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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
五章 絶界の楽園
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ex 彼女の決意の裏側で

 冷静に考えなくても無謀に近い作戦だったとは思う。それが無謀である意味は理解できていなくとも確かにそう思ったし、それでも成功させなければならない作戦だと思った。

 エイジがナタリアを助ける為に動きだし、エルはその背を押した。空中で元の姿に戻り風でエイジを後押ししたエルはそのまま地面に落下してアスファルトに着地する。

 そしてエイジが着地したと思われる建物の屋上へと視線を向けた。


 今のところ刻印から伝わってくるのはエイジがナタリアと交戦していた時に負った怪我による嫌な感覚だけで、それ以外に特別変化は感じられない。だけどエイジの身にそれ以上の危険が起これば恐らく刻印から何かもっと嫌な感じが伝わってくる筈だし、ナタリアと契約を結ぶという作戦が失敗していればナタリアはまだきっと暴れている筈だ。だからきっと大丈夫なのだと、そう思う事にした。


「どうなった!?」


 着地したエルの元に寄ってきたのは、エイジの親友でありナタリアを助ける為の協力者の一人になった人間、土御門誠一。自分が居た世界の人間とは精霊に向ける視線が根本的に違う、エイジと同じこの世界の人間。

 多少は自然と警戒心を向けてしまうが、それは本当に多少なものだ。エイジと旅した一か月、シオンから受け取った枷を外せば豹変する事が分かっている人間相手でもある程度まともに接する事ができるようになったエルにとって、それ無しでも普通の視線を向けてくる誠一の様な相手にはそこまでの警戒心は向けるような事は無い。そういう視線を向けていたシオンとまともに接しなかった頃とは違う。

 だからとりあえずは普通に返答できた。


「分かりません……でも多分、ナタリアさんが暴れていないって事はそういう事だと思います」


「そうか。だとすりゃ本当に良かったよ」


 誠一は肩の荷が下りたとばかりに力を抜いた様子を見せ、それでも複雑な表情を浮かべたままで呟いた。


「……とりあえず、一人だけでも助けられたか」


 肩の荷を下ろして……まるでこれで一通り事が終わったとでも言わんばかりに。


「……はい。でもまだ終わってないです」


 あと三人。少なくともあと三人。アイラとヒルダとリーシャを助けなければらない。

 そうでなければエイジに重すぎる負荷が圧し掛かる事には変わらないと思う。

 そしてそんな言葉を口にしたエルに誠一は聞きづらそうに問う。


「なぁおい。栄治の奴……あの精霊の事を仲間だって言ったな」


「ええ。そうでなければそもそもうまく行ってないですよ」


「ある程度の信頼を得ないといけないらしいからな……で、そのある程度の信頼を得ている相手ってのは、お前を除くとあのナタリアって精霊だけなのか?」


 そう問う表情はまるでそうであって欲しいと思っているようにも思えた。

 その表情の意味は分からない。いや、もしかすると分かった上で理解を拒んでいるのかもしれない。

 そんな状態でエルは誠一の問いに答える。


「……いえ。あと三人。此処に来る直前、私たちはエイジさんも含めて六人で動いていましたから」


「そうか……あと三人、仲間って呼べるような相手が居たんだな」


 そして誠一は一拍空けた後に重い言葉を吐く。


「だとすりゃ、一体どういう顔して栄治の所に行けばいいのか分かんねえじゃねえかよ」


 その言葉の意味はすぐには理解できない。だけどその答えを仮定するだけの情報は持っていたし、考える思考回路も十分にまわっていた。

 だからすぐとは言わないが比較的早く気付くことができた。拒んだ理解と合致した。

 そして何をかを言い返す前に、その解はエルの耳に届く。


「……一体どんな顔してアイツが最後だなんて事を伝えればいいんだよ」


 片手で頭を抱えるようにそう言った誠一の言葉が、エルの確信に近く、それでもどこかで否定していたその解を確定事項へと押し上げる。


 つまりは遅かったのだ。


 ナタリアは助けたがそれまでで、現時点で他の全てが終わっていた。周囲のロングコートを着た人間がすぐに何処かに移動する訳では無く、比較的に落ち着きを取り戻して文字通り事後処理に動こうとしている様に思えるのもそれを物語っているのかもしれない。寧ろそれを視界にいれた時点で薄々気付いていたのかもしれない。


