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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
212/426

24 それでも諦められないから

「……」


 エルを治療しながら天野の方へと向き直り、治療に極力集中しながらも誠一と宮村の戦いに注意を向ける。

 視界の先から響いた轟音。天野を取り囲んだ結界の中で発生した爆発。

 それはまともに食らえば致命傷になってもおかしくないような威力に思える。結界のおかげでその場から離れて回避もできない筈だ。その証拠におそらく結界は見たところ爆風により弾け飛んでいる。


 ……ひょっとすれば今の一撃で倒せているんじゃないかと思った。そうであってくれと思った。


 煙によりその姿は見えない。そんな煙の中で天野が倒れているんじゃないかと思った。

 だけどひょっとすればと思っている時点で、それが難しい事だという事を直感的に理解していたのかもしれない。

 そしてそれは誠一と宮村も同じようだった。


「まだだ! 畳みかけるぞ!」


 誠一が叫びながら呪符を周囲にばらまき、そしてそれとほぼ同時に宮村が呪符から刀を作り出し、煙の中に飛び込んで行く。

 つまりは追撃。その必要があると二人は判断しているのかもしれない。

 そして、その答え。


「……ッ!?」


 煙が何かしらの魔術の効力により晴れたその先。

 天野宗谷はそこにいる。

 煙に飛び込んだ宮村を地に伏せさせ、やや消耗している風な様子を見せつつも、それでもその場に立っている。

 立ってこちらを見据えている。


「茜!」


 叫ぶ誠一の後方で、俺は血の気が引いていくのを感じていた。

 宮村茜は間違いなく俺よりも……エルを刀に変えた俺よりも格上だ。出力は同程度かもしれないが、そこに加わる技量が違う。それはこの僅かな時間で理解できた。

 その宮村が、煙に突っ込んだ僅か数秒の内に倒された。


「心配するな土御門弟。手荒な真似には違いは無いが、それでも殺す様な真似はしていない」


 ……それもまだ全力を出していない状態の天野にだ。


「……」


 それは改めて俺に現実を見せつけている様にも思えた。

 俺は確かに宮村茜を自分達よりも格上だと認識した。

 その宮村があっさり負けたとなると、格下の自分の勝機が限りなく薄いという認識がより明白になっていく。

 幸い体は丈夫だから。何度でも立ち上がって喰らいついて、何とか勝利を手繰り寄せる。

 そんな元から現実味の無い妄言にも等しい考えが、より非現実的な物へと塗り変わっていくのを感じた。

 そしてそもそもそういう現実味の無い妄言を口にできる絶対的な最低条件はエルの剣化だ。それがあって初めてまともに戦いの場に立てる。まともに立てたからこそ僅かな希望に縋りついて口にできた妄言。


 その条件を、今の俺は満たせない。


 エルの怪我。精霊加工工場でエルが大怪我を負った際はまだエルは剣になれた。だけどそれ以上の怪我を負っている今、エルをあの姿に帰ることは気が引ける云々の前に不可能だった。

 つまりはその最低条件さえもクリアできない。


 エルの力はもう借りれないのだから。

 

 だからもう妄言も言えない。


「一応確認しておくぞ、土御門弟」


 一歩前に進んで天野は誠一に問う。


「引く気はないか? 最小限には抑えるつもりだ。だがお前や宮村程の魔術師を無傷で無力化させられる程俺は強くない」


 その言葉に対し、天野に何も答えを返さなかった。

 その代わりに呪符を取りだしながら、後方に居る俺に向けて叫ぶ。


「治療は後だ! とにかくエル連れて此処から離れろ!」


 まだエルは治療を打ち切っていいような段階では無い。まだ持続的に。回復術を途切れさせずに使用し続ける必要がある。少しはマシになっているものの、この僅かな時間ではそれが限界。

