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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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13 例えできる事が何もなかったとしても

 エルが纏っていたのは普段の神秘的な雰囲気ではなかった。

 それは二か月前、俺を異世界に飛ばしたあの精霊が纏っていたような。

 ナタリア達が纏っていたような、禍々しい雰囲気。


 エルが纏うはずの無いそんな異常な雰囲気だった。


 それを目の当たりにして、それでもある筈がないと思っていた事態に頭が付いていかず、全ての反応が遅れた。

 できたことは身を守るために反射的に肉体強化を発動させただけ。

 目の前に居たエルはそんな俺に向かって勢いよく手を伸ばし、左手で腹部に拳を叩き込んできた。


「ぐふ……ッ!」


 腹部を中心に激痛が走る。だけどそれでもなんとかその場で踏みとどまった。

 だが踏みとどまっただけでそれ以上の反応ができたわけでは無い。

 大きな隙を生んだ俺に向かって続けて右手が伸ばされた。それは勢いよく俺の首へと伸びてきて、そのまま俺の首を鷲掴みにしてきた。


「ぐぁ……あ……ッ!」


 凄い握力で締め付けられ、首がへし折られるんじゃないかという恐怖が脳裏を駆け巡る。

 それと同時にまともに呼吸ができなくなった。俺は慌てて既に左手も首に伸ばされ俺を締め付け、こちらの体を持ち上げていたエルの手首を両手で掴んで全力で引きはがそうとした。

 だけどびくともしない。


 それは態勢が悪かったのも原因の一つだと思う。両足が床から離れていて踏ん張りが効かない。そんな中では力を十分に出す事は出来ない。

 だけどきっと原因はそれだけでは無い。


 本当に俺と同じ力が流れているのかと疑う程に、エルの力が強かった。


 俺の力はエルから供給される力。だから技能を抜いた俺達の力関係は同等な筈だ。

 だからナタリア達の様に暴走したエルの力が増しても、それと同時に俺の力も……


 そこまで考えて気が付いた。

 エルの力が明らかに俺よりも強い理由は分からない。だけど分かった事がひとつある。

 今となっては後の祭り。


『それにだ。シュミレータだから肉体的な成長はない筈なんだがな、心なしか出力の方も上がってる気もするしな』


 昨日の対策局での特訓で誠一が口にしたそんな言葉。俺が否定したそんな言葉。

 俺とエルの力関係は本来同じ。だから仮にエルの力が増すような事があれば、俺の力も増す。

 そして暴走を始めた精霊は出力が向上する。つまりエルの中の力が徐々に徐々に上がっていったのだ。

 それで俺の力も上がっていた。つまりは前兆だ。


 確かにあったのだ。こうなるに至るまでの前兆が。

 明らかに危惧するべきだった異常な前兆が。


「……ぐ、あ……ッ!」


 だがそれを悔やむよりもまずこの状況をどうにかしなければならなかった。

 このままだとエルに殺される。俺が殺されれば当然エルとの契約が切れる。そうなれば……きっともう本当に積みだ。


 だからどうにかしてエルを引きはがさなければならない。

 そうして思い浮かんだ手段はいくつかある。

 エルの手首から手を離せば風を操る両手は自由で、両足も自由。エルが今これ以上の攻撃をしてこない以上、こちらからの攻撃は当てられる。当てられれば多分一旦エルを引き離せる。


 だけど……そういう事はできなくて。

 そういう封に手足は動かなくて。きっと動かしたくなくて。

 本当に……俺には何もできなくて。


 そんな時だった。


 エルの纏う禍々しい雰囲気が徐々に薄れていき……元に戻り始めたのだ。


「エ……ル……ッ」


 戻ってき始めているエルを呼びかけるように、なんとか声を絞り出す。


 そこで完全に元のエルに戻った。


 俺の首を握り絞めたまま、一瞬茫然としたような表情を浮かべて。


「……ぁ、え? ……あぁ?」


 そしてそれを理解した様な表情を浮かべて俺の首から手が離される。俺はその場に膝から崩れ落ち、視界の先ではエルが数歩後ずさってから尻餅を付く。


「え……いや、あ、私、一体何を……」


 そこから先はうまくエルを見れなかった。

 とにかく体が酸素を求めて過呼吸になっていた。うまく息が吸えない。吸いたいのに吸えない。苦しくて苦しくて、何度も激しく咳き込んでいて。

 そうこうしている内にエルの叫び声が聞こえた。


「あああああああああああッ!?」


 そんなエルの方に、激しく咳き込みながらもなんとか意識を向けた。

 酷い表情をしながら、自分の両手とこちらを交互に見るエルに視線を向けた。


 するとエルがこちらに手を伸ばしてきた。今度は先程の様な禍々しさなどはない。いつものエルの手だ。いつもエルが差し伸べてくれるような、縋りつきたくなるような。そんな手だった。

 だけどその手は引かれた。酷く辛そうな表情で震えたエルの手は引かれた。


 そして……エルは酷く混乱した様子でこの場から逃げだした。

 そんなエルに何か声を掛けようとはした。なんとか引き留めようとはしたんだ。

 だけど声が出なかった。うまく発声できない。まだうまく酸素を取り込めない。ただ咳き込む事しか俺にはできない。

 そうこうしている内に扉が開いた。エルが遠ざかっていくのが刻印から伝わってくる。この酷い天気の中、エルは家を飛び出したのだ。

 そんな風に。もうエルが行ってしまった時になってようやくまともに動けるようになった。

 ちゃんと声も出るだろうし、今ならエルに何か言葉を掛けてあげられる。もうエルは此処にはいないけれど。


「……エル」


 自然とフラッシュバックしてくる。

 エルの辛そうな表情がフラッシュバックしてくる。

 もう辛い目には合わせたくなかった。エルには幸せな日々を送ってほしかった。

 少し前までの楽しかった時間がずっと続くように、そうしてやらなくちゃいけなかったのに。


「……なんだよこれ、ふざけんなよ」


 結局浮かべさせてしまった。


「……なんでエルがこんな目に合わないといけない? あんまりだろ。ふざけんなよ……アイツが何かしたのかよ」


 あんな辛い表情を浮かべさせてしまった。辛い思いをさせてしまった。

 もしかすると今までで一番辛いような思いを。


「……」


 そんなエルの表情がフラッシュバックしてくると、もう何も考えなくても体は動いた。

 エルの攻撃で落とした携帯電話を拾い上げてポケットに入れ、そのままエルを追う為に走り出した。


 俺に何ができるのだろうか。考えたってこの状況を打開するような策は何も浮かんでこなくて、ひょっとするともう俺にできる事なんてのは何もないかもしれなくて。

 それでも……それでも!


「……エル!」


 そして大雨の中、俺も家を飛び出した。


 とにかくエルの所に行くんだ。

 何ができるか分からなくても……それでもエルは俺の契約者だから。


 俺の……大切な人だから。

 告知! 精霊王のスピンオフ外伝小説を投稿しました。

 タイトルは「やがて救いの精霊魔術」で、土御門誠一や宮村茜を含めた現代サイドメインの話です。


 精霊王本編ではエイジの立ち位置上あまり触れられなかったりする世界観や設定を掘り下げたりできればいいなと思います。

 一応外伝の方を読まないと精霊王が分からなくなるという事には基本ならない予定ですが、どちらも読んで頂けると嬉しいですし、読めば少し精霊王が面白くなる予定です。


 作者ページか精霊王のトップページのシリーズの所から飛べますので、よろしくお願いします!

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