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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
五章 絶界の楽園
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ex 無冠の英雄 Ⅲ

 安楽死という言葉の意味がどういう事かは理解している。

 大雑把な言い方をすれば痛みを伴わせずに楽に死なせてあげるような、そういう意味を持っている筈だ。

 それを暴走する精霊に対して行っていたと、彼女はそう言いたいのだろう。

 だけど言葉の意味は理解できてもまるでイメージは沸いてこない。その言葉がどういう行動をさせていたかがまるで分からない。

 だけどこれだけは言える。


「殺してきたって……そんな言い方は間違ってると思います」


 どういう方法で、どういう理念でそんな事をしていたのかは今の所詳しくは分からない。

 だけど安楽死させてきたという事を殺してきたと称するのは違うと思った。結果的にそれが変わらないとしても……心象的にその二つを一括りに纏めるのには抵抗がある。


 だってそうだ。その言葉に悪意なんてのはきっと纏わりつかない。普通に殺して止めることと、そういう

殺し方。どちらもが存在しているのなら。そのどちらかを選択しなければならないのなら。それはきっと後者の方が比較的に良い事であるように思えた。


 だけどエルの言葉を茜は否定する。


「そう言って貰えるのは嬉しいけどね……でもやっぱり精霊がそう言ってくれる相手だからこそ私達がやってきた事があくまで殺しなんだって思っちゃうんだ。確かに普通に攻撃を加えるよりはずっといいのかもしれないけど、それだけだよ。私達がやってきた事が殺しであることに変わりない。エルちゃんみたいにちゃんとした自我を持っている相手の命を奪ってきた事には変わりない。どこかで少しは精霊の事を助けられてるだなんて思っていても、結局自分のエゴを押し付けているだけなのは変わらない」


 確かにそれは訪れる一つの結果としては変わらないのだろう。結果的に精霊は死んでいるのだから。

 だとすればその行為を殺す事だと、そういう括りに入れることは間違い出はないのかもしれない。

 だけど話を聞けば聞くほど、その括り入れてはいけないという思いは強くなる。


「……まるで自分が悪い事をしていたみたいに言わないでください」


 絶対に間違っていると思った。そんな風に抱え込むのは間違いだと思った。自分達のして来た事を悪い事だと、そういう風に思わせるのは間違いだと、そう確かに思えた。

 精霊の立場として、そう思えた。


「私の立場から見ても思いますよ。この世界で、此処の皆さんが精霊を……その、殺すのは仕方がない事だと思うんです。その時点で私はあなた達がして来た事を間違いだなんて思いません」


 自分達精霊はきっと被害者だ。

 だけどこの世界限定で事を見れば精霊が加害者でこの世界の人間は一方的な被害者だ。

 そんな中で自分達を守る為の行為を悔いてはいけない。悔いるべきことではないのだ。

 決してそれを悪い事だという風に思ってはいけない。普通に精霊を対処している相手にだってこの事は言える。

 では、その一歩先を行く者は。


「そんな中で茜さんは私達を助けるつもりでそういう事をしていたんですよね。だったらもう……それを殺してるだなんて思わないでください。思っちゃだめですよ」


 言っている事は無茶苦茶なのかもしれない。事実その行為は命を奪っているのだから。

 でもそれを殺しているだなんて言ってほしくなかった。思ってほしくなかった。多分それはこの世界において、最大限精霊に手を差し伸べた結果なのだろうから。


「私はそういう状態になった事が無いですから、それが精霊の総意になるかどうかなんてのはわかんないです。だけど精霊を代表して言わせてください……あなたのやってきた事は間違いじゃありません」