 それを誠一は理解している筈だった。

 理解してもなおそう言ったのだ。

 きっと誠一と宮村は文字通り天野を止めようとした。倒そうとしていた。倒したうえで

 それが瓦解した。天野宗也はもうどうやっても倒せない。

 そう誠一は判断したのだろう。そう判断せざるを得なかったのだろう。

 だから逃げろと言ったのだろう。

 今この場に残って回復を続けても、簡単に自分は突破されると。自分では守り切れないと。


 俺よりも遥かに強い土御門誠一は、そう言っているのだろう。


「何秒稼げるか分からねえ、早く行け!」


 誠一は叫びながら呪符を周囲にばらまき、それらを弾丸として天野に向けて射出する。


 少しでも時間を稼ぐ為に。


「……ッ」


 土御門誠一は強い。友人ながら尊敬したくなる程に、目の前で俺達を守ってくれている親友は強い人間だ。

 特に誠一は身を守るという一件シンプルな行為を極めていると言ってもいい。

 攻撃を躱す。攻撃を受け流す。それが無理ならダメージを最小限に抑える為の最適な行動を迅速に取る。

 それは素人目でみても熟練者。達人の域だと思うし、攻撃を含め多分純粋な格闘技術は俺が手も足も出なかったカイルをも上回っていると思う。


 それでも。どれだけ技量があっても。出力の差が絶対的な壁となってぶつかる。

 そうやってカイルを捻じ伏せた俺だから言える。

 もし誠一の格闘術が、拳で戦う天野の技量に勝っている事があったとしても。

 今の俺と同程度の出力の誠一では……天野宗也とまともに戦えない。


 それ故に格闘戦を主とする誠一が今まで後衛に。天野と相対できる出力を持つ宮村のサポートに徹していたのだろう。


 だから。俺に取れる選択肢は逃げることしかなかった。

 俺達の為に戦ってくれている親友に背を向けて、逃げることしかなかった。


 戦うという選択肢。誠一に加勢するという選択肢は俺には取れない。

 俺がエルの剣化無しで加勢しても天野を倒す事はできないだろう。

 それは俺よりも遥かに強い宮村がどうにもできなかった事が証明している。


『俺とお前が二人掛かりでぶつかっても勝てない位には強いぞ』


『二人掛かりでもか』


『ああ無理だ。次元がちげえよあの人は』


 そして特訓をした時の会話で、他ならぬ土御門誠一がそれは無理だと断言している。


 だから逃げるしかない。

 エルを連れて。俺達の為に戦ってくれた誠一と宮村に背を向けて逃げるしかない。


 だけど……そもそも回復術を打ち切って、エルを抱え上げて逃げだす。その僅かな動作だけでも僅かに時間は経過する。

 その僅かな時間だけで戦局は動く。


 その一瞬で天野宗也は誠一の呪符による攻撃を躱し、距離を詰める事が出来る。

 俺が動きだそうとした瞬間には、もう誠一に攻撃を放っていた。


「……グッ!」


 天野が放った拳を、呪符を握り絞めた右手で軌道を僅かに反らして辛うじてという風に躱す。

 少なくとも俺なら何もできずに殴られていた一撃を、なんとか誠一は切り抜けたのだ。

 だけど攻撃は一撃では終わらない。

 追撃。回し蹴り。

 それに対して誠一はかなり無理な体制ながらも器用に天野の蹴りと自身の斜め上空に合わせる様に同時に呪符を放る。

 そして次の瞬間天野の蹴りを抑え込むように結界が張り巡らされ、同時に誠一の頭上で衝撃破が発生。

 誠一自身をアスファルトへと叩き付ける。

 だがそれが結界を砕いた回し蹴りを間一髪躱す結果となった。

 地面を僅かに転がり、そこから体制を立て直す誠一。

 だが反撃の余地はない。

 そうして瞬時に体制を立て直したその時には、もう天野宗也は目の前にいるのだから。


 そして天野は拳を振るう。

 今度はもう躱す余地もない。衝撃音と共に誠一が殴り飛ばされ、俺とエルの近くまで転がってくる。


 ……動かない。意識が無い。今の一撃で昏倒している。


 それを確認した。

 ……ああそうだ。それをこうして確認している、

 エルへの回復術を打ち切ってエルを抱え上げた俺の視界は確かにそういう光景を捉えていた。


 つまりはそれだけだ。


 誠一が必死に稼いでくれた時間。

 それでできた事は実質的に何もない。ただエルへの回復術を打ち切り、エルを抱きかかえた。それだけだ。


 だからもう目の前には絶望しか広がっていなかった。


 十中八九逃げられない。

 何をどうやっても目の前の相手は倒せない。


「無駄な抵抗は止めろ、瀬戸」


 目の前の脅威は。圧倒的な力の差を見せつけてきた天野は、改めて確認を取るようにこちらにそう言ってくる。


 ああそうだ。確かにもう、何をしても無駄なのかもしれない。


 そう思いながら、俺は抱きかかえたエルを再びアスファルトへと下ろす。

 そして一歩前に進んだ。

 結局の所、何をしてもどうにもならないと分かっていても、人間の体は自然に動く。

 だから。自然と抵抗を始めた。

 結果は見えているのに。

 もうどうしようもないのに。


「……られるわけねえだろ」


 それでも諦められないから。


「諦められるわけねえだろうがああああああああああああああああッ!」


 だから拳を握って、力を振り絞って動きだす。

 そして天野の前へと辿り着き、全力で拳を振るった。


 例えその拳が届かない物だと分かっていても。

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