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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
六章 君ガ為のカタストロフィ
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11 対策局最強の魔術師 下

 一体何を言ってくるのだろうか?

 そんな疑問の答えは簡単に浮かんでくる。

 きっとそれは精霊に対する悪印象を吐露するような、そんな言葉の筈だ。

 少なくともこちらが好印象を抱ける様な話はしてこないだろう。

 だからこそ警戒心は緩めない。そこから何に繋がるか分からない以上、気は緩められない。

 そしてまず天野が口にしたのは、こちらのそういう意思を緩める意図があるんじゃないかと思う話。


「先に言っておくがな、今の所あの精霊をどうこうする気はない。ついさっきそういう風に決めた」


「ついさっき? ……じゃあそれまではそうするかもしれなかったって事かよ」


 元々間違いまくってる敬語ではあったが、気が付けば口調が完全に溜口になっていた。

 今目の前の男はその意向を今決めたと言った。それは即ちそお直前までエルに手を出す考えを持ち合わせていたという事だ。それが明確に本人から語られた以上警戒はより強まるし、口調も少しは粗くなる。

 そして俺の答えが分かりきった問いに天野は答える。


「当然だろう」


 否定することなく堂々と。


「俺が得ていた情報はあくまで対策局から流されて来た情報にすぎん。今の体制を考えればなにか情報伝達に不備があってもおかしくはないだろう。であればこの目で確かめる必要がある。その自我を保った精霊をな」


 そして天野は一拍空けてから言う。


「結果ただのガキだった。普通のガキだ。故に手を出す正当性は見いだせない。それでも動けばそれはただの自分勝手な私怨にすぎない。そしてそれを理性で止められるのが大人という物だ」


 だから、と天野は言う。


「あまりこちらを目の敵にしてくれるな。敵になるかもしれなかったが、結果的に今の俺は敵じゃない」


「……」


 その言葉に嘘らしい雰囲気は感じられなかった。

 敵になるかもしれなかった。そういうところも含めて本心からそれを語っている様に思える。

 誠一が言っていた様な、エルに危害を加えられる様な状況に誘導するというのもエルを見てそうするべきだと思えばそうしたのかもしれないが……天野が自分で言う通り私怨では動かない様な理性的な人間だったとすれば、多分そうした動きもしてこないだろう。


 だけど敵になるかもしれなかった。何か一つ状況が変わるだけで敵になるかもしれない。

 そういう相手にそう簡単に気を許す事は出来なかった。

 結局の所、俺達にとっては危険な人物である事には変わりない。


 そして目の前にそういう脅威がいるとすれば。そうなるかもしれない相手がいれば、その相手の事を

自然と知らなければならないとも思った。一体どこまでの存在なのかを自然と知ろうとしていた。


「……分かりました。じゃあとりあえずはそういう事にしておきます。でもひとつだけいいですか?」


 心にもない虚言を吐きながら俺は天野に問う。

 そして俺が知りたい事を知るにはこの問い一つで十分だ。


「天野さん。アンタには精霊はどういう風に見えてる?」


 かつて俺はこの問いに普通の女の子だと答えた。

 かつてシオン・クロウリーもまた同じだと答えた。

 では、目の前の男は。


「憎むべき相手だよ。その背景に何があろうが、精霊が俺達から数え切れないほど大切な物を奪っていく事実は変わらない。例えそういう行為を行った者でないとしても、沸いてくるのは殺意だ。人が特定の人種に嫌悪感を示すのと変わらない」


 今更隠す必要もないという風に天野は答える。

 そういう事を行った者ではない……それは恐らくはエルの事だろう。恐らくエルしか該当する者が存在しない。

 そして天野は言う。


「だからこれは人間への忠告だ。ちゃんとあの精霊を見張っておけ。アイツが人間の真似事をしていられなくなったら、その時は容赦はしない。いくらでもやり様はある」


「……真似事じゃねえよ。人間も精霊も、きっと何も変わらない。真似てなんかいねえ。あれが素なんだよ」


「変わらない? どうだかな。お前が語っているのは精霊の表面上の動きを見ただけにすぎん。確かにお前の連れている精霊は表面上はああ言う風に見えているが、本質的にはそうではないよ。精霊は根本的に人間の敵なんだ」


