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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
二章 隻腕の精霊使い
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6 気付けた者/気付けなかった者

「まあこんな所で良いかな。これで直に目を覚ます」


 俺への応急処置が終わった後、少年はエルの応急処置を行ってくれていた。

 どうやら読み通り本当に気絶していただけらしく、ひとまずは一安心だ。


「それじゃあ……一旦此処から動こうか」


 話をすると言っても、こんな路地裏での立ち話でする様な会話じゃない。治療さえ終われば、こんな場所は早く出るに越した事は無いんだ。


「さっきも言ったけど此処は危険だ。それにコイツらも何時起きるか分からない」


「そうだな」


 エルの応急処置が始まった辺りで少年から聞いた話だが、やはりこの路地裏は特別治安が悪い様な場所らしい。

 言ってしまえばスラム街。この街の表が光だとすれば此処は闇。

 観光案内のパンフレットでは、絶対に立ち入らない様にとも書かれているらしく。興味本位で入れば出てこられないかもしれないと言われているそうだ。

 相当入り組んだ地形で、ついでに言えば広いからという理由もあるけれど、やはり中の治安が酷いからという要素が強いのだろう。


 そういう所に足を踏み入れた。

 治安的な意味でも、迷いやすい地形という意味でも、この場所に入ったのは間違いだった。本当に取り返しがつかない事になる所だった。


「この子はキミが担いでくれ。多分目を覚ました時、担いでいるのが僕じゃ色々とアレだろう」


「分かってるよ、それ位……あ、悪いけど、手塞がるから荷物頼めるか?」


 俺は襲撃でその場に転がった荷物に視線を向けていう。

 これからに必要な物だ。隻腕の奴に頼むのは気が引けるが、放置って訳にもいかない。


「いいよ、それ位」


「悪い」


 言いながら、俺はエルを背負いあげる。


「それで、何処に向かう」


「キミ達は、元々何処に向かうつもりだったんだい」


「なんつーか、宿が集まっている区画があっただろ。とりあえずそこに行こうと思ってた」


「成程……でも、宿を取る気だったなら、無事にたどり着けていても難しい話だったかもしれないね」


「どういう事だ?」


「どうもこうも、今この街じゃ大規模な祭が開催されている。当然観光客も大勢。となれば宿泊施設は埋まる訳で、事前予約は必須な訳だ。まあ空いているところもあるかもしれないけれど、探すのは一苦労だろうね」


「……成程」


 金が手に入って、とりあえず宿に泊まれるかと思ったけど、そう上手くは行かないって事か。


「その点、無事に確保できた僕は幸運だったわけだ」


「……って事は、アンタもこの街の人間じゃないのか」


「そうだね。訳あって旅をしている。だから部屋を借りた。まあとりあえず僕の部屋に行こう。キミがそれでいいならね」


「別にそれでいい。他に行くあてもねえし……ああいう話をするならば、俺ら以外の誰かが居ない場所の方がいいだろ」


「その通りだと思うよ。街中で変な話をすればそれだけ、色々なリスクが伴う。じゃあ僕に付いて来てくれ」


「ああ」


 こうして俺達は路地裏を後にした。




 エルを背負ったまま、祭りで人が溢れ返る表の道を歩く。

 当然、好奇の目は向けられた。背負う事自体は動かなくなった所有物を運んでいると見られて違和感は無いのかもしれないが、やはり気絶していてもなお消えないエルの神秘的な雰囲気が人々の視線を集めてしまう。


「これはキミ達が路地裏を進もうとしたのも頷けるね」


 先導する少年が嫌悪感を吐きだす様にそんな言葉を口にする。

 この異様な視線をはっきりと異様だと思ってくれている。

 でもそんな奴が、どうして黒い刻印を刻んでいるのだろうか。

 刻印といえば……コイツと契約を結んでいる精霊は一体何処に居る?


 その黒い刻印で繋がっている精霊は、どうしたのだろうか?


 この人混みの中で立ち止まる事も、そして精霊の事を口にするのは得策ではない。だから今は触れなかった。

 これについて触れるのは、部屋に着いてからでいい。

 今は……エルを離さない様にしっかりと背負って周囲に気を配る。それに集中しよう。

 そんな思いで俺は少年の後を付いて行った。




「此処だよ」


 連れてこられたのは四階建ての宿だった。

 ややグレードが高そうな外装通り、中も随分と立派な作りとなっており、こんな所に宿泊する奴はある程度金持ってる奴だろうな……と思ったけれど、今の時代安いビジネスホテルでも内装は結構綺麗って聞くし、別にそういう訳ではないのかもしれない。まあ異世界で日本のホテル事情が当てはまるかどうかは分からないが。

