58 突き抜ける暴風の如く
荒川さんの足元に現れたのは巨大な魔法陣だ。
そしてそれが魔法陣だと認識した瞬間、荒川さんを中心に箱状の結界が展開され、その中の荒川さんはまるで重力に押しつぶされるように体制が低くなる。
「立ち止んな行け栄治! 長くは持たねえぞ!」
誠一が荒い息でそう叫んだことにより、俺は意識を出入り口へと持っていく。
今は荒川さんに有効打を与えるチャンスだ。だけど違う。荒川さんと戦うのは目的までの過程にすぎない。
やるべきことはこの場を突破する事。
「ああ、後は任せた!」
短くそう答えて。またいずれ会う時までの最後の言葉としてそう答えて。俺は荒川さんを避けるように出入り口まで走りだす。
だがまだ壁はいる。荒川さんが連れてきた魔術師が……多分エルを刀にしていない時の俺に匹敵するかそれ以上の実力を持つであろう魔術師が、まだ目の前に三人いる。
だけどたかが三人だ。そして内一人はまだ風の防壁に閉じ込められたまま脱出で来ていない。
つまりは実質二人。
同時に攻撃をを喰らった所で。その全てを無視した所で……そんな事では止まらない。
止められるようならこの世界に帰ってきていない。
だからこのまま突っ込め!
風の塊を作りだして踏み抜き、正面入り口に向けて加速。
だがそれを阻むように次の瞬間目の前に黄色の結界の壁が展開され、入り口を塞ぐように移動してきたアサルトライフルを手にした魔術師がその結界に呪符を張りつけた。
直後結界に大きな亀裂が勢いよく走り、代わりにこちらの勢いを殺して押し返す程の衝撃波が呪符が張りつけた結界から放たれる。
おそらくあの結界は攻撃を任意の方向に威力を底上げして任意の方向に弾き返す様な、そういう術式。訓練でそういう術がある事だけは頭に入れている。
その術だった場合、使用したのが天野や宮村。荒川さんクラスの術者であれば攻撃を弾き返される可能性はあるが、そうでなければ確実に破壊できる自信がある。故に本来の使用法で使えばただの結界にすぎない。
故に元からその狙いだったのか、それに気づいた咄嗟のフォローだったのかは分からないが、その選択は多分正解だ。結界をギリギリ破壊しない程度に調整された威力だったであろう呪符による術式は、その結界が放てる最大出力の攻撃を放たせる事に成功している。
故に俺の勢いは激痛と共に殺される。
ダメージは問題ない。死ぬほど痛い激痛程度だ。
両腕も両足も無事。それさえ無事なら大丈夫だ。出入り口への到達が僅かに遅れる事以外に支障はない。
だがその僅かな時間で戦局は動く。
直後、失速しながらも刀を振るい目の前の罅だらけの結界を破壊した瞬間、後方からも結界が砕ける音がした。
後ろで何が起きたのかを理解するのは容易だ。誠一の張った結界が砕かれた。俺を止める為に荒川圭吾が再び動き出した。
勢いを殺され、更に結界を砕く際に生まれる僅かな時間。それが合わされば荒川さんに止められる可能性は十分にある。つまりは十分すぎる時間を稼がれてしまったわけだ。
そして同時に一人を閉じ込めていた風の防壁が破られたのが分かった。今突破できなければ荒川さんが自由になっている上に、厄介な敵が一人増える。
だけど、もう荒川さんとその魔術師は意識から外した。
大丈夫だ。
なにせ俺の後ろには土御門誠一がいる。
だから……目の前の敵を突破する。
考えるのはそれだけでいい!
