ex 立役者
作戦はうまく行った。
エイジが荒川圭吾とその部下を突破した直後、土御門誠一は構えを取りつつそう考えた。
エイジがエルを連れて部屋を出てくるまでに、荒川達が動く前に一対一で話ができる状況にまで持っていった。
そこから酷い芝居だったかもしれないけれど、それでも結果的に荒川圭吾を結界の中に閉じ込める事に成功した。
相手を結界内に閉じ込め、内部の重力を操作して一時的に相手の動きを阻害させる。
かつて茜と精霊を安楽死させる為に動いていた際に、精霊を傷付けずに動きを止める為に会得し実用レベルまで磨き上げた切り札の一つ。
だけど分かっていた。
腕をへし折ってまで下準備したその切り札も、目の前の次元の違う相手にはろくに通じないという事も。
だからすぐに動いた。まだ自分の役目は終わっていない。
エイジが荒川の勢いが部下の魔術師によって殺されてしまっている間に、結界をあっさりと荒川に破壊された。
そして結界を破壊させた矛先は必ず瀬戸栄治という標的に向く。加えてエイジが封じ込めていたらしい魔術師の一人が風で作られた防壁を破壊し突破した。
そんな中で土御門誠一は右手に呪符を構えて荒川圭吾に跳びかかる。
そして結界を破壊し、そのモーションで僅かに隙を見せた荒川に跳び蹴りをぶちかます。
そして直後に呪符をアサルトライフルの射線上に投げ込み結界を展開。エイジに向かう銃弾全てをその結界で防ぎきる。
その次の瞬間、エイジが他の魔術師を薙ぎ払い通路に出た。
突破したんだ。
「……よし」
構えを取りながら、土御門誠一はそう言って笑みを浮かべた。
エイジが去り際に部屋の入口に風で防壁を作った。そしてエルを剣に変えた時のエイジの速度が凄まじい事は理解している。だからこの先で他の魔術師がエイジの足止めを計ったとしても、荒川圭吾が追いつける可能性は薄い。
だから……今からやるべきことはただ一つ。
その薄い可能性を更に薄めてやる事。
アサルトライフルを手にした魔術師がこちらに銃口を向ける。
そして荒川圭吾もまた、立ち上がった。
「友人の為にここまでやれるか」
まるで荒川はあとは自分がやるとでも言うように、アサルトライフルを持つ魔術師を手で制した後、その場から姿を消す。
否、そう感じさせるほど神速で、急接近してくる。
「若いな」
そう言って放たれた剣撃の速度を結界を張り僅かに殺して辛うじて躱し、荒川に対し無事な左手でアッパーカットを放つ。
だが振るった筈の刀がもう戻ってその拳を受け止める。
次の瞬間、荒川は足元を強く踏みつける。
そして腹部に激痛。地面から結界が勢いよく誠一の腹部目掛けて生えてきたのだ。
それに弾き飛ばされる形で体が宙に浮く。
そして目の前にはそんな自分に刀を振り下ろそうとする荒川圭吾。
咄嗟に攻撃を防ごうとしたが、咄嗟に利き腕はへし折れていて動かない。
故に刀は振り下ろされた。
「だが今はそれでいい」
そんな言葉と薄い笑みと共に。
あの場での土御門誠一の記憶はそこで途切れている。
おそらくは自分でも気付かない程に、限界に近い所で立って居たのだろう。その状態から意識を奪うのに荒川圭吾の剣撃は十分すぎるものだった。
そしててを覚ました彼が最初に目にしたのは白い天井だった。
(……医務室か)
徐々に意識が鮮明になっていく中で、荒川の攻撃で気を失い対策局内にある医務室に担ぎ込まれたのを察した。
……そして自分が眠っている中で一連の奪還作戦の決着が付いた事も察した。
そして自分の知らない結果を求めるように勢いよく体を起こそうとして――
「いでででででででッ! いってええええッ!」
寝起きの体に訪れた突然の激痛に思わずそんな声をあげた。
全身に激痛が走り、なにより利き腕である右腕の痛みが酷い。
そして一番の激痛を放つ右腕に視線を向けると……。
「完全に重症だなおい」
右腕には厳重にギプスが嵌められている。
まあ思い返してみれば、右腕は栄治の攻撃を受け止めた時に向いてはいけない方向を向いていた訳で……まあ間違いなく粉砕骨折あたりはやってるだろう。
それで後の怪我は壁に叩きつけられて背中をやったのを初めとして、荒川の結界攻撃や剣撃。そして床に叩きつけられてと中々に危険な攻撃を受け続け、全身打撲にそこら中の骨を折るか罅が入るかしている。
あの戦いの中の様にアドレナリンがじゃぶじゃぶ出ていればまだ耐えられるが、そうでない今は相当な苦痛だ。
作戦を伝えた際重症程度と栄治に伝えたが、いざこうなってみると重症は重症であって程度とかいう軽い言葉で語れる症状ではないというのを今更ながら実感する。
(ま、まあ俺の事はどうでもい……いや、正直よくねえけど、今は別にいい。んな事より栄治とエルはどうなった)
無事に対策局から脱出できただろうか?
