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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
五章 絶界の楽園
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ex そして私にできること

「……どうすればいいんでしょうね」


 視線をエイジの方に向けてからエルはそう呟く。


「エイジさんは多分今日起きた事をまともに受け止められない。エイジさんは自分のやっていた事を誇りとまで行ってましたから……それが引き金となった今日の事を受け止められる気がしないんです。まだ全部が終わってしまった訳じゃなかった時にも既に酷い様子でしたし」


 ナタリアを助ける為に力を貸してくれと行った時。本当にまだ可能性があったその時ですら、もう瀬戸栄治という人間は壊れかかっていた。そこから少しでも転がり落ちれば待っている状態がどういう物かは容易に想像できる。違った姿を想像しても自然とその姿は消失してしまう。

 そうなったエイジをどうやったら助けられる?


「そんなエイジさんに……一体どんな言葉を掛ければ立ち直ってくれるんですかね」


「……立ち直る、か」


 茜は少し何かを考えるようにそんな言葉を呟いた後、エルに静かな声で告げる。


「それは多分難しいと思うよ」


「知ってます。だから必死に考えているんです」


「必死に考えて、辿り着ける様な答えがあると思う?」


「それは……」


 もう既に何度だって考えてしまっている。

 答えなんてそもそも存在しないのではないかという事。

 失意のエイジを引きずり上げられる様な言葉など存在しないのではないかと、そう何度も考えた。

 だけどそれを何度もかき消した。だってそうだ。


「……でも、それでも見つけないと」


「……私はあんまりおすすめしないよ」


 なんとか諦めずに必死になっていたエルに、茜はそんな言葉を掛けて来る。


「エルちゃんの欲しい答えが見つかる可能性は本当にごく僅かだと思う。大袈裟かもしれないけど、砂漠の中で砂を探す様な物だと思うよ。考えすぎてエルちゃんの方がノイローゼになっちゃう」


 ……分かっている。分かっているんだそんな事は。

 途方も無い事は。考えれば考える程。どうにもできなかった時の事を考える度に、酷く心が重くなっていく。折れはしないがそれでも重くなるのだ。

 ……それでも。


「……それでも、探すんです。探して、エイジさんを助けるんです」


 それを諦めるわけにはいかないのだ。


「……そっか」


 その言葉を聞いた茜は一言そんな事を言った後、エイジの方に視線を移して言う。


「よっぽどエルちゃんにとって瀬戸君は大切な人なんだね」


「はい。私の大切な人です」


 一切迷うことなくそう答えたエルに茜は問う。


「だから助けてあげたいんだよね?」


 その問いにエルは頷く。

 だからその為にも折れるわけにはいかない。話がループするのではないかと思う程、その意思は変わらない。

 だけどその意思を捻じ曲げる様な一言を、茜は口にした。


「エルちゃん、私、思うんだけどさ……今の瀬戸君を立ち直らせないと、助けた事にはならないの?」


「……え?」


 イマイチ何を言いたいのか分からなかった。

 だってそれは当然の事だろう。エイジにとって酷い失敗をした。それによって精神的に深いダメージを負ったならば、そこから立ち上がらせる様な言葉を掛けなければならない。

 解決策がそういう事である事は明白な筈だ。

 だけど茜は話を根本から覆す様な言葉を告げ始める。


「確かに立ち直らせれば。全てが元に戻れば。それは一つの解決策なのかもしれないよ。だけどさっきも言った通り、そんな事をさせる言葉なんてそうないし、可能かどうかも分からない」


「でも、そうしないと……」


「ううん。そうしなくてもいい事だってあると思うよ。解決策も結末も、一つであるとは限らない。目が覚めた後の瀬戸君を助ける術は、きっとそれだけじゃないと思う」


「……どういう事ですか」


「考え方を変えてみようよ。そうだね……エルちゃんは助けるって事を具体的にどういう風に捉えてる?」


 ……具体的に、どう捉えているか。


「そんなの決まってます。エイジさんの納得のいく様な言葉で、エイジさんは悪くないって事を。起きた事に責任を感じなくてもいいんだって事を伝えるんです。伝えて立ち直ってもらう。そういう事です」