 遅かった。失敗した。エイジがやろうとしていたことが瓦解した。

 ……それはもうしっかりと理解していた筈だ。だけどそれをそう簡単には受け入れるわけにはいかなかった。


「……ちょっと待ってくださいよ。最後って、なんですか」


 最後は最後だ。それ以外の意味がない事も分かっている。目の前の人間が浮かべている表情や自分に向ける視線の事を考えてもそれが嘘ではない事も分かっているし、もし目の前の人間が自分の居た世界の人間だとしても、人間であるエイジに対しての事で頭を抱えていたのであれば、それが嘘にはなりえない事も理解している。

 色々な情報が。自分の判断が。事がもう終わってしまっている事を何度だって告げてくる。


 だから自然に出て来たのは、ささやかで必死な抵抗だったのかもしれない。

 それを理解したくない。そんな事実をエイジへと届けたくない。届けた先のその反応を見たくない。そんな心が生んだ抵抗だったのかもしれない。

 だけどそんな抵抗は打ち砕かれる。きっとどんな言葉を掛けられても。掛けられなくても自分自身で崩していた抵抗を、とてもそれらしい言葉で簡単に。


「最後は最後だ。もうアイツ以外はいなかったんだよ。報告があったし……仮になくてもそうだと思える。出現した精霊の人数とこちらの人員を照らし合わせて、今になってもまだ事が終わっていないようなら……もうこの世界に人間社会なんて成り立っていない。とっくに滅んでる」


 確かにその通りで、それを聞いた時にはもう抵抗を続ける気にはならない。

 今からするべきことは抵抗ではないのだ。

 きっとまだ何も知らないエイジに現実を伝えなければならない。どうしようもない結果を伝えなければならない。


(どう……しよう。だけど伝えないと)


 その足取りは重かった。だけどそれでも伝えなければらない。

 そうして一歩動きだしたエルに声が掛けられる。


「……栄治の所に行くのか?」


「……そうですよ。それがどうかしましたか?」


「だったらとりあえず跳ぶな。お前も精霊なら跳んで超えられると思うが階段を使ったほうがいい。一応皆お前の事は通信で聞いているだろうが、全員が理解しているかは分からねえ。飛べばお前が暴れている精霊の一人だと思う馬鹿もいるかもしれない」


 だから階段を使えと、誠一は雑貨ビルの横の非常階段を指さす。


「後は俺も……着いていっていいか?」


「いいですよ、別に」


 本当ならば今すぐにエイジの元へと戻りたかったし、いくら警戒心が薄くなったとはいえ出会ったばっかりの人間と一緒に行動するのは気が引けることでもあった。

 だけどそれでも……そう思っていても足取りは重かったのだ。


 伝えなくてはならないと思っていても。全てを知ったエイジに何か言葉を掛けてあげなきゃと、そう思っていても……掛けるべき言葉が思いつかない。


 今まで色々な会話をして来た。日常会話や戦いの中で交わした言葉。エイジの暴走とも言える行動を止める為に荒々しい言葉を放った事もあった。だけど……こんな言葉を掛けなければならな事は無かった。こんな酷い状況にエイジが陥っているのを見たことがなかった。


