が残していったらしい薪もある。まあ最悪無くても精霊術で風を操れば作れるんだが。

 とにかく使い方は似たようなものを向こうの世界で使った事があるから多分問題ない。何とか寒さは凌げそうだ。本当に外よりはずっとマシ。

 ……そんなやり取りをしていた時、外から雨音が聞こえた。


「……ギリギリでしたね」


「だな。ほんと間一髪。全力で動いて良かった」


 死ぬほど疲れたけど無事辿りつけて良かった。

 ……これで今俺にできる大掛かりな事は全部やった事になるのか。

 エルが確実に正気を保っていられる時間はあと1日半。異世界に飛べるようになるまで二日半。

 ……後俺にできる事はエルが正気を保っていられるように祈る事。

 そして。


「とりあえず流石に寒いしこのストーブ使ってみるか。ちょっと待ってろ」


「使い方分かります?」


「頑張る」


「頑張ってください」


「了解」


 ほんの少しでも、些細な事でもいい。エルを支えてあげる事。それだけだ。




 この日は床に雑魚寝となった。

 当然の事ながらこの日も俺達は二人一緒に眠っている。

 今日、俺達の関係性は少し変わったわけだけれど、こうして二人で眠るという事はいつも通りの事で、それ以上の何かは今日も起きない。

 ……実際にああして自分自身の思いを伝えて、伝えられて。そうしてできた関係性が何も変化をもたらさなかったわけでは無く、今日アレ移行の会話が少しだけ恥ずかしく思えた程度の変化はあったのだけれど。

 そこから先は別にいい。

 そういう事じゃないんだ。


 今は隣りにいてくれればそれでいい。

 隣りで眠ってくれればそれでいい。

 ……生きていてくれれば、それでいい。


 それ以上に嬉しい事なんてない。


 ……だから今はきっと、これでいい。

 この先の事はこれからでいいんだ。

 まだ俺達はこれから先も続いていくんだから。


 ……続いていくと、そう信じているんだから。

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