そして脱出できたとして、天野宗谷と遭遇するような事態は避けられただろうか?
それに関しては茜がうまくやったかどうかに大きく左右される。
(……というかアイツ俺みたいに大怪我負ってねえだろうな?)
茜は天野宗谷を足止めするために動いていた。故にほぼ間違いなく天野宗谷と戦っていた筈だ。
昨日茜と共に天野と戦った時は自分も軽症ですんだし、茜に関してもそれは同じだった。そうできるだけの技能を天野宗谷は持ち合わせている。だから今回も対した怪我は負っていないのではないかとも思うが、前回が天野を倒しにかかったのに対し、今回は時間稼ぎ。そうなってくると天野の戦いかたも変わってくるだろうし、同じような結果にならない可能性も十分ある。
「……」
過去に何度も茜の痛々しい怪我を見てきた身からすれば、もうそういう茜は見たくない。見ていられない。
だがその心配に関しては、その答えが直接誠一の元へとやってくる。
「あ、良かった誠一くん意識戻ってる」
医務室の扉が開かれ、茜が顔を覗かせた。
(……見た所たいした怪我してなさそうだな。良かった)
その事に安堵しながら言葉を返す。
「うっす」
「いやぁ、中々目を覚まさないからちょっと心配したよ」
何かが入ったビニール袋を手にした茜はベッドの隣りに置かれた椅子に腰かける。
「……俺、どんだけ寝てた」
「まあ丸一日も経ってないよ。今は誠一君からすれば翌日のお昼って所かな」
「結構経ってんな……まあ色々とその間にあった事を知りたい訳だけど、とりあえずこれだけ教えてくれ。栄治とエルはどうなった?」
「無事逃げられたみたいだよ」
茜がそう言ったのを聞いて安堵し、自然と肩の力が抜ける。
そしてそんな誠一に茜は言葉を続ける。
「天野さんがギリギリの所まで迫ったそうだけど、瀬戸君がビルの屋上から屋内に入って行方不明。エルちゃんと瀬戸君が発していた精霊の反応も直前に途絶えちゃってて、今だに潜伏場所が掴めてないみたい。うまくいったみたいで本当に良かったよ」
茜も安心した様な表情で詳細を教えてくれた。
栄治との打ち合わせの通りならば、栄治はイルミナティの男から受け取った鍵を使って姿を消したのだろう。そして気配を消す道具を使って対策局の補足を逃れている。
「そうか。まあとにかく俺達の作戦は一応の成功を収めたわけだ」
「ギリギリって事は誠一くんが頑張ったおかげだよ。お疲れ様」
そう言って茜は誠一に笑いかける。
果たして貢献度として自分がそんな言葉を掛けて貰えるほど大きかったのかは分からない。
だけど今くらいはその言葉を素直に受け取ってもバチは当たらないだろう。
僅かな手助けしかできていないけれど、それでもようやく勝ち取れた勝利に違いは無いのだから。
「ありがと」
そしてその勝利の立役者は自分だけではない。寧ろ自分よりも圧倒的に難しい事をやってくれた者がいる。
「んでお前もお疲れ。お前が天野さんを抑えていてくれなかったらどうにもならなかった」
「じゃあお互い頑張ってうまくいったって事で。よし誠一君、ハイタッチだ。右手出して、イエーイ!」
「いや俺の右手えらい事になってんの見えるよね!? 動かねえよ!?」
「知ってるよ。誠一君の腕粉砕骨折してるらしいよ?」
「よく知ってんじゃねえか!」
「だけど頑張れなせばなる!」
「なせばなってもなさねえよ?」
言い返して軽くため息を付いた後、とりあえずある程度まともに動かせた左手で茜とハイタッチして、それから一息付いてから誠一は茜に言う。
「……とりあえずお前が俺みたいな怪我してなくてよかったよ」
「でもまあ危なかったよ。一昨日戦った時はうまくこっちが大怪我負わないように配慮してくれたけど、今回天野さんにも時間がなかっただろうし、こっちも防御主体で戦ってたからね。天野さんは鋭い攻撃を放たざるを得ないって感じ。だから正直、あのまま戦ってたら、私も誠一君みたいに寝てたかもね」
