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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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34 朗報と悲報

 目を覚まして最初に目に映ったのは見慣れた天井だった。

 それが意識が覚醒していくにつれ、自室の物である事が理解できてくる。俺は……帰ってきたのか?

 どこから? どうやって? どういう状況で?


「エル!」


 記憶が鮮明によみがえり、俺はその名前を叫びながらベッドから飛び起きて周囲を見渡す。

 ……エルの姿が無い。その事実が全身を駆け巡る。

 そして慌て手の甲に視線を向けた。


 向けて、ほんの少しだけ安堵する。


「……よかった」


 刻印はまだ確かにこの手に刻まれていた。

 生きてる……エルはまだ生きている。


 ……だけど。


「なんで……俺はこんな所で眠ってんだ」


「俺の兄貴にしてやられたんだよ」


「……誠一」


 エルを探したときは気付かなかったというか、それどころではなく脳が認識しなかったのかも知れない。 土御門誠一は部屋の隅で何かしらの魔術を行使しつつ座っていた。


「早々と目ぇ覚めてくれて良かったよ。ただでさえ時間がねえ時だからな」


 誠一は少し安堵するようにそう言った。

 だけどそんな誠一とは裏腹に、俺の感情は徐々にエルが生きている事を知った時の安堵から遠ざかっていった。

 俺が此処にいる。エルは此処にいない。

 つまりはエルが一人で対策局にいるという事になる。

 ……こんな状況でだ。

 その事に不安が徐々に、そして急速に沸いてくる。

 こんないつ殺されるか分からない状況でだ。


 そして。


 俺自身がこの状況に。そしてエルが居ない事に。失うかもしれないこの状況に。精神的に参っていた。

 あの戦いとは違う。

 エルが今此処にいない。

 同じく酷い状況でも、それだけで……これほどまでに心が重い。


 俺はベッドから起き上がり、そのまま部屋から出ようとする。

 それを魔術の行使を止めた誠一に追いつかれて手を掴まれ止められる。


「待て、栄治。どこに行くつもりだ」


「ちょっとエルの所行ってくる」


 どういった意図でエルから引き剥がされたのかは俺には分からない。だけどあっちがそういう判断を下したとしてもそんなの飲み込めるか。今のまま黙ってはいられない。

 だけど誠一がその手を離してくれない。


「離してくれ、誠一」


「離すか、一旦落ち着け。冷静になれよ」


「俺は冷静だよ。やらねえといけねえ事は見えてる」


「なら言ってみろよ栄治。お前は今一体何をしようとしてんだ」


「エルが対策局にいるのは分かってる。だから乗りこむ」


「……どこが冷静なんだよ。俺一人に勝てねえ奴が何言ってやがる」


「……ッ」


 俺では目の前の親友一人にすら勝つ事はできない。それは先の訓練で証明したばかりだ。

そして対策局には誠一以上の実力者が大勢いる。そして……俺とエルの最大出力を持ってしてもまるで歯が立たない最強の魔術師ですら存在する。

だから対策局が俺を阻もうとするならば、エルの元に辿りつける可能性なんてのは極めて薄い。

……そんな事は俺だって分かってんだよ。


「だけど――」


「だけどじゃねえよ。つーか、お前分かってんのエルが対策局にいるっている一点のみだろうが。あの場所で事が起きてから随分と時間が経っているんだ。これだけ時間が経てば状況だって動く。お前はそれを知る必要がある筈だ。それすら分かんなかったんだったら、やっぱお前は冷静じゃねえんだよ」


 ……確かにそうだ。

 カーテンからは日差しが差し込んでいる。雨は止んだ。一日大雨の予報だったから……相当な時間が経過している事は理解できた。

 それだけ時間が経てば状況が変わるであろうことも。


「……悪い。教えてくれ、あれからの事」


「わかりゃいいんだよ」


 そう言って誠一は俺の手を離し、俺もまたすぐに動く気は無くなった。

 俺は踵を返してベッドに腰を掛ける。

 立って話をするよりも座っていたほうがいい。そう思う位は全身の怪我が重い。

 考えてみればこれだけの怪我を負っているから丸一日近く眠っていたのかもしれない。

 だけどそれでも一日眠ったお蔭か、体は意識を失う前よりも随分と楽になっている。


 ……いや、そんな体度で楽にはならねえか。

 多分エルだ。エルが対策局に連れていかれるまでの間、少し治療をしてくれたんだと思う。

 だから体はこうして動く。

 それでも体は休息を求めているけれど……そんな暇はどこにもない。

 そして誠一も俺に合わせる様に、俺の勉強机の椅子に腰かけ話だす。


「こういう時は良いニュースか悪いニュース。どっちから聞きたい? なんてのが定番かもしんねえけどな、先に言っとくとあれ以上悪い事は起きてねえよ。起きた一件の底があまりにも深すぎるからな。これ以上の事があってたまるか」


「……そうか、良かった」


 ……寧ろその事自体が俺にとっては良いニュース。朗報だった。

 今より状況が酷くなればと思うとぞっとするからな。

 そして悪いニュースがなければ此処から先も良いニュースという事になる。


「で、良いニュースは?」


「エルを治療する為の新薬の開発がギリギり間に合った」


「薬が……」


 エルに投薬されていたらしい薬。その薬が効かなくなってきたから今回の最悪の自体が発生した。

 では、新しい薬ができたのなら。それで全て解決する。

 一瞬、そう思って……その考えを掻き消した。

 言葉の続きを聞かなくても、色々と察しは付いてしまう。

 だっってそうだろ?


「……だとすりゃなんで俺はエルに会えない」


「……」


「駄目だったのか? ……その薬」


「駄目ではねえよ。だけどな……理想には届かなかった」


 一拍空けてから誠一は言う。


「できたのは延命措置程度。僅かにタイムリミットが伸びた。ただそれだけなんだよ」


「……ッ」


 一件、一先ずエルの命を繋いだ、あの状況から見ればそれはあまりにも大きな朗報に思えるかもしれない。

 実際に俺もそう思う。多分それがなければもうこの手に刻印は刻まれていなかったかもしれない。だから朗報である事には間違いないのだろう。

 だけどこれは同時に悲報でもある。詳しい話を聞かなくてもそれだけは分かる。

 あの牧野霞という研究者がようやく実用できる段階にまで持ってきた新薬。それがその程度の効力しか生み出さないのであれば……もう、そういう方向での事の開発は、少なくともそう長くはないであろうタイムリミット内では絶望的だ。

 だからこそ悲報だ。

 エルを救うための手段がまた一つ潰えてしまった。

 それだけは確かに悲報だよ。

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