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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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ex 対策局最強の部隊 上

「まず最初に報告がある」


 局長室にやってきた土御門陽介は荒川圭吾の問いにそう答える。


「報告? 何か掴めたのか」


「瀬戸とエルの潜伏先を掴んだ」


 今現在、対策局内の魔術師は全ての元凶とも言える魔術師の捜索と、逃走した瀬戸栄治とエルの行方を同時に追っている。

 そしてその捜索に臨んだどの部隊もみな同じ様に、影も形も掴めずにいた。

 そんな中でのその報告は、現在の対策局にとってあまりに大きな報告だった。


「本当か土御門!」


 今まで落ち着いた素振りを見せていた荒川が思わずという風にそう声を上げる。


「ああ本当だ。っても大雑把な場所を把握できただけだがな」


「それで充分だ。よくやった、土御門」


「俺は何もしてねえよ。やったのはウチの真っちゃんだ。褒めるならアイツ褒めてやってくれよ」


「では良くやったと伝えておいてくれ。それで、二人はどこに潜伏している。早急に部隊を編成して向かわせなければ」


 荒川が当たり前の様に聞いた問い。

 だがしかし土御門陽介はその問いに言葉を返さない。


「……どうした土御門」


「荒川さん。アンタと交渉がしたい」


 代わりにそんな言葉を投げかけた。


「交渉?」


「今回の瀬戸とエルの対処を五番隊に一任してくれ」


「なに?」


「全部俺達に任せてほしいって言ってるんだ」


 荒川が怪訝そうな表情を浮かべる。

 それもその筈だと土御門陽介は考える。

 何しろ秘密裏に動き精霊の情報を上層部に隠していたが故に現状エルに関する管轄権を失っている部隊が、再び自分達に任せろと言っているのだ。

 いくら荒川圭吾といえどそう簡単に頷きはしない。

 荒川は軽くため息を付いてから答える。


「普段のキミ達ならば二つ返事で快諾できただろうがな……だがキミ達五番隊はエルが暴走する可能性を隠した前科がある。もし今度も彼女を救う為に破滅的な行動を取られれば、最悪取り返しがつかない事だって起こりうるかもしれない。だから――」


「だから任せられない……か。だがもし俺が破滅的な行動を取ってまで助けようとしているんなら俺は昨日、天野じゃなく宮村の方に付いていたとは思わねえか」


荒川の言葉を遮って陽介は言う。


「あそこで天野が間に合っていれば瀬戸にとってはそれが詰みの一手。そんで一度の失敗は二度目を起こさせない為の対策という形で響いてくる。もし俺がその気なら俺は絶対に天野の方についちゃいけないかったんだ」


「ならキミはもう彼らを救うつもりはないと言っているのか」


「そんな分かりやすすぎる嘘なんてつかねえし、そんなくだらねえ嘘で信頼を勝ち取りたいとも思わねえ」


 正直に言う、と陽介は言う。


「俺は俺が思う最善のやり方でエルを救う為にアンタに交渉しにきた」


「……やはりな。それで自分達にやらせろと」


「ああ。アンタらが今この状況に至っても真剣にエルを救おうとしているのは知っている。今だに多くの魔術師が、精霊を暴走させている犯人をエルのタイムリミット前に見付けだそうとアンタの指示で動いてくれているのは良く知ってるんだ。だが現実的な話、残り時間での解決は不可能に近い」


「……昨日天野と共にその犯人を捜していたキミがそれを言うか」


「あの時点でそれしかできる事がなかったからな。それしか希望がなけりゃ縋るしかねえだろ。だが他に選択肢があるならもうあんな無駄な事はしない。犯人探しなんてのはそれだけ成功率の低い策なんだよ」


 影も形も掴めない訳では無い。きっと影は掴んでいる。そこまでは掴めた。永きに渡り精霊を暴走させ続けてきた何物かの片足を確かに掴んでいるのだ。

 だがそこから先へは到達できない。

 そして仮に到達できたとしても。残り一日と少しで全てを解決へと導くのは不可能だ。

 だから現実的にエルが救われる可能性がある方法は、瀬戸栄治のが狙っている異世界への転移以外他にない。


「現状の対策局の策は、あと一日半経過すればエルを殺すっていう、ただそれだけのどうしようもねえ作戦でしかねえ。発見して生かしたまま確保するような命が出ていても、最終的に殺す事しかできない」


「……」


「その通りだろ荒川さん」


「……そうだな」


 荒川は認めるようにそう答えて、一拍明けてから続きを述べる。


「キミの言う通りほぼ不可能と言ってもいいのかもしれない。現時点でなんの進展もない以上、その先の結果もある程度の予測は可能だ。我々はエルが周囲に被害を及ばさないように身柄を確保する。そして時間が来れば殺す。それだけしかできないのかもしれない」


「だから俺達に任せてほしい。オレ達だから救えるなんて自惚れた事は言わねえ。だけど救える可能性はある」


 陽介の言葉に荒川は一拍空けてから問う。


「ちなみに聞くがどうするつもりだ」


「エルを殲滅するための包囲陣を作る」


 当たり前の事を言うように、陽介はそう言った。


「……今殲滅と言ったか?」


「言ったよ。捕らえにいく部隊じゃない。殺しにいく為の部隊を編成する」


「……キミは救うつもりなのか、殺すつもりなのかどっちなんだ」


「基本的には殺す方向性だ。今この状況でアイツを助ける事に重きを置くことこそがアンタの危惧する破滅的な行動だと俺は思う。だからあくまで俺達は作戦の流れで助けられるなら助ける。無理に助けようとはしない」