「「っらああああああああああッ!」」
叫び声が重なった。
そして後方から天野さんの攻撃は無く、風の防壁を脱出した魔術師の方からは銃弾が結界に阻まれるような金属音が聞こえる。
その金属音と同時に一閃。結界を壊されるまでの僅かな時間で臨戦態勢を整えた魔術師達の攻撃を掻い潜り薙ぎ払った。
そして間髪空けずに全速力で部屋の外へと跳び出す。
そして直後に体を捻って後ろを向き、刀を全力で振るい出入り口を風の防壁で塞ぐ。
その防壁越しに見えるのは、折れた片腕をぶら下げて構えを取る誠一。
「……ありがとう、誠一」
改めて本人にそれを告げるのはもっと先の事になるけれど、それでもそういう言葉を口にして、足元に風の塊を作りだした。
それを踏み抜き加速。そんなスタートで切りだし、部屋の外へと抜けて今まで来た道を全速力で戻り始めた。
そこから先も当然の様に対策局の魔術師が待ち構えていた。
だが先と状況が違うのは、荒川圭吾の様な柱が居ない事だろう。
攻撃の雨が降ろうと力押しでどうとでもなる。
これが異世界の人間が相手ならばそう簡単に行かなかったかもしれない。何せ異世界の人間は……あの業者の人間達は本気で俺を殺すつもりでぶつかってきていた。
だけど目の前の人達は、止めるつもりでそこに居る。
止めるつもりでいてくれている。
彼らの攻撃は鋭く無駄がなく、統率が取れた完璧な動きだ。だがこちらを止める為の動きはその戦闘能力を本来ものから著しく低下させる。そうなっているのが目に見えて分かった。
荒川さんが連れてきた魔術師がどうだったかは分からないが、多分普段は人間を相手にする事が無い者が大半だ。全力戦闘以外が必要ない彼らにとって、全く経験のない戦いを強いられているのかもしれない。
だとすれば……丈夫な事が最大の武器である俺を止める事は、目の前の魔術師達にはできない。
故にその全てを駆け抜けるように超えられた。
攻撃を躱し攻撃を弾き攻撃を受け止め、そして道を塞ぐ者を薙ぎ払う。
そして、やがてエントランスまで辿り着く。
まだ俺の行く手を阻むように目の前に対策局の魔術師達は何人もいて、後方からも追ってくるが大丈夫だ。
ただ、目の前を突き抜ければいい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」
雄叫びを上げて正面入り口に向けて突っ込んだ。
目の前に展開された結界を破壊し、正面から放たれた雷撃を躱し、ハルバードと三節棍の攻撃を掻い潜って薙ぎ払う。
そのまま止まることなく日本刀を手にした魔術師の切り払いを飛んで躱して蹴り飛ばし、そして最終的に入り口のドアを突き破る。
そして外に出た瞬間、足元に風の塊を形成。それを踏み抜き正面のビルの屋上まで跳びあがった。
だがここではまだ追撃される恐れがある。
俺は再び走り出し、屋上と屋上を飛び越える形で移動していく。
多分その様は外を歩く人々から見れば異様な光景にも見えるかもしれない。
だけどそれがどうした。どうせ後でどうとでもできるし、できないとしても関係ねえ。
今はとにかく逃げ切る事。それが大事だ。
そして暫く距離を稼いだ後、俺はエルの剣化を解除する。
「それで、一体これからどうするんですか!?」
エルは衰弱していて弱々しい物ではあるものの、それでも慌てている様に俺のそう問いかけてくる。
確かに余裕はどこにもない。今稼いだ距離を詰めてくる魔術師もいるだろう。
何よりいつ天野宗也という絶対に戦ってはいけない強者が現れるか分からない。
とにかく迅速に今やるべきことをやらなければならない。
「エル、手ぇ出せ!」
俺は自身のポケットに入れていた今回の策の要を掴みながらエルにそう言う。
「は、はい!」
エルが咄嗟に左手を差し出してきた。
そしてとにかくエルの指にイルミナティの男がご丁寧に説明書付きで忍ばせていた指輪を嵌めた。
「!?」
それに対してエルは少し驚いた様な表情を浮かべ、そして言う。
「急に指輪ってどういう……それも左手の薬ゆ――」
「エル!」
何かを言いかけるエルの手を取り走り出す。
悠長に説明している時間はない。もうじき追いつかれる。
そしてエルと共に向かうのはビル内部へと続くドア。
そこにイルミナティの男から預かった鍵を捻じ込む。そうすればその先に繋がっているのは池袋ではないどこか。そしてそこにさえ辿りつけば、指輪の効果で対策局からは補足されない。
そして俺は鍵穴に鍵を差し込み、扉を開く。
その先に広がっているのはビルの屋上から繋がっているような景色ではなく、明らかに一般家庭のソレと言ってもいい。
違う場所と繋がったんだ。
「エイジさん、これは……」
「説明は後だ行くぞ!」
そう言ってエルと共に扉の中に入り、そして扉を閉めようとした瞬間だった。
「天野……ッ!?」
視界の奥から天野宗也が空を蹴って猛スピードでこちらに向かっているのが見えた。
……宮村が突破されたか。
その事を思わず口にしそうになったが、それは押し留める。
それを口にすればエルに余計な心配を掛けさせる事になる。
……だけど心の中でとにかく感謝しておく。
そして宮村にも次にあったら死ぬほどお礼を言わないといけない。
……タイミングを考えるに、宮村が天野を僅かでも止めていなければ、多分俺は天野と交戦せざるをえなくなっていたのだとおもう。
そしてそうなった場合、結果は考えなくても分かる。
だから土御門誠一と宮村茜。
二人の協力無しでは此処まで到達できなかった。
そしてできたのだから。到達させてもらったのだから。絶対に無駄にしない。
俺は勢いよく扉を閉めた。
……そしてこの扉が開かれる事は無い。
「……やった」
ようやく張りつめていた緊張が解かれて、壁にもたれ掛かり息を付く。
これからエルに言える範囲で状況を伝えた後、現在地を把握したうえで目的地まで移動。そしてエルの暴走リスクを考えると全く気が抜ける状況ではないのだけれど、それでもこの一瞬位ならいいだろう。
御膳立てがあったからこそ成しえた事ではあったけれど……これは紛れもなく勝利だ。
エルを助ける為の道を、なんとか一歩踏み出せた。
エイジさんが戦闘絡みで一応勝ったと言えるのが約128話ぶりとかいう……久しぶりの勝利回