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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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12 クロキメザメ

 天気予報の通り午後からは天気が荒れ始めた。やはり午前の内に外へ出る用事を済ませておいたのは正解だったわけだ。今この荒れた天気で外に出る予定が残っていたりすれば、相当に気が萎えるだろう。

 そして午前中に全ての用事を終わらせた俺達は午後四時現在、二本目の映画を見終りインターバルに入っている所だ。


「しかしこれガチな名作だったな」


「そうですね。これは間違いなく名作かと」


「あの前半の爆発シーンすげえよかったよな?」


「それもですけど、中盤の大爆発のシーンも凄かったですよね」


「アレ凄かったな。完全に予算全部そこに持ってってたよな。後半力尽きて爆発シーンが突然超安っぽいCGになってたぞアレ」


「まあそれはそれで面白かったですけど。作風的にはそんな風にいい加減位が丁度いいんじゃないですかね?」


「まあ確かに……というかこんなに面白いんだからもう少しはやってもいいだろ。なんでこんな聞いたことねえレベルでマイナーなんだ?」


「宣伝とかがうまく行かなかったんですかね?」


「出演者ほぼほぼ無名の人ばっかだからな。となればやっぱ作品の出来だけじゃねえんだろうな、こういう業界って……すげえ残念だ。とりあえず誠一に教えとこう」


「布教ですか」


「布教だよ。せめて俺達の間でだけでもプチブームになったっていい」


 二作目に見たのは天野から勧められたコメディ映画で、その感想といえば天野の言う通り名作だったと言うべきか。それこそ聞いたことがないほど知名度が低いのが不思議なほどに。

 他の人の感想も見てみた位という話になって、充電中の俺の携帯の代わりにエルの携帯を使って有名なインターネット通販のサイトの商品ページを開くと、凄く熱く語っているレビューを一件見付けた。


 ……まさかコレ天野が書いたのか? だとすればこのノリノリな文面と本人とのイメージのギャップが酷すぎるんだが。


「とりあえず私も茜さんに進めてみようかな」


「布教だな」


「布教です」


 俺達がそういう風に今見た映画の感想を言い合いながら布教の話をしていたその時だった。

 外から激しい落雷の音が響き渡った。

 そしてそれに伴い部屋の電気が消える。


「……停電か」


「今の雷ですかね?」


「だろうな。ちょっとブレーカー見てくるわ」


 俺は座っていたソファーから立ち上がってリビングから出てブレーカーを上げに行く。

 そして部屋から少し離れた物置付近にある落ちていたブレーカーを上げると、家の電気が再び付き始めた。とりあえずブレーカーを上げれば済むような停電でよかった。そうでなければ復旧まで電気無しなわけで、当然映画の三本目も見れないし、それ以外にも色々と不便だ。

 後は丁度映画の合間だったってのも良かった。途中で停電になってたら色々と萎えるだろうし。


 まあ何はともあれ電気が復旧してよかった。これで三本目が見れる。とりあえずコーヒーでも淹れて三本目に突入するか。

 そんな事を考えながら、またエルと映画を見ながら盛り上がって感想を言い合うような、そんな楽しい時間に戻ろうと。そんな感じてはならない様な。きっと否定しなければならないような幸せな気持ちで部屋へと足取りを向けたその時だった。


「……ッ!?」


 なんの前触れもなく突然刻印から悪寒が走った。

 この世界に来てからは一度たりとも感じなかったその感覚。

 向こうの世界では何度か感じたその感覚。


 たったそれだけでエルの身に何かが起きた事を告げてくる最悪な感覚。

 そしてその直後、リビングの方から大きめの物音がした。


「エル!」


 俺は慌ててリビングへと戻って、そして視界に広がった光景に思わず一瞬立ち尽くす。


 エルが頭を抱えて倒れていた。


「エル!オイ、大丈夫か!」


 徐々に脳が状況を理解して体が動きだし、エルの元へと駆け寄る。


「だい……じょうぶ、です」


 エルからはそんな弱々しい声が聞こえてくるが、どう考えたって大丈夫ではない。

 そんな事はエルの様子からも声音からも告げてくるが、それだけじゃない。


 ……刻印からエルの異常として俺に伝わってくる。

 それこそが一番大きな問題だ。


 この世界に来てからエルが時々頭痛に悩まされていたのは知っている。

 いつも平気そうで、大丈夫かと尋ねても何でもないという風に、大したことないという風に振舞っていたのだけれど、少なくともそれがエルの悩みの種になる位の物であった事は理解できていた。


 それでもあまりその事に踏み込まなかったのは一重に刻印から何の反応もなかったからというのが大きい。それがないという事は慌てて何か行動に移らなければならない様な、そういう類の物ではないと判断していた。


 ……だけど今、刻印からは悪寒が走っている。


 それはつまり今すぐにどうにかしなければならない様な、そんな異常がエルを蝕んでいるという事になる。いや、そうじゃない。今まで蝕んでいた何かが此処に来て刻印が反応するボーダーラインを超えたのかもしれない。

 だとすればこれまでもずっと、何かに蝕まれ続けていたのかもしれない。


 ……とにかくだ。


「どう考えたって大丈夫じゃねえだろ!」


 俺はそのままエルに向けて回復術を発動させる。

 だけど……刻印から伝わる感覚で理解できる。


 ……効いていない。


 俺の精霊術の回復力を上回る速度で症状が悪化しているとか、そういう事では無く根本的な所でずれている。

 対処法として大きな間違いを犯していて、まるで無駄な事を続けている様な、そんな感覚。


「……ッ!」


 実際次第にエルの容体が悪化していくのが分かった。

 もうエルからはこちらの声に対する気休めの言葉すら返ってこない。

 頭を抱えて体を丸めこんで、痛みに耐えるようなそんな呻き声しか聞こえてこない。 


「駄目だクソ!」


 俺は回復術を打ち切り、部屋の隅で充電していた携帯の元へと向かい手に取る。


 とりあえず誠一に連絡を取る。取った上で霞とかいう研究者の連絡先を聞いて連絡を取る。

 多分今俺が知る中で最も精霊という存在のこういう類の知識を有しているのはあの人だ。俺の回復術でどうにもならない上に自然治癒も期待できない以上、あの人にこの状況を打破する答えを。なんならヒントだっていい。何かを聞かなければならない。今の所それしか手だてが思いつかない。


 そんな風に震えた手で誠一に連絡を取ろうとしたその時だった。


「……」


 震えはそのままに、携帯を操作する手が止まった。

 そうさせてしまう程の。全身から血の気が引いてしまう程の。何かの冗談であってほしいそんな感覚が刻印から。


 俺の背後から。


 ……エルから、感じられた。


「エ……ル?」


 エルの名を呼びながら静かに。現実逃避で反らしそうになる視線をなんとか戻しながらゆっくりと振り返り、エルの方へと視線を向けて。そして。







 すぐ目の前に居たエルの手が俺に向けて伸ばされた。

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