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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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43 イルミナティ Ⅳ

 男の言っている事の意味が分からなかった。


「出来ないってどういう事だ。何か条件があって、そしてそれを満たしていない。そういう事か?」


「大体そんな所だ。手段は確立していてもまだ実行には踏み切れない」


 誠一の考察に男はそう返す。

 条件を満たしていない。そして今こうして俺達と接触した状態でもまだ駄目だと男は言った。

 だったら俺達に接触したのはその条件を満たす為じゃないのか?

 ……一体何が足りない。

 俺は男に問う。


「一体なんなんだ、その条件って奴は。何が足りない!」


「エネミーを圧倒できるだけの戦力だよ」


「戦力……?」


「そもそも精霊が暴走してしまう様な環境を作らざるをえなかったのは、当時の魔術がまだ発展途上だったからというのが大きい。だが時代が進むにつれ魔術の技術というのは飛躍的に上昇している。今の我らなら精霊に害の及ばない術式を展開する事が可能だ」


 だが、と男は言う。


「新たな術式を過去の物に重ねる事は出来ない。即ち一度前の術を消滅させたうえで新たな術式を構築する必要がある。それがつまりどういう事かわかるか?」


 男の問いに僅かな沈黙が生まれるが、何かが思い当たったのか宮村が答える。


「……新しい結界を張るまで、そのエネミーっていうのが沢山沸き出てくる。そしてそれを抑え込むだけの戦力が足りない」


「そういう事だ。新たな結界を張るまでに掛かる時間は六時間。そしてその六時間エネミーの侵攻を防ぎきれる可能性はたったの72パーセント程しかない訳だ」


「……72パーセント?」


 男の言葉を聞いて思わずそんな声が漏れ出した。

 72パーセント。約四分の三。男の話を要約すればその結界を張り直す為の作戦が成功する可能性は少なくともそれだけはあるという事だ。

 ……無理だというのだから、可能性はあっても不可能に近い物を提示されると思っていた。

 だけどなんだ72パーセントって。そんなの……成功する確率の方が圧倒的に高いじゃないか。


「それだけあれば十分だろ。その可能性の算出が正しけりゃ、十分すぎる程の戦力を用意できてんじゃねえか」


「充分? キミは本当にそう思うのか?」


 男は渇いた笑みを浮かべて一拍空けてから答える。


「どう考えたって不十分だろう。少し冷静になって考えてみろ。この作戦を実行に移せば28パーセントの確率で人類は滅亡する。エネミーや魔術はおろか、精霊の存在そのものを認知していない多くの人間を、そんな不安定な天秤に乗せる事になるんだぞ。キミはそれが分かって充分だと言っているのか?」


「充分だろ」


 俺が間髪空けずにそう答えると、場の空気が凍りついたのを感じた。

 目の前の男からは今まで纏っていた落ち着いた様子の表情が僅かに崩れ、理解できない事を聞いた様な感情を感じさせてくる。


 分かってる。自分が無茶苦茶な事を言っているという事は。

 だけどそんな事はもう今更な話だ。


「それでエルを救える可能性が72パーセントもあるのなら」


 残り28パーセントの事なんて止まる理由にはならない。


「……これは参ったな」


 男は不思議な物を見るような目でこちらを見ながら続ける。


「キミは正しいと思った事を何が何でも実行に移す様な人間という報告を受けていたんだが……まさかとは思うがキミにはその選択が正しいとでも思っているのか?」


 その言葉に俺は思っている事をそのまま口にする。


「間違ってるよ。エルを助ける為だけじゃない。この世界に辿り着く精霊の事を考慮しても、三十億人の人間を天秤に乗せるなんて事が正しい訳がない。精霊には何の罪もないけれど、失敗した場合に犠牲になる三十億人っていう人間の大半も、精霊と同じくなんの罪もない人達だ。理不尽な目にあっちゃいけないんだ。だから間違いだよそんな選択肢は」


 だけど、と俺はまだそこにいるかもしれない自分自身を踏みにじりながら答える。


「だけどそんなの関係ねえよ」


 規模は違う。だけどその結論はもう天野との戦いで出した。


「例え無関係の人間を勝手に天秤に掛けるようなクズみてえな真似をしてでも、俺はエルを助けるよ。例えその方法が1パーセントしかない愚作だったとしても」


 それが俺の答えだ。

 エルを救う。それが何よりも優先すべき事だ。


「これは中々壊れてるな……だがまあそれ程までにあの精霊の存在がキミの中で大きな存在になっているのならば、ある意味安心だよ」


 男は俺の言葉にそんな意味深な言葉を返した後、一拍空けてから男は言う。


「だがキミの覚悟を受け入れるわけにはいかない。戦力が足りない以上、この作戦を実行に移せない。その考えは変わらない」


「だったらその可能性を大きく引き上げられたらどうだ」


 男にそう言ったのは誠一だ。


「俺達はエネミーなんてのが存在している事をしらなかった。俺だって実物見てない以上、結局半信半疑に近いのは変わんねえよ。だが俺達に足りないのは、そういう事に関する知識だけだ。俺達にだって魔術っていう戦う為の力がある。そして対策局だけじゃねえ。世界中各国に魔術師を有する対精霊機関が存在する。集めようと思えば戦力はいくらでも集まるんだ。だったらもっと高い成功率にまで持っていける筈だ」