「……」


「まず最初に第一のタイムリミットを設ける」


 複雑な表情を浮かべる荒川に対し、陽介は涼しい顔で作戦概要を話始める。


「そのタイムリミットは対策局が定めた薬の効果が保証できる残り一日。その時点て街の中にでもいるようなら、人払い使って辺りの人間散らした後、エルを殺す」


 だが、と陽介はその抜け道を提示する。


「暴走した瞬間に辺りに死人が出るような場所にいなければ話は変わってくる。例えばそう……山の中とか」


「……確かに人がいる可能性は低いか。それで、その場合はどうする」


「瀬戸とエルを囲む様に遠方に各班を配置。そして瀬戸達と俺達が陣を張るポイントの間にデッドラインを定める。そこを暴走するエルが越える様な事があれば、そこから先は殲滅対象だ」


「なるほど……つまりタイムリミットを限界まで引き伸ばすと」


「ああ。これなら確率的に薄い事には違わねえが、犯人探し続けるよりも可能性はある。そしてその薄い確率に漏れても被害は出さない」


「……確かに策としては悪くない。人手が足りるのかという点を含め言いたいことがない訳では無いが、それでも君達なら戦力的に申し分ないだろう。何しろ君達は対策局最強の部隊だ」


「そりゃどうも。で、そういう事なら俺達に任せてくれるか?」


 その問いに一拍空けてから荒川は答える。


「……いや、今回ばかりはキミらには任せられない」


「……」


「理由は先に述べた通りだ。キミ達がキミが語った通りに動かない可能性を否定できない。例えば最初のタイムリミットの件。そこで彼らがまだ街中に居たとして、キミらに殺せるか? 私はそこから作戦をねじ曲げると考えてる」


「アンタにここまで疑われるとはな」


「まあ自分で言いたくは無いが私もざるだ。それでもざるにも網目はある。引っ掛かる事もあるさ。それに……場所さえ分かれば五番隊に頼らなくともその策を実行に移せる」


「……」


 確かにその通りだ。

 寧ろ五番隊単体で行うよりも、荒川の指揮の元現地の支部の人間を交えて事の対処に当たる方がより確実に事が運ぶだろう。

 ……だが


「一体どの班を動かすつもりだ」


 今対策局は一つの問題を抱えている。


 先日、新宿に出現した精霊の処理にあたった四番隊が重傷者多数で半壊している。

 加えて昨日の瀬戸栄治の救出劇により荒川が率いた各班から募った精鋭が、一人を除きすぐには動ける状態ではなく、荒川を突破した先で瀬戸栄治を止めようとした魔術師の多くが負傷。

 加えて……一つ深刻な事態も発生している。

 エルという精霊が現れた事により、精霊を殺す事に対する嫌悪感が限界に達して離職する魔術師も多くいた。

 故に対策局本部は今人手が足りていない。


 だがそれでもまだ非常事態ではない。組織は通常通り運用で来ている。もし今深刻な程に人手が足りていなければ今頃各支部から応援を募っている。

 だから精霊から都市を守る部隊としては何の問題もない。

 問題なのは今回の一件に限った事。


「今動ける連中の中にまともな人間がどれだけ残っている」


「……皆、まともな人間だとは思うが」


「そりゃ人間的に終わってるような奴は此処には殆どいねえだろ。そういう事じゃねえんだ。今まともに動ける人間の中で、今回の件に対処できるレベルの魔術師をピックアップしてみると最悪な事が分かった」


「最悪な事?」


「動ける実力者がどいつもコイツも精霊を嫌っている様な連中ばかりだ」


 それはまさしく偶然の事ではある。

 だが現実にそういう事が起こってしまった。

 動かせる人員はいる。だがその中核を担える人間に、精霊を助ける事もコンセプトに組み込まれた作戦を任せられる人間が居ない。


「アイツらが動けばそれこそ作戦がねじ曲がる。勝手な現場の判断で勝手に物事を終わらせられるんだよ」


 天野宗也は結果的に自らの行動に私怨は挟まなかった。

 だが精霊に悪意や嫌悪感を向ける派閥の魔術師の全てがそういう人間な訳では無い。今まで大人しくしていた連中が殲滅命令という大義名分を受け取れば最悪な方向に事が運ぶ可能性も十分に起こりうる。

 それだけは絶対に阻止しなければならない。

 だから交渉に出た。


「だから俺は荒川さんが俺達に今回の件を任せると命令しない限り、俺達が掴んだ情報を公開するつもりはない」


「……それを教えろという命令を下してもか」


「そうなってくりゃ俺達にも考えがある」


 そう言って陽介は内ポケットから封筒を取りだす。


「なんだそれは」


「退職届だよ。今誠一と宮村以外の全員が提出する準備ができてる」


「そんな物を用意してどうするつもりだ」


 そしてその問いに対し、土御門陽介は宣言する。


「アンタがこっちの要求を飲まなければ俺達は好きに動かせてもらう……最悪アンタらと争う事になってでも」

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