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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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25 管理者

 俺は土御門誠一の様に強くはない。

 宮村茜の様に強くはない。


 だからそこから先の攻防は酷くあっさりとした物だった。


 俺が放った拳。天野の顔面を殴り飛ばす為に放った拳。

 そこに合わされたカウンター。ボディーブロー。


 腹部に意識が飛びそうな程の激痛が走り、たったその一撃だけで膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏せた。

 全身から気力も力も、そのすべてを根こそぎ取られるような一撃。当然と言えば当然。エルを刀にしている時ですら酷い有り様だったのだ。その力が無くなった今、実際に誠一が一発で沈められた事を考えれば。こうして意識があるだけでも御の字だと思う。

 だけどそれがとてもいい結果だったとして。それがこの状況を打開する事に繋がるわけではなくて。

 ただ、繋ぎ止めただけ。


 倒れた俺の隣りを通過する天野に向けてもう一度動きだす。その機会を得ただけ。


「ま……ッ!」


 必死に体を動かして天野に向かって動きだそうとする。

 だが足がもつれた。それ程までにダメージが足に来ていた。

 天野に殴りかかるつもりで動いたのに、まともに殴りかかるという行為すらできない。

 だけど必死に手は最大限に伸ばした。

 そして掴んだ。


 天野の右足。俺にできた最大限の抵抗。

 

 だけどそんな事で止まる相手ではない事は理解していて。

 だからその先にあるのは。きっとこの行為事態も、抵抗ではなく懇願だ。


「……やめろ」


「……」


「だのむ……やめてくれ……」


 今更、天野がそんな言葉に耳を傾けるとは思わない。だけど一度言いだしたらもう止まらなかった。

 もうそれしかできないから。もうそんな事しかできないから。

 情けなくたって無様だって。もうそんな風に縋る事しかできないから。

 だから……言葉は漏れる。止まらない。 


「エルは今まで、ずっと辛い思いしてきたんだ。もう一生分でもあり余る位に、辛い思い一杯して来たんだよ……」


「……」


「それでようやく、普通の生活送れるようになったんだ。やっとだ……やっとなんだよ。やっと人並みの生活を。人生を歩めるようになったんだよ」


 ……エルは。


「エルは……幸せにならないと、いけないんだよ。これ以上不幸な目にあっちゃいけないんだよ。だから――」


「だから殺すなと言いたいのかお前は」


 天野は俺の先の言葉を読んだ様にそう言ってから、一拍空けて言葉を続ける。


「確かに誰かにそこまで言ってくれる存在なら、確かに幸せになるべきなのだろうよ。俺の目の前に居る精霊は幸せになるべきだ。生まれた幸せは守られるべきだ。それは私怨で阻まれていいものではない。私怨で壊してはいけない。それでも手を伸ばす程落ちぶれたつもりなど無いさ」


「だったら――」


 だったら止めてくれと。そう叫ぼうとした。とにかくそんな言葉をぶつけようとした。

 

「だから俺は何もしなかったぞ。あの場で幸せそうにしていた、普通の生活を送っていたあの精霊を見逃したんだ。警戒はしてもそれでも、それ以上の事をするつもりはなかったんだ」


 だけど天野から出てくるのは、どうしようもない正論だ。


「だけどもう見逃せない。何度でも言うぞ。あの精霊は無関係の人間を殺す。他の幸せになるべき人間に牙を向けるんだ。だったらもうやるしかないだろう」


 天野はエルが救われるべき存在だと理解していて。

 自分の意思を抑え込んで。最大限の譲歩もしてくれて。

 そして今……私怨とはかけ離れた感情でそこに立っている。


 純粋に誰かを守る為に此処に立っている。


 きっとこの場において正しい行動をしているのは、どうしようもない程に天野宗也だった。


「……ふいにしたのはあの精霊だぞ」


 そして次の瞬間、天野の足を掴んでいた右腕に蹴りを入れられる。


「ぐあ……」


 激痛に表情を歪め、絶対に離すものかと握り絞めていた天野の足から手が離れる。

 そしてその足が、一歩前へと進んだ。


 だけど進んだのはその一歩だけ。


 一歩だけ前へと進んで。エルを殺す為に前へと進んで。そして静止した。

 聞こえてきた声に止められた。


「そこまでだ天野!」


 その叫び声は俺の物ではない。気絶している誠一や宮村の物でもなければ、当然ながらエルや天野本人の物でもない。

 それはきっと本来蚊帳の外に居るべきでない存在。


 防衛省精霊対策局五番隊隊長、土御門陽介。


 対策局の中で最もエルと親交が深い部隊。その長。

 雑居ビルの屋上から刀を手に降ってきた彼は、着地すると天野に対して睨みを聞かせる。


「……土御門か」


 誠一の兄貴の登場に一応は止まった天野に対し、ゆっくりとエルに向けて歩く誠一の兄は、天野に対して言う。


「よお、天野。帰ってきてそうそう何やってくれんだお前は。今日休みだろお前。大人しくDVDでも借りて家で見てろよ。そこのレンタル屋、今旧作レンタルセールやってんぜ?」


「……その休日を邪魔されている訳だが」


「まあなんでもいいさそんな事は。とにかく俺から言える事は一つだ」


 そして誠一の兄貴はエルの元に立ち、刀を構えて天野に告げる。


「この精霊は俺ら五番隊の管轄なんだわ。こうして出てきた以上、勝手な事はさせねえぞ」

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