「あのまま戦ってたらって、そっちは何があったんだ?」
まさか茜が途中で戦線離脱するような事をしたわけではないだろうし、という事は何かが起きたのだろう。
「妨害されたんだ。というより乱入って言ったらいいのかな?」
「乱入? 誰が」
「陽介さん」
「兄貴……兄貴がお前の味方に回ったって事か? いや、でも妨害って事は……まさか」
「なんだろうね。てっきり味方してくれるのかなーって思ったんだけど、まさかの敵に回られた」
「……」
「おかげで天野さんが私を交わしてエルちゃん達の方へと向かって戦闘終了。追いかけようとも思ったけど……あの人数が相手じゃね。流石に無理があるよ」
「あの人数って、神崎さん達が加勢に来たって事か?」
「ううん。誠一君以外の五番隊の人全員」
「……」
「誠一君、これについてどう思う?」
尋ねられて考えてみるが……果たしてどういう事なのだろうか?
誠一はその言葉を聞いて考えを考えを巡らせる。
土御門陽介を始めとした5番隊の人間は対策局を欺くという大きなリスクを負ってまでエルを助けようと動いていた筈だ。
そして瀬戸栄治がエルを対策局内から連れだそうと動きだしたのは皆が知っている筈で、そうなってくればそこで天野宗也を止められるかどうかが全てのターニングポイントになる事は理解している筈だ。
なのにどうしてその局面で天野の味方をしたのか。
……だけど少し考えて来れば一つの仮説位は浮かんでくる。
結局掌で回せているつもりだった今までと、完全に自分達の掌から零れ落ちた今。今と以前じゃ状況が違う。もう一線を超える何かがあった時、自分達の手で始末を付ける事のできる段階を超えてしまっている。
決して自分の兄は楽観的だとしても破滅的な行動を取る事は無い。
故に深層心理的な所で言えばこちらの味方だとしても、実際もうそうする選択肢は潰えてしまっている。
……そういう仮説。
……だけどそれは仮説だ。
「……正直エルを助ける事を諦めたのか、それとも何か考えがあった上の行動なのか、俺にはよくわからねえ。わからねえ位に兄貴達の立場もややこしいし、兄貴の思考回路を読み切れるだけの洞察力を俺は持ち合わせていない。だけど後者であってほしいとは思ってる」
「そっか。私も誠一君と同じ……できる事ならそうであってほしいよ」
「その兄貴は今どうしてる?」
「……とりあえずまこっちゃんさんを中心にエルちゃん達の居場所探しているみたいだけど……それは他の部隊の人も同じだから。結局何をしたいのかはよめないかな。まあ探りにくいってのもあるんだけど……今私達、謹慎処分って感じになってるから」
「……まあそりゃそうだろうな。寧ろよくそんだけで済んだよ」
自分達のやった事を考えれば、寧ろその位の処分は軽い部類に入るだろう。
「まあ黙ってエルちゃん絡みの情報隠蔽してた陽介さん達もあの体度の処分で済んでるわけだし、こんなものかなとも思うけどね。いや、改めて考えても緩いよね荒川さん。なんか普通に誠一君の事心配してたよ?」
「……いや、処分の軽さも心配してくれたのもありがたいけど、組織のトップがそれでいいのかよ」
思わず苦笑してしまう。
「で、具体的に謹慎ってのはどう制限がかかるんだ? 実際なった事ねえから分からねえ」
「まあたいした事は無いよ。刀と呪符は一時的に没収されたのと……今回の件が終わるまでちょっと外出に制限掛かっちゃった位かな」
「外出制限って地味に面倒な制限だな」
これでこれ以上何かをするという事を封じられた訳だ。
「まあ私達野放しにしたら何するか分かんないって事だろうね。というか地味に面倒って、誠一君暫く動けないじゃん」
「……まあな」
もっとも茜の言う通り、もう誠一には関係のない事だけれど。
魔術の中に精霊術でいう回復術の様な物はない。