「敵じゃない」


「敵だよ。でなければどうして自我を失った存在が、人間を最優先で狙う様な挙動をする?」


 ……その答えは俺には知りえない。きっと科学的な根拠はそもそも解明されていないだろう。

 だけど仮説は立てられる。


「……それは向こうの世界。異世界で精霊が人間に虐げられていたからだろ。だから根っこの部分で人間を恨んでるんだろうが」


「まあその考えも一理はある。だがどちらにしてもだ。その感情が先天的だろうが後天的だろうが、この世界に現れる精霊が根っこの部分でこの世界の人間の敵な事は変わらない。果たしてあの精霊はどうだろうな」


「どっちでもいいよそんなもん」


 俺はその言葉をそう言って打ち切らせる。

 そうだ、どうだっていい。

 例えエルが心の奥底で人間を恨んでいるとしても、だからどうしたという話だ。それは仕方がない事だろう。あれだけ酷い目にあっていれば、誰だってそうなる。

 そしてそうだとしても……この世界で友達まで作れたエルの好意は。

 俺に向けてくれる笑顔は本物だ。

 だったらそんな事はどうだっていいんだ。


「それでもエルはエルだ。アンタが動く様な事には絶対にならない」


 もう今のエルはこの世界の人間に溶け込んでいるんだ。

 だったらもう、エルはこの世界の人間の敵になる様な事は無い。

 俺が見張る見らない以前に、どうやってもそんな事にはならないんだ。


「だといいがな」


 そう言って天野は俺から視線を外し、再び棚に視線を向けた。

 どうやらこれで話は終わりらしい。

 それを感じ取って再び棚へと視線を戻す。

 話は終わった。多分こちらから説得なんてことをっしてもうまくは行かないだろう。

 だとすれば。話が終わったのならそれで終わらせておくべきだ。こちらから話を好転させられる根拠もないのに話を広げて墓穴を掘る様な真似はするべきじゃない。

 だから今やるべき事は天野から視線を外して、何か映画を探す事にある。エルも何かを探しているのだから俺も探さなければならない。

 そう思って棚を見ていたその時だった。


「特に何をみるか決まっていないのか?」


 天野がこちらに再び話しかけてきた。


「決まってねえよ」


「そうか……ならこれなんてどうだ」


 そう言って天野は棚から一本取りだしてこちらにパッケージを見せてくる。


「コイツは驚くほどに知名度が低いマイナー作品だが、それでも低予算ながら凄まじい完成度を誇っている。レビューサイトで思わず熱く語ってしまう程の名作だ。特に決まっていないのならコイツを見てみるといい。俺の事は色々と信用できんかもしれんが、こういう事なら嘘は付かん」


「ど、どうも」


 勢いでそれを受け取ってしまう。


「楽しんでくれば幸いだ」


 そう言って踵を返した天野は呪符を剥がして別の棚へと歩いていく。

 そしてこの場には天野から受けとったコメディ物らしいDVDを手にした俺だけが起こされた。


 そして入れ違いでエルが戻ってくる。


「あ、エイジさん。なんだかおもしろそうな物見付けました。これ見たことあります?」


 駆け寄ってきたエルの持ってきたDVDはタイトルこそ聞いたことがあるものの、実際に見たことは無いような、そういうタイトルだった。


「いや、それは見たことねえ奴だ。タイトル位はCMで見たけども」


「じゃあこれで行きますか」


「はい。あ、エイジさんも決まりました?」


「あ、ああコメディ物とかどうかなって思って」


「じゃあそれで行きましょう。帰って観賞会です。あ、後帰りに何かおかしとか買って行きましょう」


「そうだな。それっぽくポップコーンとか買ってく?」


「それもいいですね」


 そんな風に俺達はこれから見る映画を選んで、今からそれを見るためのお菓子やジュースを何にするかとう風に話がシフトしていく。

 そんな中でそれでも片隅に浮かんでくるのは天野の言葉だ。


『アイツが人間の真似事をしていられなくなったら、その時は容赦はしない。いくらでもやり様はある』


 あの言葉。エルに危害を加える予告の様な言葉。


「でもあれですよね。変に映画館風にしなくても、こう食べたいお菓子を適当に摘まむのもいいかもしれないです。だから私はポップコーンとポテチが食べたいです。あとオレンジジュース」


「何だかんだポップコーンは外さないのな」


「外しません。外せません。醍醐味なんです。映画館行った事無いですけど」


 そう言ってエルは笑う。

 それを見て改めて思う。


 ……エルが天野の敵になる様な事は無いと。

 なってたまるかと。


 そんな事を考えながら、エルと共にレジで精算を済ませ店を後にした。


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