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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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15 そして誰もがいなくなる

 ゆっくりと時間を掛けて、震えながら伸ばされたエルの手はとうとう俺の手に触れた。

 そしてとても弱々しい力で握られる。不安を露わにするように、エルの全てが見たことも感じた事もない程に弱々しい。

 気が付けば俺はそんなエルの手を強く握っていった。まるで零れ落ちそうな何かを必死に留めようとするように。

 実際そうだったのだろう。離したくないんだ。失いたくないんだ。

 これ以上大切な誰かを失いたくなかったという事もあるのだろうけれど、多分それ以上にエルという存在を失いたくなかったのだろう。

 だから俺の手はエルを離さないように強く、そして優しく握っていた。


「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」


 俺がエルにそう問うとエルは頷いてゆっくりと立ち上がった。

 そして俺はそんなエルの手を引いて歩きだす。


「とりあえず帰ったらさ、風呂を沸かそう。体冷やして風邪引くのは人間も精霊も変わらないだろうからな」


 自然と言葉らしい言葉が俺の口から漏れるようになっていた。

 エルが差し伸べた手を取ってくれた。まだ俺はエルの隣にいられている。それを肌で感じ取って少しばかり気が楽になったのかもしれない。


「その後さ、コーヒーを淹れよう。そうやって少し落ち着こう。そしたら二人でどうするか考えよう」


 当然少し気が楽になっても気休めなんて言えない。俺がなんとかするから大丈夫だなんてどうしようもない程根拠のないそんな言葉は言ってやれない。それは変わらない。それを変えるにはそれこそ気休めなんて必要がないほどの状況の好転が必要だ。だから結局今の俺がエルに対して言える気休めなんてものはない。


 今はただ、なんでもない事が少しずつ言いやすくなっている。それだけの事。


「それでいいか?」


「……はい」


 俺の言葉にエルはそう返してくれた。

 思えばその言葉がこの場所に来てから初めて聞いたエルの言葉だった。

 それが発せられたのは俺がそうだったように、少しだけでも落ち着いたのかもしれない。冷静になれたのかもしれない。精神状態が少しでもいい方に転がった結果なのかもしれない。

 実際そうだったのだろう。今度は返事ではなくエルの方から声を掛けてきた。


「エイジさん」


 俺の名を呼んでくれる。


「どうした?」


「……ありがとうございます」


「いいよ、別に」


 本当にそんな短い会話。

 だけどそれでも、それで十分だった。それだけでもできるだけで本当に安心できたんだ。少しづつ

自分の中で張りつめていた感覚が解けていくんだ。

 この状況でそうなるのがいい事なのかは分からないけれど、それでもそうであれる事が嬉しい事だけは否定しない。エルとまたちゃんと話ができる事が嬉しいんだ。

 とても当たり前だけど、きっと大切な事だから。

 きっと今は、そんな当たり前な大切な事が簡単に失われてしまうような、そんな状況だから。


 だからそれを失わないように、俺はエルの手を引いて路地の出口へと向かう。

 ……もし此処から出て家へと返るまでに誠一達と出くわしたらどうしようか?

 そうでなくても後日あった時やもし次に連絡が来た時にもだ。

 とりあえず今のエルだけをみてもエルの身に起きた異変は悟られないのだろうけど、それでもエルが雨の中を走って行った事。俺が誠一や宮村からの連絡を一方的に断ち切った事。そんな事実を見られていては何か聞かれる事は間違いないだろう。


 だからちょっと嘘を考えておかなければならない。


 ……ちょっと喧嘩したことにでもしよう。些細な事で喧嘩して、口論になって、そしてその結果。エルと口裏を合わせてそういう風に終わらせよう。こんな酷い事になる様な喧嘩の内容と、俺の電話の件はもう少し考えなければいけないけれど。


 そんな事を考えながら路地裏を出た。

 夕方。大雨の東京池袋。雨で人通りは少ないものの、普段通りの交通量がある表通りへと足を踏み出す。


「……え?」


 そうだ。

 俺はエルの手を引いて、そういう場所に足を踏み出した筈だったのだ。


「どういう事だ……?」


 目の前に広がっている光景を目にした後、エルへと視線を向けた。エルは視界に映る光景に大きな違和感を感じている様な表情を浮かべている。

 俺もそうだ。抱いたのは違和感と危機感。


「人が……車も……なんで、一体何が起きて……」


 エルの手を握ったまま周囲を見渡す。

 そうして映る世界にはいる筈の人影。いる筈の乗用車。それら全て姿を消している。地方の田舎ならともかく東京池袋。それも夕方にこんな事が起きる筈がない。


 ……いや、違う。全てではない。


 全身を悪寒が走った。それは刻印から伝わってきた物などではなく、純粋に瀬戸栄治という人間がこの状況について抱いた感情の表れだ。

 この異常な状況を目にした違和感。


 そして……どうしようもない危機感。


 こういう事をできる可能性がある相手。

 こういう事をするだけの理由をもっていてもおかしくない相手。 

 そんな相手が一人。25メートル程先の視界に入っっている。


「天野宗也……」


 対策局最強の男が離れた場所に立っていた。


200話です!

エタらずになんとかここまでこれたーやったー

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