 フロントで鍵を受け取り、階段を登って三階の部屋へとやってきた。


「この部屋だ。入ってくれ」


「お邪魔します」


 別にこの少年の家という訳ではないが、そう断りを入れてから中へと入る。

 そして中へと入って最初に目に移ったのは、柔らかそうなソファーや部屋の内装ではない。


「……ッ」


 ドール化された精霊だ。

 部屋の端の椅子に座らされている、金髪のロングヘアーが特徴の精霊。街を歩く精霊と同じくその表情からはなんの意思も感じ取れない。


「あの子が僕と契約を結んでいる……いいや、結ばされている精霊だよ」


 ドアを閉めた少年が分かりきっている事を口にする。


「……アンタに、あの精霊はどう映っている」


 俺が静かにそう聞くと、少年は応える。


「普通の女の子……には見えないよ。普通の女の子だった事は間違いないんだけどね」


「……それが分かるアンタが、一体どうしてそんな黒い刻印を刻んでるんだ」


 もう一度、それを聞いた。

 さっきはその回答は効く事が出来なかった。俺がそれに被せる形で違う事を聞いたのが原因だけれど……実際に契約している精霊を見せられたら、違う事で気を引かれてもぶれやしない。

 だけど多分、少年の心はぶれている。


「今すぐじゃなきゃ駄目かい? まずはその子をベッドに寝かせて、それからゆっくりと話そう。この事を含めてね」


「……分かった」


 合理的な言葉に聴こえるけれど、その言葉からは何となく、あまり触れてほしくない話題である事が伝わってきた。

 だけどそれでも、教えてくれる気ではある様だった。

 俺はエルをベッドに寝かせると、部屋の中心のソファーへと腰かける。

 少年も俺と向かい合わせになる様に座って、ゆっくりと口を開いた。


「とりあえず……名前、教えてもらえるかな。まだ聞いていなかったよね」


「瀬戸栄治。エイジって呼んでくれ。アンタは?」


「……シオンだ。シオン・クロウリー。僕も普通にシオンと呼んでくれればいい」


 そんな風に簡潔な自己紹介を交わした後、俺達は本題へと移る。


「……さて、エイジ君。とりあえずまずは僕の方から聞きたい事を聞いてもいいかな?」


 先の質問の解を先延ばしにされていたので、はぐらかされた様な気分になるが、俺達はシオンに助けられて今、此処に居る。冷静に考えてこうした事の優先権があるのはシオンだろう。


「分かった。ただし、俺の質問にも答えろよ」


「分かってるよ。今更はぐらかそうとは思わない」

 

 だから、とシオンは俺に尋ねる。


「キミも嘘偽り無く応えてくれ。一体キミはどういう経緯で精霊と契約したんだ」


「どういう経緯……か」


 どこからどう答えるべきなのだろうか。

 それはエルと出会った所からか……それとも前。異世界に飛ばされたという所からか。

 その答えは多分後者だ。信用されないかもしれないけれど、それだけは間違いない。

 この世界の常識は、精霊を資源として見る価値観。俺がそれを持っていないのは、この世界の住人ではないからだ。

 だからそこを省いてしまえば、俺の行動は酷く無茶苦茶な物になってしまう気がする。

 だから答えた。


「まずな、俺はこの世界の人間じゃない」


「……は?」


 今まで何処となくクールでややミステリアス風に振る舞っていたシオンの口から、間の抜けた声が出てきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今僕達がしている話は、そんなふざけた話じゃないだろう?」


「いや、これがマジなんだ。俺は色々あってこの世界とは違う所から飛ばされてきたんだ。精霊も居なけりゃ精霊術も存在しない様な世界からな。だから……俺は精霊が資源とされるこの世界の常識を、おかしいと思った」


「……最後の言葉を聞くと、その無茶苦茶な話にも信憑性が持てるね」


 持たれる程にこの世界の常識は歪なのだろう。


「そしてその話が本当だとすれば、僕はキミを羨むよ。心の底からね」


「羨む?」


「ああ……だって君は最初から気付けたんだ。精霊を取り巻く事情を知って、初めからそれがおかしい事だと気付けたんだ」


「シオンは……違うのかよ」


「違うよ。違わなければ、今頃僕に刻まれている刻印は、キミの様に白かったのかもしれない」


 そうしてシオンは、うんざりする様に自己嫌悪が詰まった様な言葉を吐きだす。


「僕は気付くのに十四年も掛った。十四年間もそんな世界に浸って居た。そんな奴がキミと同じ様な道を、歩める訳が無かったんだ」


 歩めなかったシオンが、結果的に歩んだ道。

 その結末はその右手の甲が。そして、そこに無い左腕が語っていた。

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