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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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ex 対策局最強の部隊 下

「争う事になっても……か」


 荒川圭吾は軽くため息を付いてから言う。


「土御門。キミはそれを本気で言っているのか?」


「そりゃそうだろ。コイツは俺達にとってできれば取りたくない最終手段。だが確かに手段として組み込まれた代物だ。伊達や酔狂でこんな事は言わねえ。それだけの覚悟を背負って代表として俺は此処に立っている」


「……そうか」


 荒川は陽介と目を合わせた後、一拍明けてから言う。


「……私に人を見る目があるかと言われれば頷けん。どういう志を胸の内で抱いているかを察する事は私には難しい。だが目の前の人間が覚悟を決めているかどうか位は理解できつもりだ。……どうやらキミは確かに本気でそれをこちらに突きだすつもりらしい」


「分かってんなら話が早い。で、どうする受け取るか?」


 陽介は封筒を荒川に突きだすが、荒川の手が伸びてくる事は無い。


「……しまえ、土御門。それは受け取れない」


「という事は俺達に任せてくれる気になったか?」


「……キミらを無理矢理止めるのも骨が折れる。今の消耗した戦力を更に消耗させるわけにもいかないうえに、キミ達という存在の消滅こそが対策局にとっては大きな消耗となる。それにどうあってもキミ達が動くという事が確定しているなら、事は穏便に済ませるに越したことは無い」


 そして荒川は諦めた様に軽くため息を付いてから告げる。


「分かった。今回もキミ達に任せよう」


「助かるよ、荒川さん」


 そう言って陽介は笑みを浮かべる。

 恐らくというより間違いなく、目の前の男が荒川圭吾でなければこんなに簡単に事は進まなかっただろうし、そもそも何もせぬままに自分達は先日事が露見した段階で除隊させられていただろう。

 だけどどんな形であれこれでまず最初の関門を突破したことになる。


「……キミ達が今回の任務を担う事については私から各隊に通達しておこう。非難は上がるだろうが抑え込む」


「それは頼む。そうでなきゃ俺達がアンタから命を受けた意味が薄れる。アンタには他の連中の抑止力になってもらわないといけないんだ」


「抑止力……か。こうしてキミ達の要求を通してしまっている時点で、大した期待はできないと思うが」


「できるさ。アンタがそのポストに立つに相応しい人間かどうかはともかくとして、心の芯がしっかりしてるのは知ってる。多分アンタが本当に気に食わない事だったら、多分どれだけ悪条件でも自ら出張ってでも俺らを止めてただろうさ」


「……」


「そのアンタが結果として俺達に命を下した。だったらそれがアンタの理想で、アンタが必死に切り替えようとしている現実主義的な思想にも当てはまってる。そうなればアンタはそう簡単には折れねえよ。理想と現実の折り合いがついた今ならな」


「だといいがな」


「だといいじゃない、そうなんだ。そうでなきゃ紛いなりにもこの組織は纏まってねえよ」


 そう言った陽介は踵を返す。


「んじゃまあ俺達に任せてくれるんだったら、さっさと仕事に取りかかる事にするわ。やるべき事は山程あるんでな」


「そうか……後は任せた」


「了解。アンタの分も頑張ってくるよ」


 そう言って陽介は部屋から退出しようとするが、そんな陽介を荒川は引き留める。


「ああ、あとひとつ君に謝っておかなければならない事があった」


「謝る? 何を」


「キミの弟。土御門誠一君の事だ」


「ああ、腕へし折ってボコボコにした件か?」


「いや、腕へし折ったのは私ではないのだが……まあ結局私の攻撃で彼が大怪我を負った事に変わりはない。すまなかったな」


「謝んな。アンタはアンタのやるべき事をやっただけだ。つーかそれでアンタが謝ったら俺もアンタに謝らなくちゃいけなくなる。アンタの頭に巻かれた包帯、つまりそういう事だろ?」