 それでも浮かんでくるのは気休めだけで、それ以上の言葉は到底見つからないが。


「確かにそれができれば助けられたって思えるかもしれないね。何が一番しっくり来るかって言ったらそういう事になると私も思うよ」


 だけどね、と茜は言う。


「私は助けるって事はそれだけじゃないって思うんだ。そうでなければ救われないなら……昨日までの私は何一つ救われていない事になっちゃう」


「それってつまりどういう……」


「都合のいい言葉なんてあるわけがないんだ。そんな魔法の言葉はあるわけがない。そしてね……それがなくなって。そんな言葉を掛けられなくたって、人間は生きていけるんだ。生かせてもらえるんだ」


 そして茜は言う。


「気休めだっていいんだよ。そんなに難しい言葉じゃなくたっていいんだよ。不格好でもなんだっていい。そういう事を親身になって言ってくれる人が居るってだけで、人間はいくらか救われる」


「でも……そんな事でエイジさんが立ち直ってくれるとは思えないんです」


「うん、そうだね。立ち直る事は無いと思う。元には戻らないと思う。壊れちゃった人間を元に戻すには、それこそエルちゃんが求めてた様な魔法の言葉が必要だよ」


(だったら……だとしたら)


 やっぱりそれが必要なんじゃないかと思う。

 だけどその考えを覆す様な言葉を茜はエルに言った。


「例え何かが壊れても、何もかもがなくなるわけじゃない。確かにそこには壊れちゃった人間がいるんだ。それだけは自分から生きる事を放棄でもしない限りはなくならない。確かにそこに悲鳴を上げてる人間が残っているんだ」


 茜はまるで自分の事を言うように、言葉を紡いでいた。


 実質的に、自分が正しいと思った事を無理矢理にでも実行し続けた少女が居た。

 そしてその行動が彼女にとっては最悪な結末を迎えさせた。それだけの行動力が消失する程。人間性を根本から捻じ曲げる様な衝撃に襲われた。そしてその行動が悪くなかったと、誰かに言われたとしても納得しなかっただろう。その程度で納得できる訳がないだろう。気休めでは彼女を元に戻す事は適わなかっただろう。


 納得させる様な言葉など、端から存在しなかったのだろう。


 だけどそれでも彼女はそこに居た。例え何もできなくなっていても、それでも彼女は普通の人間としてそこに生きていた。

 今もこうして此処にいる。


「そういう人を元に戻してあげる事なんてきっとできない。できる訳がない。だけどね……壊れて残った何かはまだ守れるよ。だってそこに居るんだから。見知らぬ誰かが手を伸ばす事は適わなくても、ずっと隣りに居てくれるような相手なら、まだそこに手を伸ばせる。守れるんだよ。例えその言葉が支離滅裂で、矛盾だらけで……本当に気休めで。それでも私は最終的にはこうして此処にいるんだから」


「……」


 考え方を変えよう。

 エイジが抱えている重苦しい痛みを掻き消せれば、それがエイジを助けることだと、そう思っていた。

 それができなかったとして……苦しみの大元を払いのけられなかったとして。そうしてそれを背負って苦しむのは誰だろうか。

 それは紛れもない、瀬戸栄治という人間だ。

 まだそこで苦しんでいる人間だ。

 そんな『彼』をエルの考えた助け方で助ける事はできない。できなかったからそこにそうしているのだろうから。

 だけど確かに……まだそこにエイジが居るのならば。

 全てを元には戻せなくても、きっとまだ手を伸ばせる。きっとその手の刻印が刻まれている間は、まだ

手を差し伸べる事が出来る筈だ。


 ……苦しんでいる大切な人を、支える事位はしてあげられる筈だ。


(……そうか)


 だとすれば確かに掛ける言葉が気休めでもそれでもいいのかもしれない。

 エイジを助けてあげたいんだ。守ってあげたいんだ。だったらそれを言葉にする、それだけでもいいのかもしれない。

 その言葉一つ一つがとても弱い物だったとしても。そんな事を言いながら、言ってあげたい事を言いながら、隣りに居てあげよう。


 そんな風に簡単に、答えがまとまった。

 きっと今まで難しく考えすぎていたんだ。


「……ありがとうございます、茜さん」


「納得してくれたなら良かった。まあ私の場合を元にしてるからね。参考程度に考えといてよ」


「そうですね。参考にさせてもらいます」


 ああ、そうだ。やる事は決まった。

 もしエイジが目を覚ます前に魔法の言葉が見つかれば、それを言えばいいだろう。

 だけどそれが見つからなければ……その時、自分がどうするか。考えがまとまった。

 それはそれで難しいかもしれないけれど。それでもこの手を伸ばそう。


 大切な人を、守ってみせよう。

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