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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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19 粉々にしたその先に

「……止まらない、か」


 こちらの剣と拳で渡り合ってきた天野は不意にそんな事を言う。

 そしてこちらの次の一振りを回避してこちらに潜りこみ、こちらに再び掌底を叩き込んでくる。


「グァ……ッ!?」


 そのまま弾き飛ばされ地面を転がる。

 そして次の瞬間こちらに向かって放たれた何かを躱す為に右手を地に付け跳びあがる。

 そしてその何かを躱し勢いで後退しながら再び両手で剣を持ち、天野に向かって斬撃を放つ。


 次の瞬間発生するのは衝突音。天野の結界に俺の斬撃が阻まれる音。

 止められた。だが今のは牽制の一撃だ。止められるのは分かっていた。体制を立て直す為に距離を取る。それを邪魔する追撃を止められたならそれでいい。


 そして滑る様にアスファルトに着地して剣を構えた。

 此処から先を戦い抜くために。


「まだ攻撃の意思は潰えないようだな」


 そんな俺に天野は言う。


「それは自分のやっている事が正しいと思っていると解釈してもいいのか?」


「……」


 再びその事を問われる。

 その問いを投げてきた天野は周囲にいくつもの魔法陣が展開された。

 恐らくは今まの徒手空拳と何かを飛ばす遠隔攻撃のその先。

 明らかにこちらを潰す為の動きでなかった戦いのその先。


 つまりはこれは最終通告だ。


 あくまでこちらをまだ説得しようとしているのかもしれない天野からの最終通告。


 天野にはそんな意図はなかったのだろうけど、俺はその問いをありがたいと思った。


 だってこのままじゃ駄目だから。

 進むべき道は決めたのに。

 今までの自分を蔑ろにしてでもエルを助ける為に動くと、そう決めたのに。

 だけど結局俺は振りきれていない。

 天野を倒す為に剣を振るって、剣を振るって。

 それでも自分の中でそれはおかしいだろと声を上げる自分がいる。どれだけ引き剥がそうとしてもそれでもへばりついた様に剥がれない自分がいる。


 それではだめだ。


 まだ半端なんだ。そんな半端な気持ちじゃ何も出来やしないだろう。もしかすると何処かで自分自身で決意をなかった事にしてしまうかもしれない。

 だから潰すんだ。


 踏み躙って進んでもまだ剥がれやしないのなら。鎖のように絡みついてくるのなら。

 もっと強い力でそれを壊さなければならない。


 それにだ。


 エルは何も言わなかったんだ。

 エル自身が天野の言葉に対してどう思ったのかは具体的には分からない。だけどそれはあまり良い感情では無い事くらいは分かる。

 そして……エルはきっと瀬戸栄治ならどういう決断を下すのかという事を察しているだろう事も。

 そんな中でエルはずっと辛そうに声を押し殺している様だった。

 ああ、そうだ。エルが苦しんでいるんだ。

 俺の所為で苦しんでいるんだ。

 だから少しでも楽にしてやらないといけないと思う。


 だからこそ好都合なのだ。


 態々こちらに何かを言うための機会を作ってくれた。

 お膳立てをしてくれたんだ。


 纏わりつく誇りを壊すための。エルを少しでも楽にしてやるためのお膳立て。



 ……だから始めよう。やるなら今だ。今しかない。

 真正面から他ならぬ、自分自身と戦おう。


 瀬戸栄治と戦おう。


 だけどその前に。ほんの少しだけ勇気を貰う事にした。

 正しい事をやる時とは違う。何も背なんて押してくれない。

 それがなければ瀬戸栄治という人間はどうしようもない。空っぽになる程何もなくて、前に進めるかなんて分からないんだ。ちゃんと戦えるかどうかが不安で仕方がないんだ。

 だから、エルにしか聞こえない様な小さな声で言った。


「……エル、俺を信じてくれ」


 俺の言葉にエルは一拍空けてから答えた。


『はい』


 まっすぐな声で、そう答えてくれた。

 だったら大丈夫だ。こんな状況でエルにまだ信じてもらえるのなら、十分に背中は押された。


「……いや、そうじゃない。俺は間違ってるよ。こんなのは間違いだ。正しいわけがねえんだ」


 だから胸が苦しく痛んでも第一声ははっきりと口にできた。

 俺の中の正しさを挙げて、俺の行動を否定する。


「俺のやろうとしている事はリスクの塊。大勢の人間を危険に晒すかもしれない。それも可能性が薄い解結策すらもねえ。正直な話何をどうすりゃいいのかすら分かんねえんだよ」


「だったら尚更だ! 何故お前は止まらない!」


 天野は声を上げる。

 それに同調するように俺の胸が悲鳴を上げる。だったら止まれと叫んでくる。

 だけどそれを押し留める。

 そして代わりに絞り出す。


 あの森で助けた女の子を。

 一緒に旅をしてきた女の子を。

 酷く無茶苦茶な事をした俺を助けにきてくれた女の子を。

 押しつぶされそうになっている俺に手を差し伸べてくれた女の子を。


「んなもん……決まってんだろ」


 俺の隣りで笑ってくれる、好きな女の子を助ける為の、嘘偽りのないシンプルな言葉を。


「エルを守りたいからに決まってんだろうが!」


 だから、その為なら俺はなんだってやってやる。


「正しいかどうかなんて関係ねえ! 例え間違っていようがんなもん知るか! 例え無関係の人間を勝手に天秤に掛けるようなクズみてえな真似をしてでも俺はエルを守るぞ!」


 自分の誇りを粉々に砕きながら、そして剣を天野へと向ける。

 きっと正しい事をやっている正しい人間に向けて剣を向ける。


「お前を倒すぞ天野宗也!」


 そこまで叫んで感じたのは懐かしい感覚だった。

 あの森で。エルを助けようとする事を諦めた時に感じた喪失感。

 大切な物を無くしたような感覚。

 いや、それよりももっと酷い。

 無くしたんじゃない。

 踏みつぶして踏みにじって。粉々になるまで叩き潰して。自ら修復不能にまで誇りを壊したのだから、それが良い気分なわけがないだろう。


 だけど……なくした先は決して空っぽでは無かったんだ。

 そこには確かにエルが居たんだ。

 それだけで俺は……誇りなんてなくてもまっすぐ立って生きていける。


 そしてそんな俺の変化に反応するように、手にしていた大剣が光輝いた。

 声を上げる間もなく光ははじけ飛び、その手で握る感覚が変化する。

気が付けば俺が手にしていたのは見慣れた大剣では無くなっていた。


 日本刀。


 目の前の全てを薙ぎ払って進める程の刀身の長さはない。その手にあるのは美術品かと思う程綺麗な普通の日本刀だ。


 でも、多分それでいい。そんなに無茶苦茶な力は必要ない。

 隣りで笑うエルを守る。その力さえあればそれでいい。


 そして剣を構えて動きだす。


 全てを捨ててでも助けると決めた女の子の為に。

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