「……いい術にいい蹴りだったよ」


「これからもっと良くなるさ」


「それは楽しみだ」


「じゃあ俺はこれで」


 そんなやり取りを交わして、土御門陽介は局長室を後にした。





「どうだった?」


 局長室を出ると、廊下の壁に背を預けるように五番隊副隊長、神崎修二が立っていた。

 そして報告を待つ彼に陽介は言う。


「うまく行った。これで俺達は妨害なく好きに動けるようになる」


 そんな言葉を交わしながら二人は廊下を歩く。


「それは良かった。ちなみに退職届は必要だった?」


「いや、そうならずに済んだ。後でシュレッターにでも掛けとけ」


「了解。いやぁ良かった。事が終われば危うく皆まとめてフリーターだよ笑えない」


「まあな。下手すりゃパチプロにでも転職するところだった」


「一本数万円のヤクルト飲みまくってる奴が何言ってるんだよ」


「冗談だよ」


「冗談に聞こえないんだよパチンカス」


 でもまあ、と神崎は言う。


「実際フリーターでもやってた方がまだ金の出どころが綺麗な分、人間として真っ当なのかもしれないけどね」


「まあ確かに今みたいな汚ねえ金貰って生きてるよりはよっぽど真っ当だろ。でもまあそれももうすぐの辛抱だ」


「例の犯人捕まえるまでの?」


「ああ。その後俺達は精霊を殺す必要もないクリーンな仕事に就いてる事になる……って待てよ修二。精霊が暴走しなくなったら俺らの仕事ってどうなんだ?」


「……さぁ? どうだろね。だけどその先の未来で何が起きてるかなんてのは分からない。想像ならできるけど……今はいいでしょ」


 言われた陽介は一拍空けてから言う。


「だな。今は少し先の未来より目の前の現実だ」


 目の前の現実。

 エルを殺す。或いは救う為の行動。


「とにかく一旦報告と作戦の確認だ。皆は集まってるな?」


「皆提出する予定もない退職届用意して待ってるよ。僕はキミの迎えだ」


「そりゃどうも」


 そんなやり取りを交わして二人は廊下を歩く。

 目指すは五番隊に与えられている広い会議室。そこに今全員集まって居る筈だ

 そしてそこに向かいながら神崎は問う。


「そういえば誠一君、目を覚ましたみたいだけど寄らなくていいの?」


「お、目ぇ覚ましたか。でもまあそれは全部終わってからでいいだろ。今行くとアイツら……特に茜が無理矢理ついてきそうだ。最悪エルを殺さなきゃいけない様な所にアイツらを連れていくわけにはいかない。アイツらに殺す一端を担わせるわけにはいかないんだ。」


 恐らく武器や呪符は没収されているが、それでも魔術は使える。多分自分達が動くとなればあの二人は付いて来ようとするだろう。

 それでも連れていった先で高確率で起きるような事を見せてはいけない。


「これ以上アイツらを不幸にはさせたくないんだ」


 少し思い返してみた。

 それは多発天災の記憶だ。

 土御門陽介が所属していた鹿児島支部の管轄内で絶望的な数の精霊が出現した。

 その精霊の内の一人が超巨大なドーム状の結界を展開。その精霊を殺すまで救援も期待できず脱出する事すらできない。そんな陸の孤島に閉じ込められる事となった。

 そんな中で、自分は守りたいものをほぼ守る事ができた。共に戦う仲間。仕事で共に苦しみ、それを乗り切れば嫌な事を忘れるように居酒屋で馬鹿騒ぎをする。そういう仲間は皆まだ自分の周囲で一緒に戦ってくれている。守れなかった物は沢山あったけれど、土御門陽介一個人として守りたかった物は守り抜けた。


 だが土御門誠一や宮村茜はどうだろうか。


 二人にとって友人と呼べる様な間柄の人間は、血なまぐさい世界ではなく普通の学校にいた。

 ……今はもうその大半がいなくなっている。殆ど精霊に殺された。

 そして茜はそれまで彼女を突き動かしていた意思を粉々に砕かれ、誠一もそれまで踏み入れずにいたのに精霊を殺させてしまった。

 きっとそれだけじゃない。端的に把握している自分が思っている以上に二人は心に傷を負っている。


 そんな二人から更に奪うわけにはいかない。


 ……基本的にエルは助けられるべき存在で、感謝もして同情もしている。だから助けなくてはならなくて。

 瀬戸栄治も助けるべき被害者だ。

 その二人を助ける為に自分達は動いている。

 だけどそれだけじゃない。私情なんてのは本来入れては駄目なのだけれど……それは分かっているけれど。


 土御門誠一と宮村茜の為にも、二人には助かってもらわなければならない。

 救い上げなければならない。


「大丈夫、僕達ならできるさ。あの地獄を乗り切ったんだから」


「だな。よっし、一丁頑張りますか」


 そして逃避行の裏側で彼らは動きだす。

 守りたい物全てを守り通す為に。

 

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