 だから分からない。どういう風に事を伝えればいいのか。それを聞いたエイジに対してどんな言葉を掛けてあげればいいのか。

 前者は何も思いつかず、後者も精々があまりにも薄い気休め程度の言葉だ。今のままだと何かを言える気がしない。

 だから自然と遠回りをしたかったのかもしれない。自分の代わりに残酷な事を告げてくれる誰かがそこに居たほうがいいと思ったのかもしれない。


 だけど結果的にたどり着いた先でエルどころか誠一も何かを告げることはできなかった。


「今助けたナタリア以外に三人、俺と一緒に行動していた精霊が居るんだ。そいつらの場所を特定できねえか? なんなら伝えられる範囲で特徴とか伝えるからさ」


 やはり言えなかった。もう居ない誰かを助ける為に動こうとする彼に掛けられる言葉はやはりエルにも、そして隣に立っていた誠一にも見つからなかった。

 そしてそもそも言うタイミングがなくなってしまった。

 それどころではなくなったのだ。


「お、おい誠一。何黙ってんだよ。言えよ、何か言い返し――」


 その辺りからだ。刻印の違和感が酷くなったのは。

 目の前でエイジの様子が急変したのは。


「……ッ!」


 エイジが突然頭を押さえて膝を付く。


「え、エイジさん!」


 その様子から。伝わってくる刻印からの感覚から。今のエイジの体に何かが起こっていると判断するのは容易だった。

 半ば反射的にエイジの元へと駆け寄ると、更にエイジの体様子が悪化していく。


「お、おいお前……」


 正気を取り戻したナタリアが困惑しながらそんな言葉を口にする。


「だ、大丈夫だ」


 しかしエイジはそう言って再び立ち上がる。

 確かに鼻血そのものは心配するような事ではく、大丈夫だと言える様な事なのかもしれない。だけどこの状況かで出されれば話が別だ。それはもう体が最悪な方向へと向かっているサインにしか思えない。

 それでもエイジは一歩、一歩と親友である誠一の元へと歩みを進める。


「……何か言えよ誠一、おい」


 だけどその足取りはおぼつかなくて……三歩目を踏み出した時に完全にバランスを崩してその場に倒れそうになる。


「大丈夫ですかエイジさん!」


 それをなんとか肩を貸して留まらせた。

 大丈夫ですかと聞いたが、もうこうなっている時点で大丈夫ではない事は明白で、肩を貸しているもののすぐに寝かせて回復術を使ったほうがいいのではないかとも思った。

 だけどエイジにその意思は見えなくて、まだ何か言葉を口にする。


「……誠一、聞いてん――」


 きっとエイジが聞きたいことを聞くために。必死に声を絞り出していた。


「――ガハッ!」


 だけど代わりに出て来たのは血液だ。

 それを見て血の気が引いた。一体エイジの体の中で何が起きているのかが、まるで分からなくて……だけどそれでも、もう今すぐにでも回復術を使うべきだという判断はできた。


「お、おいエイジ!」


 そして誠一がそんな声を上げた時、慎重にエイジを寝かせようと体を動かそうとしていたエルの首に腕だけを置いていくようにエイジの体が崩れ落ち、再び咳き込み吐血する。


「エイジさん!? 大丈夫ですかエイジさん!」


 思わずそんな声を上げたが反応がない。その耳に言葉が届いているのかすらも分からない。

 エルの言葉にも誠一の言葉にも。そしてナタリアの声にも反応を見せない。

 それでもエイジは何かを言うために体を動かしていたが……再度の吐血と共にその体から力が完全に抜け、ぐったりと動かなくなった。


「エイジさん? ……エイジさん!?」


「くそ、洒落になんねえぞオイ!」


 そう言った誠一が何処かに助けを呼ぶ中、エルは冷静さを失ったように慌ててエイジをその場に寝かす。

 そして回復術を発動させた。その精度は決して高い物ではないが、これまで何度もエイジを救ってきた回復術だ。アルダリアスでの大怪我だって治せたのだから何とかなると。恐らく負っている傷は気絶するような酷い有様でも、それでもあの時よりはマシだろうから何とかなると。そんな楽観的な事を必死に考えて暗示を掛けるようにそう思おうとしていた。


