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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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14 ただ一つ向けられる言葉

 幸いな事にエルが向っている方角は分かっていた。

 色々と分からない事だらけではあるけれど、それだけは刻印が教えてくれる。

 俺はそうして示された方角に向かって雨の中全力で走る。


「……エル」


 エルの辛そうな顔を思い返しながら考えた。

 エルと会って俺は何をすればいいのだろうか?

 一体どんな言葉をかけてやるのが正解なのだろうか?

 一体どんな顔をしてエルの前に立てばいいのだろうか?


 そんな事を考えてもやはり何一つ答えは思い浮かばず、そこに進む道を照らす道標などは存在してはくれなかった。

 だけども走る足取りは緩まない。肉体強化無しの俺が走れる全速力で雨の中エルのいる方角に走り続ける。

 とにかくエルの所に行かなければならない。傍に居れば何かが変わるなんて考えるのは傲慢なのかもしれないけれど、それでもエルの隣りに居てやりたいという思いは強くなっていくから。

 だからその足取りは止まらない。

 だからスマホに掛かってきた着信を取ったその時も、止まることは無い。


 土御門誠一。


 画面にそう表示されているのを確認した後、通話に出る。

 そして開口一番に聞こえてきたのは誠一の声では無かった。


「ちょっと瀬戸君!」


 聞こえてくるのは宮村の声。

 そして実質的に友達の友達というべき立ち位置の宮村が誠一の携帯を奪ってまで俺に電話を寄越した理由なんてのは一つしか思いつかない。


「エルちゃん一体どうしたの!? こんな雨の中で傘もささずに走ってって……それに携帯も通じないし……何か知ってるんじゃないの!? どうなの瀬戸君!」


 きっと偶然エルを見かけて心配したであろう声。

 純粋に友達を思いやる様な、そんな声。

 そんな声に俺は何か言葉を返そうとした。

 だけどあくまでそうしただけだ。言えない。言えるわけがない。


 ……だってそうだ。


「ちょっと瀬戸君! なんで黙ってるの! ねえ!」


 宮村茜も……土御門誠一も対策局の人間だ。

 土御門誠一は俺の周囲の人間ではエルの次に信用できる存在だと言ってもいい。宮村茜もエルと仲良くしてくれている事を知っている。

 ……だけど。


「わるい、栄治! お前にかけようとしたら茜の奴にスマホ奪われた! んで奪い返した! で、何がどうなってる! 明らかにおかしいだろ色々と!」


「……誠一」


「なんだ!? やっぱお前色々事情把握してんのか!?」


「……悪い」


 それだけ言って通話を切った。

 その後再び着信がかかってきたがもう無視をした。

 その着信を。きっと俺達を助けてくれるその電話を取ることはできない。


 ……だってそうだろ。事実を伝えて一体どういう反応をされる?


 今事情を伝えて、状況を打破する方法を一緒に考えてもらってその後は?

 何も思い浮かばなければそれは、エルがそういう致命的なリスクを抱えていたという事実だけを知らせることになる。そしてそのリスクを簡単にどうにかできるのならば、多分全ての事情が覆るんだ。そしてそれが覆っていないのがこの世界。

 だからと言って俺一人よりはマシな気がして、誠一に、エルの友達に相談したくて。泣きつきたくて。だけどそれでもそのリスクを伝えれば。伝えてしまったら。


 そうなればきっと……色んな事が崩れ出す。

 まだ軋み始めただけかもしれない歯車が、致命的なまでにズレてしまうかもしれない。


 きっと今の様な日常の中には戻れない。エルを今の幸せな日常の中に引き戻せなくなるかもしれない。


 だから何とかするんだ。

 やり方は分からないけれど、何も何も分からないけれど。何が何でもやり遂げるんだ。

 対策局の人間がエルの異常に気が付く前に。天野宗也がこの事をかぎつける前に。


 そして……エルを好いてくれている人に、エルを好いていてもらい続けるために。


 エルの敵になってしまわぬように。


 何もなかった様に全部全部終わらせるんだ。


 その為に必死に走り続けた。多分冷静でいられていない思考回路でもっともらしい事を考えながら、とにかく必死で走り続けた。


 そして辿り着く。


 途中でエルが離れていく感覚がなくなっていた。つまりはどこかで止まったのだろう。

 それがこの場所だ。

 必死に走り続けて辿り着いた、少し入り組んだ人気のまるでない裏路地。この先にエルがいる。


 俺が近づいてきた事に気付いている筈のエルが俺から離れていくことは無い。だから俺もこれ以上走る事はしなかった。

 呼吸を整え、心を落ち着かせ。そして路地の中を進んでいく。

 そしてその先。半ば程進んだ先にエルはいた。


「……エル」


 エルは雨に濡れたアスファルトに座りこんでいた。

 全身を雨で濡らし、膝に顔を埋めていたエルはこちらの声に反応するように顔を上げる。


 予想通りだ。予想以上だ。

 本当に酷い表情をしている。人は……いや、精霊も、本当に心の底から辛いような目に合ったらそういう風になるんだと思わせる程深刻な表情。


「……」


 そんなエルに向けるべき言葉なんてのは結局の所今に至るまで思いつかなかった。何を考えても気休めしか浮かんでこなくて、何を言っても多分届かないんじゃないかと思って。

 ……そして俺自身が大丈夫だなんて事は思えなくて、そんな虚言や虚勢をエルに向ける事も今回ばかりはできなくて。

 だけど、それは分かっていても何か言わなくちゃいけなくて。何か言ってあげたくて。

 だから結局俺の口から出てきたのは言ってやるべき事ではなく言いたい事。言ってあげたい事。

 ただの拙い言葉。気休めよりもどうしようもない言葉。

 ……ただの俺の言葉。


「こんな雨の中こんな所にいたら風邪引くぞ? だから帰ろう、エル」


 無理矢理にでも優しい表情を作ってエルの視線に合う様にしゃがみ込み、手を差し伸べて。


「……帰ろう」

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