 確かにそうだ。戦力の問題であれば協力者を増やす事によってある程度解結できる。それで100パーセントに持っていく事ができなくても、大きく近づける事ができる筈だ。

 だが男は一拍空けてから申し訳なさそうな表情を浮かべて答える。


「キミはどうやら我々イルミナティを買い被りすぎている様だ」


「買い被る? そもそも評価なんてものを下した覚えがないんだが」


「……誰が我々だけの戦力で72パーセントもの勝率を手にできると言った?」


「違うのか?」


「……この辺で我々イルミナティについて話しておこうか」


 そして男は一拍空けてから語りだす。

 碌に何も見えてこない自分たちの組織の事を。


「イルミナティの構成員の多くは殆どただの一般人だよ」


「一般人……だと?」


「そう。一般人だ。我々の張っている魔術は多くの人間が常時術式を展開させる事によって保っている。そしてその多くは上の世代から引き継いだ物で、引き継いだ物がまた次の物へと継承させる。そうやって今日までエネミーの侵攻を防いできた」


 だが、と男は続ける。


「基本的にそうして継承されているのは自身を対エネミー用の術式の媒体として機能させる、それだけの事にすぎない。ただそれだけを……その役目だけを引き継いでいるだけなのだ。故に精霊の事を知っていて、エネミーの事を知っている。世界の裏側を知っているだけの一般人。もっとも実際には自身の身を守る程度の護身用に魔術を齧っている者もいるがね、精々がヘビー級ボクサーと1ラウンドなんとか殴り合える程度の力にすぎない」


 つまり……エネミーと直接戦える様な人間ではない。


「それを除けば世界中の戦力をかき集めても対策局という防衛省傘下の対精霊組織とようやく肩を並べられる程度だ。我々の大半は烏合の集。実態はそんな所だよ」


「だったらアンタが言う72パーセントってのはどこからでている」


「当然、この世界が用意できる全ての戦力を集めた上で算出した勝率だ」


「全ての戦力……?」


「我らイルミナティの実働部隊に加え、対策局を始めとした各国の対精霊機関。そして……各国の軍隊だよ。日本ならば軍と読んではいけないのかもしれないが自衛隊という事になる。まあとにかくそれだけの戦力を集めた末に導き出される数値が72パーセントだ」


 そして男は一拍空けてから言い放つ。


「だからもうその数値は揺るがない。いや、違うな……こちらが想定する組織や軍の協力をすべて得た場合の数値がこれだ。そんなに簡単には行かない以上、そこから更に成功率は低下する。だからもう、何をどうしても今の時点ではこの作戦は実行に移せない……エネミーと戦うという方向性は無しだ」


「……」


 俺とっては反論しかない訳だが、それでも誠一と宮村の二人はそこに反論できないでいる。

 ……まあ普通に考えて、それだけの確率で世界が滅びるという事なら慎重にならざるをえない。少なくとも今までの俺だったら間違いなくそうしていた。

 だが慎重になるからこそ見えてくるものもある。そこに固執せずに一歩下がって物事を見られれば、全く 違った解決策に辿り着ける事もある。

 少なくともこの場にいる俺達の中では、誠一が一番そういうことに長けていた。


「だったらそもそも戦わないで済むような選択肢ってのは無いのか?」


 誠一は何か思いついた様に男にそう問いかける。


「何が言いたい」


「アンタは世界の意思ってのが俺達人間を失敗作だって認識してるから、エネミーなんていう化物を生み出しているって言いたいんだよな。んで今のところその世界の意思ってのと反りが合ってないのは精霊を資源と思うかどうか。それ位の事しか聞いていない」


「ああ、確かにそうとしか言っていないな」


「まさかそんな意味わかんねえ事で人間滅ぼそうとしている訳じゃないんだろ? 何か他にはっきりと人間を失敗作だと断定してくる様な要因が俺達の方にあったっておかしくない。ここまでお前が語った事が

真実なんだとすれば、これに答えるだけの知識だってある筈だ……教えてくれ。一体世界の意思ってのは人間の何が気に食わない?」


 それを聞いてどうするのかと一瞬思ったが、すぐに俺も答えに辿り着いた。

 男の話がすべて本当なのだとすれば、エネミーが人間を襲うのには理由がある。

 つまりはその理由となる問題事態を解決できれば、人間が襲われるという事はなくなる。

 ……それはつまり世界中に張られている対エネミー用の魔術を解除させる事に繋がる。


 そうなれば……エルは助かる。


 だけど結果的にその答えはまるで救いようのない事だった。


「キミが言うその意味の分からない理由でだよ」


「……ちょっと待て、それだけなのか?」


「それだけだ……馬鹿みたいだろう。資源として世界に生み出される精霊を精霊を対等の存在として扱う。それがまるでカニバリズムを始めとした理解できない精神状態と同じか、もしくはそれ以上に……世界には歪んだ物に見えるらしい」


 そして一拍空けてから男は話を纏めるように、酷く分かりやすく理解しがたい言葉を述べる。


「故に我らが理解できないあの異世界の狂った人間こそが、正しい人の有り方で……きっとキミが向こうの世界で聞いてきた罵詈雑言は、もはや世界の声そのものだよ」

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