「あれ……おかしい……なんで、え?」


 だけど今までとは何かが違った。大きな違和感があった。

 それが本当にそういう事なのかは分からない。だけど今までの回復術とは大きく違う。

 まるで回復術が届いていないように思えたのだ。


 つまりは……今のままじゃ助けられないかもしれないと。今よりもずっと重い怪我の時以上に、そんな事を考えてしまった。

 考えてしまえば、全身から湧き上がってくる焦りは止まらなかった。


「……やだ! お願い、やだ、エイジさん!」


「お、おいどうした! 何がどうなってんだ!?」


「わかんないんです! でもきっと大事な所に術が届いてない! このままじゃ……」


 このままじゃ……エイジが死んでしまう。

 回復術を使っているのに容体が悪くなる一方のエイジに対してそんな事を考えてしまって……それがよりエルに重く圧し掛かる。


「お願い……効いて、お願い! お願いだからッ!」


 そこからはもう頭が碌に回らなかった。

 錯乱していると言ってもいい。ただ一心不乱に回復術をかける以外の事が出来なかった。

 周囲でナタリアと誠一が何かを話していたが、その内容も頭には入ってこない。そこほんの僅かでも思考を持っていく余裕がもう残っていない。

 だけどその言葉は耳に届いた。


「……いや、違う。策はある」


 それには反応せざるを得なかった。

 それは即ちエイジを助ける為の策があるという事なのだから。

 本当に縋りつきたくなるような言葉だったと思う。だけどそうしてその手に生み出されたのは圧縮されたと思われる炎だ。


「コイツが二人の精霊と契約しているから、こういう状況になっているんだと思う。だとすれば……一人が消えればそれで解決するだろう」


「何を……言ってるんですか」


 一体ナタリアが何を言っているのか。普段ならばすぐに理解できたかもしれないが、あたまが回らなくてすぐには答えは出なかった。


「……本当に、何を言っているのだろうな、私は」


 それから僅かに時間を空けて、錯乱していた脳がナタリアの行動の意味をようやく理解させてくる。

 だけど理解しただけだ。

 止めようと思ったが、その手はエイジの元から動かなかった。

 動きだした誠一も間に合わなかった。


 そして目の前で、ナタリアは自分の力で自分を終わらせた。

 起きたことから反射的に目を背けたが、再び視線を向けるとナタリアはもうそこにはいなくて、止めようとしていた誠一が立ち尽くしているのをみると、終わらせたという事に間違いは無いようだった。


 するとまるでその証拠という様に回復を阻害していた何かが無くなったかの様に回復術が届くようになる。自分が使える回復術で治す事が出来るかどうかは分からなかったが、それでも延命措置は間違いなくできている。

 最低限それさえできれば、たとえ自分では治しきれなくても、全ての信頼を置く事はできないが、エイジの親友である誠一が呼んだ助けが何とかできる可能性は高くなる。

 つまりはエイジを助ける希望が見えたのだ。


 酷く重苦しい心境の中で。


「そんな……こんなのって……あんまりじゃないですか」


 当然だ。お世辞にもナタリアとうまくやれていたとは思わない。だけどナタリアがこんな結末を迎えて言い精霊な訳がないという事はどうしようもなく理解できるし……もう、うまくやれる一歩手前まで来ていたのだ。

 それなのに……こんな結末はあんまりだと、そう思った。

 そして……そしてだ。


「……ッ」


 エイジが唯一助けられたナタリアまでもがいなくなった。助けたはずなのに結果的に助けられなかった。

 それを知ったエイジはどう思うだろうか。三人だけでなくナタリアまで。誰一人として助けられなかった事をエイジが知った時にどう思うか。それを思うとエイジの生死が前向きな方向に向かっているというのに何もかもが重苦しかった。


 そんな中で、何かが空から飛来する。


 鉄の塊が飛来する。

今回は後半はエイジとナタリアの視点でそれぞれ書いていた話のエル視点となりましたが、この先少しの間はエル視点なものでこの辺りはちゃんとやっておかないとと思ったのでこんな形に。五章後半戦のプロローグ的なものだと思っていただければなと思います。

何にしても更新遅くなりました、すみません。

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