故に怪我をした魔術師は通常の治療と魔術による肉体強化で微増した自然治癒能力で怪我を極力早期に直していく事になる。
(……とりあえずせめて動ける位にはしとかねえとな)
その外出制限が解ける頃。エイジとエルが異世界へと向かった後。
自分達はこの世界を変えるような戦いに挑まなければならないのだから。
「……で、茜。その袋は?」
茜が持っている袋について訪ねてみた。
「ああ、実はちょっと外出てきてね」
「あの、外出制限とか言ってなかったか?」
「私が戻ってこなかったら誠一君をどうしても構いませんって」
「あの、人を勝手にセリヌンティウスみたいに扱うの止めてくれる?」
「そして私は録画予約をしわすれた番組の予約を入れにダッシュ!」
「待ってセリヌンの命軽すぎる!」
「でもいくらなんでもセリヌンに申し訳ないと思ったメロスは迫る時間の中お土産を買っていく事に」
「いやまっすぐ! まっすぐ帰って!」
「そのお土産がこのリンゴです」
「oh……」
「……」
「……」
「……色々と冗談だよ?」
「じゃなかったらお前が怖いよ」
まあ漫才みたいなやり取りは置いておいて。
「まあ実際行動制限は付いてるけどそこまで強い物じゃないんだ。ただちょっとどこにいるか発信機で把握される位。で、普通にスーパーにリンゴ買いに行って100均で果物ナイフ買ってきた。お見舞いの品だよ」
「あ、ありがと」
「今むくね」
そう言って茜は買ってきたリンゴをむきはじめる。
「うさぎにでもしてあげようか?」
「いや、いいよ別に」
「じゃあ土星にでもする?」
「え、なにそれ見たい」
「私も見てみたいなー」
「できんのかい!」
「できないから普通にむくね」
そう言ってリンゴの皮をむく茜は、ふと誠一に言う。
「誠一君。今回は止めなかったけどさ……もうそういうの止めてね」
「……腕の事か?」
茜は頷く。
「それお前が言える事じゃねえだろ」
苦笑しながら誠一は言う。
何度も何度も死にかけた茜が言える話じゃない。
「まあそうだけどさ……」
「でもまあ分かった。もうしない。というよりしなくていいようにする」
だけど実際エイジにも、今こうして茜にも心配を掛けている様に、取らなくていいなら取らないほうがいい手段なのは間違いない。
誠一は一拍明けてから言う。
「こんな馬鹿げた事をやらざるを得なかったのは、単純に俺がお前らの戦いについていけねえ様な雑魚だったからだ。だったらもっと強くなればいい。あんな真似しなくてもアイツらやお前の助けになれるように強くなればいい。そうだろ?」
「……そうだね。応援するよ」
「おう、応援してくれ」
そう言って誠一は笑みを作る。
ああそうだ、頑張ろう。もっと強くならなければいけない。
自分たちの戦いはこれからなのだから。
「じゃあ怪我が治ったら少し特訓しようか。私、手伝うよ」
「よろしく頼むわ」
「だったら早く治って貰う為にも暫くは私は誠一君の看病に徹するよ」
「……悪い」
「暇だろうから一晩中話し相手になってあげよう」
「眠らせろ! お前早く治させる気ねえだろ!」
「さあどうでしょう?」
「そこは否定してくれよ!」
「まあまあ。ほら誠一君、りんごむけたよ」
「おう、ありがと」
「ほら、食べさせてあげよう。あーんして」
「……自分で食うよ。左手使えるし」
「じゃあ左腕も折ろっか」
「何故に!?」
「えい!」
そう言って茜は爪楊枝に刺したリンゴを誠一の口に突っ込んでくる。
「おいしい?」
「……おいしい」
確かにおいしい。
そしてリンゴを噛む誠一に茜は言う。
「誠一君。改めて……お疲れ様」
「ああ」
こうして二人の親友。勝利の立役者達の戦いは一旦幕を閉じる。
そして代わりに一つの戦いが幕を開けた。
「それで、話とはなんだね」
防衛省精霊対策局の局長室にて荒川圭吾は客人の名を呼ぶ。
「五番隊隊長、土御門陽介」