 そして柔らかな笑みを浮かべて、エルは言う。


「精霊の為に頑張ってくれて、ありがとうございます」


 その言葉を聞いた茜は俯いたまま黙り込む。

 一体どういう表情をしているのかは分からないし、今どういう事を考えているのかもわからない。

 そして暫くそのままだった茜は、ボソリと呟く。


「……そんな事を言われてもいいのかな」


 そしてエルに問うように復唱される。


「私に……そんな風に言って貰える資格なんてあるのかなぁ……」


 涙声でそう言う茜に、エルは一拍空けてから優しく声を掛ける。


「ありますよ」


 そうであってほしいと思う。


「精霊の私が言うんだから間違いないです」


 それが精霊の総意ではなくとも、そうあってほしいと思った。

 そこから暫く茜の返事は無い。俯いたまま目元を腕で隠し、小さく嗚咽している。

 そんな茜を見てエルは思う。


(……どうしてこんなに噛み合わないんだろう)


 どうしようもなく、ピースが噛み合わない。どうしたって噛み合ってくれない。

 向こうの世界の環境は精霊に適している。だけど向こうの世界の人間は精霊に厳しい。

 この世界の環境は精霊に適していない。だけどこの世界の人間は精霊に優しい。


 瀬戸栄治は精霊の為に戦った。その性格が特異だった事もある。それ故に無茶苦茶な事をやり続けた。だけどそれでも今に至るまで精霊を助けるべき対象として見てくれていた。

 土御門誠一やこの組織の人間は、きっと倒そうと思えばより安全に倒せた筈のナタリアを救うために、エイジの策に乗ってくれた。最後の最後までやり遂げてくれた。

 そして宮村茜は……精霊の事で泣いてくれた。


 向こうの世界では苦難の果てに奇跡的にそういう域に到達できたシオン・クロウリーを除いて、そういう者は一人たりともいなかったのに。

 あの一か月。楽しかった一か月。嫌な事から目を反らし続けた一か月。その中でただの一人もそういう人はいなかったのに。

 なのにこの世界の人間は自分達に優しい。


 もしもピースが噛み合っていたのなら、そこには一体どんな世界があったのだろうか。


 そんな世界があったとすれば、きっと角砂糖のように甘い世界なのだろうとエルは思う。


 少なくとも、そういう性格を持っていたとしてもエイジが此処まで傷付く事は無かっただろう。

 自分ももっと笑えていただろう。もしそういう世界でも出会うことができていれば、きっとあの一か月の様な日々を送れていたのだろう。

 宮村茜の様な人間が、重い何かを背負う事もなかったのだろう。


 だけどそんな事は夢物語だ。あれば良かったと思える空想だ。雲を掴むような話だ。

 ……もしその雲を掴めたら、どれだけいいだろうか。


 だけど雲を掴むことはできないとしても、その手で掴める物だってある。


 角砂糖一つで世界を甘くはできなくても、それでもほんの少し位は苦みを消せる。

 たったそれだけでもいい。そんな小さな何かでも、伸ばした先に掴める物があるのなら、確かにこの手で掴んでいこう。


「大丈夫ですか?」


「うん……大丈夫。おかげ様で色々と」


 そう言いながら茜は顔を上げる。どうやら涙は止まったらしい。最後に指で涙を拭った。


「私は何もしてませんよ。ただ言いたい事を言っただけです」


「そっか……おかしいな。エルちゃん元気づけようとして来たのに、なんか私が元気づけられてるや」


「元気になったなら良かったじゃないですか。私も無理されるよりは気分がいいです」


「そっか。だったら無理しない。でもまあ結局大体あんな感じに戻っちゃうよ。素もあんなんだし」


「いいんですよ無理してなければ。私は賑やかなのも好きですから」


「へぇ、じゃあ今すぐにでも――ってなったら無理になっちゃうかな。うん、お言葉に甘えて今は少し落ち着くよ。落ち着いて色々と自分なりに気持ちを纏めたいな」


「それがいいですよ」


「うん、そうする。でもまあ一つだけ、纏めなくても伝えられる事はあるかな」


 そう言って一拍空けてから茜はエルに言う。


「ありがと、エルちゃん」


「どういたしまして」


 まず手始めだ。手を伸ばそう。


「……茜さん」


「何かな?」


「これからよろしくお願いします」


「……うん、よろしく」


 自分達に手を差し伸べてくれる人間と。宮村茜と友達にでもなってみよう。

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